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現代・ヒューマンドラマ
春先の隣人
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桜も散り、春風が吹き荒れた頃、ふと私はその存在に気づいた。
そしてふっと目を細めた。
「もうすぐ、お隣さんが引っ越してくるね。」
父の言った言葉に私も妹も首を傾げた。
私は石をひっくり返してだんご虫やらわらじ虫やらがわらわら慌てふためくのを眺めていたし、妹はたんぽぽの綿毛を掴んで今にも吹き飛ばそうとしていた。
意味がわからず、妹と顔を見合わせる。
理解できない事に機嫌を損ねた妹は、頬を大きく膨らませてふうっと勢い良く綿毛を飛ばした。
私は立ち上がり、にこにこ笑う父を見上げた。
「誰か越してくるの?」
「うん、そうだよ。」
「嘘だ!!」
戸惑う私とは違い、妹は怒ったようにそう叫んだ。
ガニ股になって足をダンダンと踏み鳴らしている。
「嘘じゃないよ?」
「嘘だもん!!ちさとちゃん、引っ越さないもん!!」
ちさとちゃんというのはうちの隣に住んでいる女の子だ。
妹より年上で、今年から小学生になってしまったので妹と遊ぶ事が減ってしまった。
その事を彼女なりに気にしていたところに父がそんな事を言ったもんだから、躍起になっていたのだ。
そのナイーブな気持ちを無遠慮に突かれ、涙目になっている。
「うん。ちさとちゃんは引っ越さないよ。大丈夫。」
父はそう言ってしゃがみ込み、妹の頭を撫でた。
流石にちょっとデリカシーがなかったと思ったのかもしれない。
「……本当?ちさとちゃんじゃないの?」
「うん。誰かが引っ越していなくなるんじゃないよ。引っ越してくるって話。」
「??」
父はにこにこしている。
私と妹は意味がわからず顔を見合わせ、困惑する。
誰も引っ越さないのに、誰かが引っ越してくる??
どういうことだろう??
父は楽しそうに笑って妹を抱き上げた。
そして私の頭をぐりぐりっと撫でる。
「さて、ここでふたりに問題です。引っ越してくるのは誰でしょうか??」
私も妹も全くわからない。
困ってしまうと黙ってしまうのは、まだボキャブラリーが少ない子供ならではだ。
そんな私達に、父はただ楽しそうに笑う。
「来週の日曜日まで考えてごらん?小さな探偵さん?」
小さな探偵と呼ばれ、私も妹もなんだか楽しくなってきた。
そしてぎゅっと父に抱きついた。
「パパ!!ヒントは?!」
「ふふっ。パパは教えられないなぁ~。でもママや周りの人に色々聞いてごらん??捜査は聞き込みが大事だからね?」
「え~!!ケチ~!!」
妹はまた頬を膨らませた。
でも本当に怒っている訳じゃない。
私達はその「父からの挑戦」に笑いあったのだった。
そういう訳で、私と妹は謎の「越してくる人」を調べる事になった。
手始めに母にそれを訪ねた。
しかし母はなんの事やらわからなかった。
そこに父が楽しそうに耳打ちする。
そして「あぁ!」と言って笑いだした。
「ズルい!!ママだけ教えてもらった!!」
「ふふっ、ごめんね。でもわからないとヒントが出せないでしょ?」
「も~!!なら早くヒント!ヒント!!」
「ふふっ。そうね~、とっても可愛いわ。」
「それじゃわかんない!!」
「ふたりもきっと大好きよ?」
「そうじゃなくて~!!」
私と妹はジタバタと足を踏み鳴らした。
越してくる誰かが可愛いか可愛くないかなんて、そんな事は関係ないのだ。
誰なのか解らなければ意味がないのだ。
「結構いいヒントだと思ったんだけどなぁ~??」
「可愛いって、赤ちゃんがいるの?!」
「そうね、赤ちゃんもいるわね。すぐにはいないけど。」
「何人家族?!」
「う~ん……お父さんとお母さんと……子どもは3、4人かな??」
「そんなにいるの?!」
私と妹はびっくりして顔を見合わせる。
友達の多くはひとりっ子か二人兄弟。
三人兄弟は珍しいし、さらに4人なんて考えた事もなかった。
「そ、とっても可愛いのよ??」
