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黒き風と生きる
天と地と
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狩りを覚えてたくさん体を動かし、疲れきったのかチビはよく寝ている。
いくら敵なしの竜だからといって、こんなに無防備に寝ているのを見ると不安にもなるが、人間のいない山の中なら死ぬ事はないだろう。
俺はそれを確かめて荷物を背負った。
月明かりの下で眠るチビに手を伸ばし、引っ込めた。
触ったところで起きないだろうが、あまり刺激を与えるのも良くない。
心の中でさよならをいい、できるだけ静かに村を離れた。
しばらく歩き、振り返る。
「……さよなら、皆。」
月明かりに照らされた瓦礫と化した村。
そこに残したたくさんの記憶。
いつか帰るよ。
ここが俺の全てだから。
でも今は生き延びなければならない。
それには村を離れ、山を下りなければならない。
これから冬が来る。
山の冬は何もない。
遮るもののない岩山は、成す術なく斬りつける冷気と雪と嵐に晒される。
ただただ過酷で残忍で、家の中に閉じ篭っていても死者が出る事もある。
その荒れ狂う猛威に耐え忍ぶしかない。
そんなところなのだ。
この山は。
子供の俺では一人で生きる事はできない。
もっと低い緑豊かな山なら別だが、木々も生える事ができないこの険しい岩山では無理だ。
今の俺には、山の脅威に耐えられる安全な場所すら作る力がないのだから。
とにかく一度山を下り、コートを頼ろう。
一度しか会った事のない人間だが、彼は信じていいと思えた。
そしてそこで基盤を固め、いずれここに戻るのだ。
夜空を見上げる。
山の空とはしばらくお別れだ。
きっと山の下から見る空は、ここよりずっと遠く見えるだろう。
それがとても寂しい。
ここがどんなに過酷か知っている。
ここで生きるのがどれだけ困難か知っている。
でも俺はここに帰るだろう。
死ぬ時、俺はこの山の空に還る。
皆と同じように……。
俺はもう一度、夜に浮かぶ壊れた村のシルエットを見つめた。
そして背を向けて歩き出す。
俺がここに帰る頃、山の神は代替わりしているだろうか?
その時の黒い風はチビだったりするだろうか?
チビは帰ってきた俺を覚えているだろうか?
「……無理だな。チビ、黒い風程は頭良くなさそうだし。だいたいあのチビに山の神が務まるとは思えない……。多分、その頃も今の黒い風が山を守ってるんじゃないかな……。」
そんな事を考えながら笑ってしまう。
笑いながら少し泣けた。
歩みは止めない。
俺はただ黙々と山を下りた。
生まれ育った山を。
夜が明けしばらくした頃、遠くから咆哮が聞こえた。
それは無機質な岩山の中にいつまでも響く。
「……さよなら、チビ。」
チビは目覚めて俺がいない事に気づいただろう。
でもいつものように食料探しに行っていると思って気にしなかっただろう。
アイツは間抜けだから、きっとそうだ。
でもどこを見ても俺はいない。
帰ってくることもない。
一緒には生きれないんだ。
天に生きるもの。
地に生きるもの。
その差を埋める事はできない。
その証拠に俺はお前に飛ぶ事を教えられない。
地で獲物を取る方法を教えられても、空の飛び方は教えられないんだ。
どんなに俺が空に焦がれようと空には行けない。
それは翼のあるものだけに許された聖域だから。
俺がそこに行くには死して行くしかない。
一度だけ見た、空。
黒い風に咥えられて飛んだ空。
あの時、俺の中には恐怖はなかった。
高揚感と言葉にならない思いで溢れた。
エコーの死の直後だったのに、それすら一瞬忘れるほど、空は俺の中に絶対的な存在として残った。
俺はそこに行く事はできない。
地に足をつけて生きていくものだからだ。
でもお前は違う。
翼あるもの。
