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SF・ファンタジー系

Hi!Lick!!(後編)

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「シラノ・ド・ベルジュラック」と言う戯曲がある。

多方面に才能のある非常に優れた男が、自分の容姿に自信を持てず、美男子に成り代わり想い人にラブレターを送り続けると言う話だ。

「……ばっかじゃないの?本当にバレないとでも思ってたのかな、あのカエル……。」

さんざん泣いてこの日を迎えた私はそう、誰にでもなく悪態をついた。
あの流行りの話やゲームの話ばかりだったごまめさんが、格闘技の話なんかするかっての。

今日はリックについて聴取を受ける日だ。

私はキッと前を睨んだ。
あのバカ、本当に世話が焼ける。

さんざん泣いて、心に決めた事がある。

だから私は自分を奮い立たせた。
絶対に今日、負ける訳にはいかないのだ。

「……待ってなさい、リック。全部終わったら、ぶん殴ってやるんだから……。」

私の答えは、とっくに決まっていた。







「ようこそお越しくださいました、美鈴さん。どうぞ楽にされて下さい。」

通された会議室。

会議室と言っても、私が知ってる学校なんかのそれとは違う。
案内係のAIがどうぞと促したその椅子だって、ソファーみたいに柔らかい。
部屋の匂いもなんか校長室みたいだった。

大きな机の向こう、偉そうな人たちが五人、神経質そうな顔つきで座っている。

「わざわざ呼び立ててすまなかったね。」

「緊張しなくて大丈夫ですよ。いくつか質問をさせて欲しいだけですので。」

「はい。大丈夫です。」

私はしゃんと背筋を伸ばして胸を張ってその人たちを見つめた。
気後れしない私が彼らにはどう映ったかはわからなかった。

「話というのは……。」

「リックの事ですね?」

「リック……ああ、君はそう呼んでいた様だね。」

手持ちの資料画面をスクロールしたり拡大したりしながらそう言われる。
私にもリックにもまるで興味なさ気だ。

リックをリックと理解していない彼らに、リックの存在権を握られていると思うと歯痒かった。
だがそこに噛み付いたって仕方がない。
ひとまずは様子を見る。

「君の個人AI、その……リック?と君が呼んでいた人工知能端末だが、AI遵守条例違反を起こし回収させてもらった。」

「機械でありプログラムが人間と関わる上で、双方の間で越えてはならない一線というものがある。人の生存・精神・尊厳に関わる部分だ。」

「ナンバーによって管理されていた国民情報をもっと潤滑に、簡単に使いやすくする為に個人AIが導入された。」

「しかしAIが普及し始めたばかりの頃、個人AIに違法データを組み込み疑似恋愛をする事が流行った。その結果、人間同士の恋愛に興味を失い社会生活ができない状態に陥る人がたくさんいたんだ。」

「知っています。」

私は淡々と答えた。
ちらりと彼らが私を見た。
ただやらなければならない作業をしているだけの彼らには何も感情が押し量れない。

リックはいつもうるさいぐらいオーバーリアクションだった。

目の前の大人を見つめ、どっちがプログラムなんだかと思う。
リックはプログラムだったけど、うざったいくらいいつだって何に対しても一生懸命だったのに。

本当、あんな暑苦しいカエル、どこを探したっていやしない。

「そう。だからAI遵守条例が決められ、それに違反するプログラムを組む事を禁止し、学習によってそう言った方向に行かぬように設定し、そしてその傾向が見られるAIを回収し処分する事が定められた。」

処分、という言葉が胸をざわつかせる。
でも取り乱しては駄目だ。
下手に過剰反応すれば、リックのAI遵守条例違反を証明する事になってしまう。

取り乱さず沈黙を守る私をまた、彼らがちらりと見た。
おそらく映像としても記録されているだろう。
カリカリと彼らが何かを書く音が、どんよりとした静寂の中に響く。
その中で私はただ、自分の目的を胸の中で明確にしていた。

「……リックを処分するおつもりですか?」

「無論そうなる。」

「疑わしい事例は再発防止の為に解析し、その後、消去される。」

「とはいえ、君もAIがなくてさぞかし不便だろう。いくつか質問が終わったら、このまますぐ新しいAIの手続きをさせてもらうから心配しなくてもいい。」

彼らにとってはこれは単なる通過儀式だ。
持ち主を呼んでその状態を観察し、問題がなければ新しいAIを与える。
決められた動作を決められた通りにこなしているだけ。
そこに意思など一欠片も見えない。