母はふふふっと笑っていた。
お昼を食べ終えた私達姉妹は、別れて聞き込みに行く事にした。
妹は隣のちさとちゃんの家に、私は反対隣の吉野さん家に、誰か越してくるのか訪ねに行った。
誰も引っ越していなくならないとしても、そこに誰かが引っ越してくる可能性はあるからだ。
ちさとちゃん家はわからないが、お隣の吉野さんはおじいちゃんとおばあちゃんのふたり暮らしだ。
だからそこに誰か越してくる事はあり得ると私は思っていた。
吉野さん家の前に立ち、ちょっと戸惑う。
いきなりピンポンして「誰か越してきますか?」なんて聞いて大丈夫だろうかと急に怖くなったからだ。
もじもじと玄関前で戸惑っていると、急に2回の窓が開く音がして、おばあちゃんが顔を出した。
「あら、そのちゃん?どうしたの?うちに何か用??」
おばあちゃんは窓から顔を出し、そう聞いた。
私はあわあわと挙動不審になりながら、ただこくこくと頷くのが精一杯だった。
「ちょっと待っててね?……おじいさん!!お隣のそのちゃんが……。」
そう言いながら家の中に消えていく。
私は俯いて固まっていた。
じきに玄関が開き、おばあちゃんが玄関先でにこにこ優しく笑いかけてくれた。
廊下の方から、おじいちゃんが不思議そうにこちらを覗いている。
「こ、こんにちは!!」
「はい。こんにちは。それよりどうしたの??」
おばあちゃんは優しく私にそう言った。
私はパニックに陥っていた。
どうしたらいいのかわからないまま、私は声を張り上げる。
「誰か越してくるんですか?!」
「え??どうしたの?そのちゃん??」
藪から棒な話に、おばあちゃんはびっくりしている。
でも私はあわてふためき、早くこの話を終えてしまいたくてさらに言った。
「パパが!もうすぐ誰か越してくるって!!」
「ええ?!うちに?!」
「わかんない。でもお隣って!!」
おばあちゃんは困惑して中のおじいちゃんと顔を見合わせた。
本を片手におじいちゃんがゆっくり玄関の方に歩いてくる。
「お父さんが、隣に誰か越してくるって言ったんだね?」
「そう……。それで……私と妹で……それが誰か調査してるの……。」
おじいちゃんは優しい雰囲気だったが、なんだか緊張してしまい、私は俯いてぼそぼそ答えた。
そこにおばあちゃんが明るく笑う。
「ふふっ。調査なんて、凄いわ。探偵さんみたい。」
「うん……探偵さんなの……。」
「あら可愛い探偵さんだこと!!」
「……越してくる人も可愛いってママが言ってた。」
「そうなのね。でもうちには誰も越してくる予定はないんだけど……。」
おばあちゃんは一生懸命、私の力になろうとしてくれていた。
だがおもいあたる事がなかったようで困っている。
「……他には?」
「え?」
「他にはパパやママはなんと言っていたんだい??」
おじいちゃんがゆっくり、穏やかに私に訪ねた。
私は母の言った事を思い出しながら答えた。
「お父さんとお母さんと子供がたくさん……3、4人って……。」
「お父さんとお母さんと子供がたくさん……それで可愛い……。」
おじいちゃんはそう私の言った事を繰り返し、しばらく考えていた。
そしてはたと何かに気づいたようで、ふふっと笑った。
「あぁ、確かに越してくるね。」
「本当に?!」
「うん。でもうちじゃないよ。そのちゃんのお家にだよ。」
「……うちに??」
それは予想外の事だった。
お隣にと父は言った。
なのにうちに越してくるとおじいちゃんは言うのだ。
「ちょっと、おじいさん……。」
私と同じく訳がわからなくなったおばあちゃんがおじいちゃんに渋い顔を向ける。
するとおじいちゃんはパパがママにしたように耳元に顔を寄せ、何かを教えた。
するとやっぱりおばあちゃんもママみたいに「あら!」と言って笑ったのだ。
「ふふっ。それは確かに可愛らしいお隣さんよ、そのちゃん。」
「うちに越してくるのに??お隣なの??」
「そうよ?そのちゃん家に去年も越してきたじゃない??」
「??」
私は訳がわからなかった。
去年もうちに……お隣さんが越してきた??