天を翔ける事を許された存在。
その中でも絶対的な存在である竜なのだ。
しかもこの山に君臨した王であり神。
黒い風の子なのだ。
天を翔ける竜。
俺は一緒には生きれない。
もしもそれでも共に生きたいと願うなら、極限まで空に近づいた場所で生きるしかない。
そう、俺達の村のように……。
ずっと燻っていた村への疑念。
それは皮肉にも、そこが滅び離れなければならなくなってその意味を知った。
俺はやっと、あの村が何故あそこにあったのか理解した。
そしてそこにあった想いも……。
ただ、共に生きたかったんだ……。
竜を守るとか、そういう事ではないんだ。
なんて事はない。
ただ共に生きたかったんだ。
天駆けるもの。
地を生きるもの。
埋められない差の中で、折り合いをつけて彼らと共に生きていく道があの村だったのだ。
彼らの自由を奪う事なく、彼らの側で共に生きる。
必要以上に関わることもない。
お互いがお互いの生き方をする中で、共に生きてきたのだ。
その中で、竜も俺たちに寄り添ってくれた。
狩りをすれば、その騒動で逃げる獲物を得やすくなった。
竜がいる事で下手な外敵から守られていた。
そして死した時、彼らが食らって空に還してくれた。
翼のない地に生きるものが空に還る唯一の方法だ。
竜は翼のない俺たちをその身に取り込む事で、空に還してくれたのだ。
黒い風に食べてもらう事が一番いい。
エコーの話をした時、そう言っていた意味が今はわかる。
空に還るなら黒い風になりたい。
空に還るだけでも有り難いのに、そんな贅沢な願いを抱いてしまう。
……いや?
俺は少し考えた。
確かに黒い風になれるのもいい。
でも……。
自分の考えに笑ってしまう。
黒い風になれた方が徳が高いというのは何となく理解できる。
なのに俺は別の事をどこかで望んでいた。
そう、別の事を……。
「俺は……死んだらチビに食べて欲しいなぁ……。アイツ、俺の事覚えてないだろうけど……。」
そう呟いて笑った。
いくら敵なしの竜だからといって、こんなに無防備に寝ているのを見ると不安にもなるが、人間のいない山の中なら死ぬ事はないだろう。
俺はそれを確かめて荷物を背負った。
月明かりの下で眠るチビに手を伸ばし、引っ込めた。
触ったところで起きないだろうが、あまり刺激を与えるのも良くない。
心の中でさよならをいい、できるだけ静かに村を離れた。
しばらく歩き、振り返る。
「……さよなら、皆。」
月明かりに照らされた瓦礫と化した村。
そこに残したたくさんの記憶。
いつか帰るよ。
ここが俺の全てだから。
でも今は生き延びなければならない。
それには村を離れ、山を下りなければならない。
これから冬が来る。
山の冬は何もない。
遮るもののない岩山は、成す術なく斬りつける冷気と雪と嵐に晒される。
ただただ過酷で残忍で、家の中に閉じ篭っていても死者が出る事もある。
その荒れ狂う猛威に耐え忍ぶしかない。
そんなところなのだ。
この山は。
子供の俺では一人で生きる事はできない。
もっと低い緑豊かな山なら別だが、木々も生える事ができないこの険しい岩山では無理だ。
今の俺には、山の脅威に耐えられる安全な場所すら作る力がないのだから。
とにかく一度山を下り、コートを頼ろう。
一度しか会った事のない人間だが、彼は信じていいと思えた。
そしてそこで基盤を固め、いずれここに戻るのだ。
夜空を見上げる。
山の空とはしばらくお別れだ。
きっと山の下から見る空は、ここよりずっと遠く見えるだろう。
それがとても寂しい。
ここがどんなに過酷か知っている。
ここで生きるのがどれだけ困難か知っている。
でも俺はここに帰るだろう。
死ぬ時、俺はこの山の空に還る。
皆と同じように……。
俺はもう一度、夜に浮かぶ壊れた村のシルエットを見つめた。
そして背を向けて歩き出す。
俺がここに帰る頃、山の神は代替わりしているだろうか?