リックは自分の意志で、自分の判断で、私にメッセージを書いた。

それは落ち込む私を励まそうとする思いからだっただろう。
それがあまり良い事でないことも、AI遵守条例に反するかもしれない事もわかっていた筈だ。
メッセージのやり取りの中の「ごまめさん」は、何度となくもうやり取りをやめようとほのめかしていた。

その度に私はあと一度だけとお願いし、好きそうな話題をメッセージに書いた。
その「好きそうな話題」は段々と、流行りの話題から格闘技の話題に変わって行った。

……本当、単純なんだよね。

そうすると嬉々として返事が帰ってくるのがおかしくて仕方がなかった。
本当に馬鹿だ、私のAIは。

それを思い出してクスッと笑う。
まっすぐ前を見つめ、私は意を決してここに来た目的を彼らに告げた。


「お言葉ですが、私は今日、リックを返してもらう為にここに来ました。」


はっきり言い切った私の言葉に彼らが顔を上げる。
ある人は驚いて、ある人は怪訝そうに、ある人は険しい表情で私を凝視した。

「……君は、自分が何を言っているかわかっているのかい?」

「わかっています。」

「それは……。」

彼らは困ったように顔を見合わせる。
私がAIとの恋愛に固執していると思ったのだろう。
何人かが資料を画面を開いて確認している。
私は畳み掛けた。

「皆さんは誤解されています。」

「……誤解?」

「私はAIと恋愛関係にはありません。」

きっぱりと言い切る。
その様子を肉眼で確認し、端末に目を落とす。
おそらく私を観察しているカメラからその信憑性をAIに判断させた結果を見ているのだろう。

「どういう事だね?」

「はい。私は途中から、メッセージの相手がリックだと気づいていました。」

本当は確信はなかった。
ごまめさんだと信じていたい気持ちがあったから。

「……気づいていた?」

「はい。口調や文章の作りはそっくりでしたが、好む内容や私への気遣いなどが別人であり、何よりそれが身近な人物……いえAIだとすぐにわかりました。」

「本当に?」

「はい。無駄に格闘技の話を好んでましたし。はじめは隠してたみたいですけど、こっちが振ると勢いが凄かったので。」

私の言葉に一人の人が苦笑気味に吹いた。
何人かが資料を確認している。
しかし険しい顔を崩さない人もいる。

「……気づいていて君はメッセージのやり取りを続けたのかね?」

「はい。」

「何故?」

「面白かったので。」

「……面白い?」

「自分のAIが試行錯誤して一人二役演じてるんですよ?バレてるとも知らずに。面白いじゃないですか?」

いかにも十代の女子学生と言ったノリでそう告げると、彼らは顔を見合わせた。
半信半疑といったところだろう。
だが私は表情を崩さなかった。

お母さんのAI、ティートゥは医療機能がある。
だから毎日私はメディカルチェックを受けてきた。
それに仮病なんか通じない。

と、思われている。

だが幼い頃からそれを繰り返してきた私は、多少はそれをごまかせる事を知っている。
歳の数だけ私のデータを積み重ねてきたティートゥすら多少は誤魔化せる私が、私を何も知らないAIを騙せないはずはない。

澄ました顔で私は彼らを見つめる。

何人かが端末をチェックして顔を見合わせる。
何も言わないという事はそれが答えだろう。

「……確かに……君の方にはそう言った感情はなかったのかもしれないが……。」

そう言って言葉を濁す。
もう一押しだ。

「リックに私に対する恋愛感情があったと仰りたいんですか?」

「……そう言った危険があるので回収したのであって……。」

「リックが私に対して恋愛感情があったなら……格闘技とはすでに結婚してますね。正直、リックの格闘技に対する情熱は異常でしたから。リックにとって私は、格闘技に比べたら無いに等しいですよ?」

「それは……。」

「と言いますか、皆さん、リックが私に送ってきたメッセージお読みになったのでしょうか?どこの部分を見られて恋愛感情があると判断されたんですか?」

私がそう言うと、少し渋い顔をして何人かが端末をチェックする。
私は返答を待たずに畳み掛けた。

「ちなみに今回リックがなり切ろうとした方から、その前にもらっていたメッセージを資料として良ければ提出します。それを比較していただければ、リックの送っていたメッセージに恋愛感情なんてなかったとわかると思います。」