「大丈夫、そのちゃん探偵さんはきっとその謎を解けるわ。」
「うん……。」
でもわからなかった。
落ち込む私に、おばあちゃんはお菓子を持たせてくれた。
「そうね~、私はたまにぶつかりそうになってちょっと怖いかも……。」
「え?!」
「特に雨が降りそうな時はよくぶつかりそうになるわ。」
「雨が降りそうな時にぶつかりそうになるの??」
「そう、雨が降りそうだと低く飛ぶのよ。」
「飛ぶ?!」
「こら、ばあさん。」
そんなおばあちゃんをおじいちゃんが苦笑いして窘めた。
しかし私はそれどころじゃない。
「え?え?!飛ぶ?!」
私は完全に混乱してしまった。
お隣に越してくるのに、うちに越してくる。
しかも飛ぶ。
「?!?!」
完全にパニックだった。
そんな私におじいちゃんは優しく笑った。
「……昔はね、その隣人が越してくる家は繁栄すると言われていたんだよ。」
「……神様みたいなもの??」
「神様とは違うけれど、神様のお使いというか、幸運を運んでくるものって言われていたんだよ。」
「幸運を運んでくる……。」
どうやらうちに越してくるお隣さんは、人間ではないみたいだ。
よくわからないが、それはいいものらしい。
「……それって……見えるの??」
「見えるよ。」
「私にも??」
「ええ、そのちゃんにも見えるわよ。」
「皆に見えるの??」
「誰でも見えるよ。」
「夏が近くなると大きな口をみんなで開けて、それはそれは可愛らしい姿が見れるわよ。」
私は目をぱちくりさせた。
その神様みたいなのは可愛くて、飛んで、子だくさんで、夏近くになるとみんなで口を開けるらしい。
「??」
おじいちゃんとおばあちゃんは顔を見合わせ、ふふふっと笑った。
「お家に帰ったら、玄関のドアを開ける前に振り向いてご覧。」
「上の方よ、そのちゃん。」
おじいちゃんとおばあちゃんはそう言った。
私は早く確かめたくて、お礼を言って駆け足で玄関に向かった。
そして言われた通り、ドアを開けずに振り向いた。
よくわからない。
そして上を見上げた。
「………………あっ!!」
そして声を上げた。
母は言った。
それはとても可愛くて子供がたくさんいると。
おばあちゃんは言った。
その隣人は去年もうちに越してきたのだと。
雨の前に低く飛んでぶつかりそうになる。
おじいちゃんの言った、幸運を運んでくるというのは知らなかった。
でも確かに見えるし、大きく皆で口を開けている。
「お姉ちゃん……ちさとちゃん、わかんないって……。」
そこにしょんぼりした妹が帰ってきた。
私は笑って、上の方を指差した。
はじめはわからなかったようだが、去年、あそこに何がいた?と私が聞くと、ぱぁっと顔を輝かせた。
「ツバメさん!!」
私と妹は顔を見合わせた。
そして笑った。
勢い良く玄関のドアを開け、私と妹は我先にと家の中に駆け込んだ。
春が来て、夏が近づき出すと、うちには小さな隣人が越してくる。
それは毎年毎年、変わらずにやってくる。
まぁちょっと落とし物が大変なのだが、あの必死に大きな口を開けている姿は可愛いので許してしまう。
「何しろ幸運を運んで来てくれるんだからね~。ウンだけに……。」
ちょっとつまらない事を言って私は笑った。
その視界には、黒い翼の小さな鳥が素早く飛んでいた。
「確かにたまに刺さりそうで怖いんだよね~。」
彼らの来日に春と夏の境目を感じながら、私は笑ったのだった。
そしてふっと目を細めた。
「もうすぐ、お隣さんが引っ越してくるね。」
父の言った言葉に私も妹も首を傾げた。
私は石をひっくり返してだんご虫やらわらじ虫やらがわらわら慌てふためくのを眺めていたし、妹はたんぽぽの綿毛を掴んで今にも吹き飛ばそうとしていた。