その時の黒い風はチビだったりするだろうか?
チビは帰ってきた俺を覚えているだろうか?
「……無理だな。チビ、黒い風程は頭良くなさそうだし。だいたいあのチビに山の神が務まるとは思えない……。多分、その頃も今の黒い風が山を守ってるんじゃないかな……。」
そんな事を考えながら笑ってしまう。
笑いながら少し泣けた。
歩みは止めない。
俺はただ黙々と山を下りた。
生まれ育った山を。
夜が明けしばらくした頃、遠くから咆哮が聞こえた。
それは無機質な岩山の中にいつまでも響く。
「……さよなら、チビ。」
チビは目覚めて俺がいない事に気づいただろう。
でもいつものように食料探しに行っていると思って気にしなかっただろう。
アイツは間抜けだから、きっとそうだ。
でもどこを見ても俺はいない。
帰ってくることもない。
一緒には生きれないんだ。
天に生きるもの。
地に生きるもの。
その差を埋める事はできない。
その証拠に俺はお前に飛ぶ事を教えられない。
地で獲物を取る方法を教えられても、空の飛び方は教えられないんだ。
どんなに俺が空に焦がれようと空には行けない。
それは翼のあるものだけに許された聖域だから。
俺がそこに行くには死して行くしかない。
一度だけ見た、空。
黒い風に咥えられて飛んだ空。
あの時、俺の中には恐怖はなかった。
高揚感と言葉にならない思いで溢れた。
エコーの死の直後だったのに、それすら一瞬忘れるほど、空は俺の中に絶対的な存在として残った。
俺はそこに行く事はできない。
地に足をつけて生きていくものだからだ。
でもお前は違う。
翼あるもの。
天を翔ける事を許された存在。
その中でも絶対的な存在である竜なのだ。
しかもこの山に君臨した王であり神。
黒い風の子なのだ。
天を翔ける竜。
俺は一緒には生きれない。
もしもそれでも共に生きたいと願うなら、極限まで空に近づいた場所で生きるしかない。
そう、俺達の村のように……。
ずっと燻っていた村への疑念。
それは皮肉にも、そこが滅び離れなければならなくなってその意味を知った。
俺はやっと、あの村が何故あそこにあったのか理解した。
そしてそこにあった想いも……。
ただ、共に生きたかったんだ……。
竜を守るとか、そういう事ではないんだ。
なんて事はない。
ただ共に生きたかったんだ。
天駆けるもの。
地を生きるもの。
埋められない差の中で、折り合いをつけて彼らと共に生きていく道があの村だったのだ。
彼らの自由を奪う事なく、彼らの側で共に生きる。
必要以上に関わることもない。
お互いがお互いの生き方をする中で、共に生きてきたのだ。
その中で、竜も俺たちに寄り添ってくれた。
狩りをすれば、その騒動で逃げる獲物を得やすくなった。
竜がいる事で下手な外敵から守られていた。
そして死した時、彼らが食らって空に還してくれた。
翼のない地に生きるものが空に還る唯一の方法だ。
竜は翼のない俺たちをその身に取り込む事で、空に還してくれたのだ。
黒い風に食べてもらう事が一番いい。
エコーの話をした時、そう言っていた意味が今はわかる。
空に還るなら黒い風になりたい。
空に還るだけでも有り難いのに、そんな贅沢な願いを抱いてしまう。
……いや?
俺は少し考えた。
確かに黒い風になれるのもいい。
でも……。
自分の考えに笑ってしまう。
黒い風になれた方が徳が高いというのは何となく理解できる。
なのに俺は別の事をどこかで望んでいた。
そう、別の事を……。
「俺は……死んだらチビに食べて欲しいなぁ……。アイツ、俺の事覚えてないだろうけど……。」
そう呟いて笑った。
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