竜と生きる人々

ねぎ(ポン酢)

文字の大きさ
上 下
14 / 23
黒き風と生きる

天と地と

しおりを挟む
狩りを覚えてたくさん体を動かし、疲れきったのかチビはよく寝ている。
いくら敵なしの竜だからといって、こんなに無防備に寝ているのを見ると不安にもなるが、人間のいない山の中なら死ぬ事はないだろう。
俺はそれを確かめて荷物を背負った。

月明かりの下で眠るチビに手を伸ばし、引っ込めた。
触ったところで起きないだろうが、あまり刺激を与えるのも良くない。
心の中でさよならをいい、できるだけ静かに村を離れた。

しばらく歩き、振り返る。

「……さよなら、皆。」

月明かりに照らされた瓦礫と化した村。
そこに残したたくさんの記憶。

いつか帰るよ。
ここが俺の全てだから。

でも今は生き延びなければならない。
それには村を離れ、山を下りなければならない。

これから冬が来る。

山の冬は何もない。
遮るもののない岩山は、成す術なく斬りつける冷気と雪と嵐に晒される。
ただただ過酷で残忍で、家の中に閉じ篭っていても死者が出る事もある。
その荒れ狂う猛威に耐え忍ぶしかない。

そんなところなのだ。
この山は。

子供の俺では一人で生きる事はできない。
もっと低い緑豊かな山なら別だが、木々も生える事ができないこの険しい岩山では無理だ。
今の俺には、山の脅威に耐えられる安全な場所すら作る力がないのだから。

とにかく一度山を下り、コートを頼ろう。
一度しか会った事のない人間だが、彼は信じていいと思えた。
そしてそこで基盤を固め、いずれここに戻るのだ。

夜空を見上げる。

山の空とはしばらくお別れだ。
きっと山の下から見る空は、ここよりずっと遠く見えるだろう。
それがとても寂しい。

ここがどんなに過酷か知っている。
ここで生きるのがどれだけ困難か知っている。

でも俺はここに帰るだろう。

死ぬ時、俺はこの山の空に還る。
皆と同じように……。

俺はもう一度、夜に浮かぶ壊れた村のシルエットを見つめた。
そして背を向けて歩き出す。

俺がここに帰る頃、山の神は代替わりしているだろうか?
その時の黒い風はチビだったりするだろうか?
チビは帰ってきた俺を覚えているだろうか?

「……無理だな。チビ、黒い風程は頭良くなさそうだし。だいたいあのチビに山の神が務まるとは思えない……。多分、その頃も今の黒い風が山を守ってるんじゃないかな……。」

そんな事を考えながら笑ってしまう。
笑いながら少し泣けた。

歩みは止めない。
俺はただ黙々と山を下りた。
生まれ育った山を。

夜が明けしばらくした頃、遠くから咆哮が聞こえた。
それは無機質な岩山の中にいつまでも響く。

「……さよなら、チビ。」

チビは目覚めて俺がいない事に気づいただろう。
でもいつものように食料探しに行っていると思って気にしなかっただろう。
アイツは間抜けだから、きっとそうだ。

でもどこを見ても俺はいない。
帰ってくることもない。

一緒には生きれないんだ。

天に生きるもの。
地に生きるもの。

その差を埋める事はできない。

その証拠に俺はお前に飛ぶ事を教えられない。
地で獲物を取る方法を教えられても、空の飛び方は教えられないんだ。

どんなに俺が空に焦がれようと空には行けない。
それは翼のあるものだけに許された聖域だから。
俺がそこに行くには死して行くしかない。

一度だけ見た、空。

黒い風に咥えられて飛んだ空。
あの時、俺の中には恐怖はなかった。
高揚感と言葉にならない思いで溢れた。
エコーの死の直後だったのに、それすら一瞬忘れるほど、空は俺の中に絶対的な存在として残った。

俺はそこに行く事はできない。
地に足をつけて生きていくものだからだ。

でもお前は違う。

翼あるもの。
天を翔ける事を許された存在。

その中でも絶対的な存在である竜なのだ。
しかもこの山に君臨した王であり神。
黒い風の子なのだ。

天を翔ける竜。

俺は一緒には生きれない。
もしもそれでも共に生きたいと願うなら、極限まで空に近づいた場所で生きるしかない。

そう、俺達の村のように……。

ずっと燻っていた村への疑念。
それは皮肉にも、そこが滅び離れなければならなくなってその意味を知った。

俺はやっと、あの村が何故あそこにあったのか理解した。
そしてそこにあった想いも……。

ただ、共に生きたかったんだ……。

竜を守るとか、そういう事ではないんだ。
なんて事はない。
ただ共に生きたかったんだ。

天駆けるもの。
地を生きるもの。

埋められない差の中で、折り合いをつけて彼らと共に生きていく道があの村だったのだ。
彼らの自由を奪う事なく、彼らの側で共に生きる。
必要以上に関わることもない。
お互いがお互いの生き方をする中で、共に生きてきたのだ。

その中で、竜も俺たちに寄り添ってくれた。
狩りをすれば、その騒動で逃げる獲物を得やすくなった。
竜がいる事で下手な外敵から守られていた。

そして死した時、彼らが食らって空に還してくれた。

翼のない地に生きるものが空に還る唯一の方法だ。
竜は翼のない俺たちをその身に取り込む事で、空に還してくれたのだ。

黒い風に食べてもらう事が一番いい。

エコーの話をした時、そう言っていた意味が今はわかる。
空に還るなら黒い風になりたい。
空に還るだけでも有り難いのに、そんな贅沢な願いを抱いてしまう。

……いや?

俺は少し考えた。
確かに黒い風になれるのもいい。

でも……。

自分の考えに笑ってしまう。
黒い風になれた方が徳が高いというのは何となく理解できる。
なのに俺は別の事をどこかで望んでいた。

そう、別の事を……。


「俺は……死んだらチビに食べて欲しいなぁ……。アイツ、俺の事覚えてないだろうけど……。」


そう呟いて笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大人のためのファンタジア

深水 酉
ファンタジー
第1部 泉原 雪(いずはら ゆき)22歳。会社員。仕事は大変だけれど、充実した毎日を送っていました。だけど、ある日突然、会社をクビになり、ショックのあまりに見知らぬ世界へ送られてしまった。 何でこんなことに?! 元の世界に未練や後悔、思い出や大事なものとか一切合切捨ててきた人を「影付き」と呼ぶのだとか。 私は、未練や後悔の塊なのにどうして送られて来てしまったのだろう? 運命を受け入れられずに、もがいてもがいて行き着いた先は…!? ---------------------------------------------------------- 第2部 記憶を奪われた雪。 目が覚めた場所は森の中。宿屋の主人に保護され、宿屋に住み込みで働くことになった。名前はキアと名付けられる。 湖の中で森の主の大蛇の贄と番になり、日々を過ごす。 記憶が思い出せないことに苛立ちや不安を抱きつつも、周りの人達の優しさに感謝し、自分らしく生きる道を探している。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~

夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。 盗賊が村を襲うまでは…。 成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。 不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。 王道ファンタジー物語。

処理中です...