意味がわからず、妹と顔を見合わせる。
理解できない事に機嫌を損ねた妹は、頬を大きく膨らませてふうっと勢い良く綿毛を飛ばした。
私は立ち上がり、にこにこ笑う父を見上げた。
「誰か越してくるの?」
「うん、そうだよ。」
「嘘だ!!」
戸惑う私とは違い、妹は怒ったようにそう叫んだ。
ガニ股になって足をダンダンと踏み鳴らしている。
「嘘じゃないよ?」
「嘘だもん!!ちさとちゃん、引っ越さないもん!!」
ちさとちゃんというのはうちの隣に住んでいる女の子だ。
妹より年上で、今年から小学生になってしまったので妹と遊ぶ事が減ってしまった。
その事を彼女なりに気にしていたところに父がそんな事を言ったもんだから、躍起になっていたのだ。
そのナイーブな気持ちを無遠慮に突かれ、涙目になっている。
「うん。ちさとちゃんは引っ越さないよ。大丈夫。」
父はそう言ってしゃがみ込み、妹の頭を撫でた。
流石にちょっとデリカシーがなかったと思ったのかもしれない。
「……本当?ちさとちゃんじゃないの?」
「うん。誰かが引っ越していなくなるんじゃないよ。引っ越してくるって話。」
「??」
父はにこにこしている。
私と妹は意味がわからず顔を見合わせ、困惑する。
誰も引っ越さないのに、誰かが引っ越してくる??
どういうことだろう??
父は楽しそうに笑って妹を抱き上げた。
そして私の頭をぐりぐりっと撫でる。
「さて、ここでふたりに問題です。引っ越してくるのは誰でしょうか??」
私も妹も全くわからない。
困ってしまうと黙ってしまうのは、まだボキャブラリーが少ない子供ならではだ。
そんな私達に、父はただ楽しそうに笑う。
「来週の日曜日まで考えてごらん?小さな探偵さん?」
小さな探偵と呼ばれ、私も妹もなんだか楽しくなってきた。
そしてぎゅっと父に抱きついた。
「パパ!!ヒントは?!」
「ふふっ。パパは教えられないなぁ~。でもママや周りの人に色々聞いてごらん??捜査は聞き込みが大事だからね?」
「え~!!ケチ~!!」
妹はまた頬を膨らませた。
でも本当に怒っている訳じゃない。
私達はその「父からの挑戦」に笑いあったのだった。
そういう訳で、私と妹は謎の「越してくる人」を調べる事になった。
手始めに母にそれを訪ねた。
しかし母はなんの事やらわからなかった。
そこに父が楽しそうに耳打ちする。
そして「あぁ!」と言って笑いだした。
「ズルい!!ママだけ教えてもらった!!」
「ふふっ、ごめんね。でもわからないとヒントが出せないでしょ?」
「も~!!なら早くヒント!ヒント!!」
「ふふっ。そうね~、とっても可愛いわ。」
「それじゃわかんない!!」
「ふたりもきっと大好きよ?」
「そうじゃなくて~!!」
私と妹はジタバタと足を踏み鳴らした。
越してくる誰かが可愛いか可愛くないかなんて、そんな事は関係ないのだ。
誰なのか解らなければ意味がないのだ。
「結構いいヒントだと思ったんだけどなぁ~??」
「可愛いって、赤ちゃんがいるの?!」
「そうね、赤ちゃんもいるわね。すぐにはいないけど。」
「何人家族?!」
「う~ん……お父さんとお母さんと……子どもは3、4人かな??」
「そんなにいるの?!」
私と妹はびっくりして顔を見合わせる。
友達の多くはひとりっ子か二人兄弟。
三人兄弟は珍しいし、さらに4人なんて考えた事もなかった。
「そ、とっても可愛いのよ??」
母はふふふっと笑っていた。
お昼を食べ終えた私達姉妹は、別れて聞き込みに行く事にした。
妹は隣のちさとちゃんの家に、私は反対隣の吉野さん家に、誰か越してくるのか訪ねに行った。
誰も引っ越していなくならないとしても、そこに誰かが引っ越してくる可能性はあるからだ。
