竜と生きる人々

ねぎ(ポン酢)

文字の大きさ
上 下
11 / 23
黒き風と生きる

別れの時

しおりを挟む
「コラー!チビーッ!!」

俺が怒鳴ろうとどこ吹く風。
チビは切り出した肉をモリモリ食べてしまう。

あれからまた数日たった。
黒い風が狩りをしてきてそれを俺が解体する。
解体したそばからチビが肉を食っていく。
それが繰り返される。

食欲旺盛なチビ。
はじめは一頭で一日もったが、今は二匹解体しても俺の分まで食べようとする。
死守しないと食うものがなくなる。

黒い風はというと、そんな俺達をただじっと見ていた。

これだけ食べる量が増えたのに、黒い風は取ってくる獲物の量を増やさない。
むしろ減らし始めている気がする。
狩りに行っても戻りが遅くなった。
そのせいでチビは機嫌が悪くなり、俺の食うものを奪って食べてしまう。

仕方ない……。

争って勝てる相手でもないので、俺は瓦礫と化した村の外に出て、罠を仕掛けた。
そんな俺の後ろをひょこひょことついてくるチビ。

「~~~!チビ!お前がついてきたら!獲物が怖がって逃げるだろうが!!」
「キギギッ??」

何を言われているのかわかっていない。
それまで閉じ篭っていた瓦礫の村を出て、全てが物珍しいのか、あっちこっち行っては匂いを嗅いだり、岩をひっくり返したりしている。
お陰で警戒した小動物たちはなりを潜めてしまった。
これでは罠を仕掛けてもなかなか取れないだろう。
やり方を変えた方がいいかもしれない。
俺はそう思った。

一応罠を仕掛けて、苔の実を集めて飢えを凌ぐ。
黒い風やチビは完全な肉食らしく、苔の実には興味を示さなかった。

空の高さ、そして風の匂い。
俺はそれを感じて少し考えていた。

苔の実がたくさん取れるのは秋だからだ。
山の秋は短い。
直に凍てつく冬が来る。

「……………………。」

一人で山で冬を越す事は難しいだろう。
今でさえ、黒い風がチビの為に狩りをしてくるおこぼれをもらっているからなんとかなっているだけで、そうでなければ餓死していただろう。

胸の上からペンダントを握りしめる。

コートがくれた片道切符。
俺みたいな子供が生きる為にはこれを頼るしかないだろう。

冬が来る前に山を下りなければならない。

エコーやエボニー、父や母。
村の皆は空に還った。
それでいい。
黒い風と共に、この山とこの空の中に居続けるのだ。

だが俺は違う。
幸か不幸か生き残った。

俺は、生きなければならない。

皆の命が巡り巡ってチビの中でも生きているように。
俺もいつかはその中に還る。
でも今はその時ではない。
だから生きる為にその選択をしなければならない。

山を、空を見つめる。

いつか俺もここに還るのだ。
それだけは変わらない。

けれど生きている限り、生きなければならない。
エコーやエボニー、皆の為にも、俺は生きている限りは生きなければならない。
それがどれだけ過酷でも、この村があった証明として。
不思議とそう思えた。