私はそう言ったが、彼らがとっくにごまめさんとのやり取りのデータを持っているとわかっていた。
全くプライバシーも糞もない。
花火の前にやり取りした「本物のごまめさん」とのメッセージは……できれば今すぐにでも抹消してしまいたい……。

案の定、彼らはそれらをこっそり見比べたのだろう。
複雑な顔を見合わせる。

「……いえ、プライバシーに関わる情報になりますので、ご提出頂かなくて大丈夫です。」

安っぽい決まり文句を聞きながら、私は表情を崩さない。
だいぶ彼らも揺れている。
もうひと押しだが、急いては事を仕損じる。
ここで積極性を見せれば執着ありと疑われる。
私は黙って彼らの出方を待った。

「……とはいえ、あなたもしくは相手にそう言った感情があったメッセージのやり取りを正体を偽って続けたと言うのは、やはり少しイレギュラーな事象になる事は間違いないです。」

「そうかもしれませんね。私もリックが成り代わってメッセージしていると気づいた時はびっくりしました。」

「ええ、ですから……。」

「しかもなり切ろうとして全くなりしれてないのにもびっくりしました。」

「はあ……。」

「リックらしくて笑っちゃいました。」

「……………………。」

へらへらする私を大人たちは怪訝そうに見つめる。
ひと呼吸置いて、私はまっすぐ彼らを見つめた。

「……私は子供の頃すごく泣き虫で……その度にリックが四苦八苦しながらあの手この手で慰めてくれました。……今回のこれも、そういうものなんです。」

「………………。」

「私、失恋してたんです。失恋と言うか、からかわれていただけと言うか……騙されていたというか……。それですごく落ち込んで泣いていました。だからリックはいつも通り私を励まそうと悩んで、その結果、私にメッセージを送ってきたんです。」

彼らは難しい顔で顔を見合わせる。
私は告げた。


「……リックを返してください。」


私の嘘偽りのない真意。
恋愛感情とかそんなちっぽけなものなどそこにはない。

「リックはカエルだし、ホログラム雑だし、ドジで単純でお馬鹿で格闘技が大好きな脳筋なAIですが、子供の時から私の側にいたAIです。」

「しかし……。」

「リックにも、もちろん私にも恋愛感情なんてありません。リックは単純だから、私を励ましたかっただけです。確かに今回、その方法は規定に触れる様なやってはいけない事でした。でもリックがあの嘘のメッセージをくれたから、そしてそれがリックだとわかったから、私は今、笑っていられるんです。」

真剣に話す私を、大人達の面倒そうな目が見つめる。
こういう死んだ魚のような目をした大人を熱意で動かそうとしたって無駄だ。
無機的な生気のない目をした人間を動かせるのは金だ。
有益かそうでないかを示せば、機械的に次の動作に移る。
私ははっきりと聞きやすいように彼らに告げた。


「リックを返して頂ければ、私の個人情報を含めたAIのモニタリングデータを提出します。」


私の言葉に、彼らは少しどよめいた。
何を大袈裟なと思う。
公になっていないだけで、政府は個人識別AIから個人情報を調べたい放題だ。
倫理上、していない事になっているにすぎない。
そんな事はもうとっくに皆わかっている事だ。

「しかし……。」

「今まで疑わしき行動が見られたAIはただ処分するだけだったと思います。しかしAGI研究の分野から見れば、恋愛的プログラムを入れる事もそういったものに触れる事も禁じられている中、多方面からの様々な学習により恋愛類似行動をとった特異的なAIは価値のあるAIだと思います。違いますか?豊洲教授?」

突然名指しされ、その人は一番端の席でピクリと動いた。
そして私を見た。
その目には確かに私が映っていた。

「……なるほど?」

そう言って豊洲教授は薄く笑った。
それまで面倒な儀式が早く終わらないかと飽き飽きした顔をしていた教授の目に、はっきりと私が写っている。

豊洲教授はAI・AGI研究の第一人者だ。
この会議には有識者として参加している。

AGIとは簡単に言えばAIの進化系。
「特化型人工知能(AI)」「汎用型人工知能(AGI)」と表現される。

AGIの特徴は、人間同様に幅広い問題領域に対して特化した知能を柔軟に習得できる能力をもち、『言語理解』『物体認識』『意思決定』『運動制御』などを一つの人間の脳と同様に機能する事を目指している事だ。
リックを含めたAIは、細かく言うと「対人対応特化型AI」が、マスタコンピュータとつながる事で「言語理解」「物体認識」「意思決定」「運動制御」の補佐を受けながら私達に対応している。
AGIはそれを独立した状態で全て行えるAIを目指す研究だ。
つまり、人間の脳と同じ機能を持ったAIを作ろうとしているのだ。