ちさとちゃん家はわからないが、お隣の吉野さんはおじいちゃんとおばあちゃんのふたり暮らしだ。
だからそこに誰か越してくる事はあり得ると私は思っていた。
吉野さん家の前に立ち、ちょっと戸惑う。
いきなりピンポンして「誰か越してきますか?」なんて聞いて大丈夫だろうかと急に怖くなったからだ。
もじもじと玄関前で戸惑っていると、急に2回の窓が開く音がして、おばあちゃんが顔を出した。
「あら、そのちゃん?どうしたの?うちに何か用??」
おばあちゃんは窓から顔を出し、そう聞いた。
私はあわあわと挙動不審になりながら、ただこくこくと頷くのが精一杯だった。
「ちょっと待っててね?……おじいさん!!お隣のそのちゃんが……。」
そう言いながら家の中に消えていく。
私は俯いて固まっていた。
じきに玄関が開き、おばあちゃんが玄関先でにこにこ優しく笑いかけてくれた。
廊下の方から、おじいちゃんが不思議そうにこちらを覗いている。
「こ、こんにちは!!」
「はい。こんにちは。それよりどうしたの??」
おばあちゃんは優しく私にそう言った。
私はパニックに陥っていた。
どうしたらいいのかわからないまま、私は声を張り上げる。
「誰か越してくるんですか?!」
「え??どうしたの?そのちゃん??」
藪から棒な話に、おばあちゃんはびっくりしている。
でも私はあわてふためき、早くこの話を終えてしまいたくてさらに言った。
「パパが!もうすぐ誰か越してくるって!!」
「ええ?!うちに?!」
「わかんない。でもお隣って!!」
おばあちゃんは困惑して中のおじいちゃんと顔を見合わせた。
本を片手におじいちゃんがゆっくり玄関の方に歩いてくる。
「お父さんが、隣に誰か越してくるって言ったんだね?」
「そう……。それで……私と妹で……それが誰か調査してるの……。」
おじいちゃんは優しい雰囲気だったが、なんだか緊張してしまい、私は俯いてぼそぼそ答えた。
そこにおばあちゃんが明るく笑う。
「ふふっ。調査なんて、凄いわ。探偵さんみたい。」
「うん……探偵さんなの……。」
「あら可愛い探偵さんだこと!!」
「……越してくる人も可愛いってママが言ってた。」
「そうなのね。でもうちには誰も越してくる予定はないんだけど……。」
おばあちゃんは一生懸命、私の力になろうとしてくれていた。
だがおもいあたる事がなかったようで困っている。
「……他には?」
「え?」
「他にはパパやママはなんと言っていたんだい??」
おじいちゃんがゆっくり、穏やかに私に訪ねた。
私は母の言った事を思い出しながら答えた。
「お父さんとお母さんと子供がたくさん……3、4人って……。」
「お父さんとお母さんと子供がたくさん……それで可愛い……。」
おじいちゃんはそう私の言った事を繰り返し、しばらく考えていた。
そしてはたと何かに気づいたようで、ふふっと笑った。
「あぁ、確かに越してくるね。」
「本当に?!」
「うん。でもうちじゃないよ。そのちゃんのお家にだよ。」
「……うちに??」
それは予想外の事だった。
お隣にと父は言った。
なのにうちに越してくるとおじいちゃんは言うのだ。
「ちょっと、おじいさん……。」
私と同じく訳がわからなくなったおばあちゃんがおじいちゃんに渋い顔を向ける。
するとおじいちゃんはパパがママにしたように耳元に顔を寄せ、何かを教えた。
するとやっぱりおばあちゃんもママみたいに「あら!」と言って笑ったのだ。
「ふふっ。それは確かに可愛らしいお隣さんよ、そのちゃん。」
「うちに越してくるのに??お隣なの??」
「そうよ?そのちゃん家に去年も越してきたじゃない??」
「??」
私は訳がわからなかった。
去年もうちに……お隣さんが越してきた??