ふと、チビが空を見上げた。
チビの目は生まれた時と違って今はよく見えるようだ。
俺には見えない先の先まで見通せるのか、一点を見つめて動かない。

恐らく黒い風が帰ってくるのだ。

黒い風は帰ってこない事もある。
その意味を俺は理解していた。

黒い風は子育てを終えようとしている。

多くの鳥たちがそうであるように。
多くの獣たちがそうであるように。

甲斐甲斐しく餌を運んだ様に、餌を与えない事で巣立ちを促す。

自然の摂理に勝てない子は死に絶える。
けれどそれに一人で打ち勝てなければ生き物は皆、生きていけないのだ。

空を見上げる。
俺の目にも黒い風が見えた。

「……さようなら、俺たちの山。その主である黒い風……。」

俺はどうしてだかそう呟いた。







チビは何も知らない。
無邪気にはしゃいで村に戻った。
ごちそうが待っていると思ったからだ。

何も疑う事を知らない無垢なチビ。
黒い風が落とした獲物に嬉々として食らいついている。
もう俺が解体してやらなくても自分で食いちぎって食べていける。

黒い風は離れた瓦礫の上に立ち、それをじっと見ていた。

俺が見上げると、少しの間、俺の顔を見つめた。
そして村の中をのしのし歩くと、ある瓦礫の下を掘り始めた。
そして何かを加え、俺の前にそれを置いた。

「…………。」

それは俺が隠していた箱。
村を去ろうと準備したものが入っている。

どうして黒い風が箱を知っていたのか、どうしてそれを瓦礫の中から取り出して俺の前に置いたのかはわからない。
わからないけれど、どういう意味なのかはわかった。

俺は黒い風を見つめた。
エコーが食われた時はあんなに恐ろしく、絶望と無力感を覚えた黒い風を。

俺は黙って跪き、頭を下げた。
それがこの山の神に対する礼儀だと思った。

黒い風は首を伸ばし、いつかのように臭いを嗅いだ。
生温かい鼻息がくすぐったかった。

「……いずれ帰ります。ここが俺の世界の全てだから。」

黒い風は何も言わなかった。
ただじっと俺を見つめていた。

今なら黒い風がわかる。

理解しがたい村の全てがわかる。
それは言葉にするには難しく、他の人には理解できない事だと思った。

でもそれでいいのだ。

黒い風が翼を広げ、空に向かって首を伸ばす。


「ケエエェェェェ……ッ!!」


聞いた事のない声を高らかに上げる。
それは山の中に反響した。
チビも何かを感じ取ったのか、食べるのをやめてこちらに顔を向ける。

と……。

どこか遠くから、同じ様に鳴く声が聞こえた。
いや、単に黒い風の鳴き声が山の中で木霊しただけかもしれない。
けれどその声が遠く何重にも重なり合うのを俺は聞いた。

考えてみればそうだ。
いくら黒い風でも、一頭で卵が産める訳がない。

コートも言っていた。
この山の奥に「竜の巣」があるのだと……。

黒い風が翼をはためかせる。
俺はそれを黙って見つめていた。


「キギギッ!キギギッ!!」


チビがいつもと違う雰囲気に、慌てたように駆け寄ってきた。
しかしそれが届く事はなかった。

バサリ……と飛び上がる黒い風。

チビはそれを追おうと走ったり跳ねたり、翼を動かしたりしている。
けれどチビはまだ飛べない。
黒い風を追いかける事はできない。

「キギギッ!!ギャッギャッギャッ!!」

しきりに呼びかけるが黒い風は振り向かない。
悠々と空に舞い上がり、村の瓦礫の上を旋回する。
それは段々と速度を上げ、「黒い風」となる。

「ギャァオゥ!ギャァオゥ!!」

それが暮れ行く空の闇に消えていくのを、俺は見送った。
涙がいつの間にか流れ頬を伝う。

必死に鳴き叫ぶチビの声が山にただ響いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

大人のためのファンタジア

深水 酉
ファンタジー
第1部 泉原 雪(いずはら ゆき)22歳。会社員。仕事は大変だけれど、充実した毎日を送っていました。だけど、ある日突然、会社をクビになり、ショックのあまりに見知らぬ世界へ送られてしまった。 何でこんなことに?! 元の世界に未練や後悔、思い出や大事なものとか一切合切捨ててきた人を「影付き」と呼ぶのだとか。 私は、未練や後悔の塊なのにどうして送られて来てしまったのだろう? 運命を受け入れられずに、もがいてもがいて行き着いた先は…!? ---------------------------------------------------------- 第2部 記憶を奪われた雪。 目が覚めた場所は森の中。宿屋の主人に保護され、宿屋に住み込みで働くことになった。名前はキアと名付けられる。 湖の中で森の主の大蛇の贄と番になり、日々を過ごす。 記憶が思い出せないことに苛立ちや不安を抱きつつも、周りの人達の優しさに感謝し、自分らしく生きる道を探している。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

処理中です...