「大丈夫、そのちゃん探偵さんはきっとその謎を解けるわ。」
「うん……。」
でもわからなかった。
落ち込む私に、おばあちゃんはお菓子を持たせてくれた。
「そうね~、私はたまにぶつかりそうになってちょっと怖いかも……。」
「え?!」
「特に雨が降りそうな時はよくぶつかりそうになるわ。」
「雨が降りそうな時にぶつかりそうになるの??」
「そう、雨が降りそうだと低く飛ぶのよ。」
「飛ぶ?!」
「こら、ばあさん。」
そんなおばあちゃんをおじいちゃんが苦笑いして窘めた。
しかし私はそれどころじゃない。
「え?え?!飛ぶ?!」
私は完全に混乱してしまった。
お隣に越してくるのに、うちに越してくる。
しかも飛ぶ。
「?!?!」
完全にパニックだった。
そんな私におじいちゃんは優しく笑った。
「……昔はね、その隣人が越してくる家は繁栄すると言われていたんだよ。」
「……神様みたいなもの??」
「神様とは違うけれど、神様のお使いというか、幸運を運んでくるものって言われていたんだよ。」
「幸運を運んでくる……。」
どうやらうちに越してくるお隣さんは、人間ではないみたいだ。
よくわからないが、それはいいものらしい。
「……それって……見えるの??」
「見えるよ。」
「私にも??」
「ええ、そのちゃんにも見えるわよ。」
「皆に見えるの??」
「誰でも見えるよ。」
「夏が近くなると大きな口をみんなで開けて、それはそれは可愛らしい姿が見れるわよ。」
私は目をぱちくりさせた。
その神様みたいなのは可愛くて、飛んで、子だくさんで、夏近くになるとみんなで口を開けるらしい。
「??」
おじいちゃんとおばあちゃんは顔を見合わせ、ふふふっと笑った。
「お家に帰ったら、玄関のドアを開ける前に振り向いてご覧。」
「上の方よ、そのちゃん。」
おじいちゃんとおばあちゃんはそう言った。
私は早く確かめたくて、お礼を言って駆け足で玄関に向かった。
そして言われた通り、ドアを開けずに振り向いた。
よくわからない。
そして上を見上げた。
「………………あっ!!」
そして声を上げた。
母は言った。
それはとても可愛くて子供がたくさんいると。
おばあちゃんは言った。
その隣人は去年もうちに越してきたのだと。
雨の前に低く飛んでぶつかりそうになる。
おじいちゃんの言った、幸運を運んでくるというのは知らなかった。
でも確かに見えるし、大きく皆で口を開けている。
「お姉ちゃん……ちさとちゃん、わかんないって……。」
そこにしょんぼりした妹が帰ってきた。
私は笑って、上の方を指差した。
はじめはわからなかったようだが、去年、あそこに何がいた?と私が聞くと、ぱぁっと顔を輝かせた。
「ツバメさん!!」
私と妹は顔を見合わせた。
そして笑った。
勢い良く玄関のドアを開け、私と妹は我先にと家の中に駆け込んだ。
春が来て、夏が近づき出すと、うちには小さな隣人が越してくる。
それは毎年毎年、変わらずにやってくる。
まぁちょっと落とし物が大変なのだが、あの必死に大きな口を開けている姿は可愛いので許してしまう。
「何しろ幸運を運んで来てくれるんだからね~。ウンだけに……。」
ちょっとつまらない事を言って私は笑った。
その視界には、黒い翼の小さな鳥が素早く飛んでいた。
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