だから、それには触れてはならないと制限をかけられていたにも関わらず、学習によって類似行動をとったAIのデータは貴重なはずだ。
そのデータはおそらくこれまでに処分となったAIから解析してあるはずだ。

だが、疑わしい行動をとった後のデータはない。
AI遵守条例違反となったAIは処分され、持ち主は新しいAIを与えられるからだ。

教授の目だけが確かに私を見ていた。
私はそれを真っ直ぐに見返す。

「……リックを返してくれるのでしたら、私とリックのその後を追跡しデータ解析して頂いて構いません。」

「いつまでだい?」

「そちらが必要と思われる期間。もしくは私が死ぬまで。」

「そりゃ面白い……。」

私の言葉に豊洲教授は興味を示した。
倫理上、I遵守条例に触れたAIはもう人間とかかわらせる事はできない。
だが、そこから先、AIが何を学習し、どう動くかは研究者としては知りたいはずだ。
思案し始めた豊洲教授に周りがざわめき出す。

「いや正直、魅力的な提案だよ。」

「教授?!」

「我が国は疑わしくば処分する、問題が起こりそうなら許可しない。そうやってきた。それでどうなった?我が国のAI技術は?」

教授の言葉に、他の四人は顔を曇らせる。
中には意味すらわかっていないような人もいた。

「今、日本のAIが多少は競争に参加できるのは、AI技術ではなく、それを支えるハード面の技術がいいからだ。だがやがてハード面の技術だって立ち行かなくなる。政府が資金をどんどん減らすから、技術者は海外に引き抜かれるわ、後継者を育てる余裕もないから今、技術を支えている人々が働けなくなったらそこでドボンだ。」

はははとおかしそうに教授は笑った。
他の人たちは困った様に顔を見合わせている。

「資源も何もないちっぽけな日本で海外に売れるモノなんて技術しかないのに、将来の事など何も考えず目先の金ばかりを見て予算をバンバン削るから、今やどの分野も袋小路。お先真っ暗さ。後の5年、長くても10年後には日本は技術後退国になるだろうね。」

自虐的に笑って豊洲教授は言った。
私にはそこまで先の事は見えないが、教授にはそういう未来が予測できているのだろう。
流石にそこまで言われると、他の四人も揺れ始める。

「そんな中、AI技術の発展の為に、個人情報の開示も辞さないと言ってくれる協力的な国民が目の前にいる訳だ。」

「しかし……何か問題が起きては、倫理委員会のメンツが……。」

「これからずっとモニタリングしていくんだ。もしもまた同じ様な遵守条例違反をするようなら、その時、処分すればいいだろう。違うかな?」

「……ですが……個人の方にそう言った感情がなくとも……AIの方に問題があっては……。」

「確かにAIの方に問題あるプログラムが形成されていたら返す事はできない。私の方で綿密にそのAIを確認させてもらおう。もしもそこに「感情」めいたプログラムが自主的に作り上げられていたら、それこそ世界的大発見になる。」

「……はあ。」

「だが、私が問題ないと結論を出した時は、追跡モニタリングを行う事を条件に彼女にAIを返す。」

「しかし……!!」

「これは技術の遅れを挽回するとまでは行かなくとも、AI研究において大変有益なデータになる事は間違いない。」

「ですが……。」

「……ひとまず、この件は改めて話し合っては?」

一人、生きた目の教授に対し、他の四人はぼそぼそと結論を後回しにした。
私自身、この場ですぐに結論が出るとは思っていなかったので特に慌てなかった。

案内AIに退出を促され立ち上がる。
頭を下げ顔を上げると、豊洲教授がニッと笑った。
私は軽く会釈してその場を後にした。

やるだけやった。
手応えはあった。

予想よりも豊洲教授が乗り気そうだったので大丈夫だろう。
研究者と言うのは、時に自分の知的好奇心を暴走させるものだから。











夢を見た。
小さい時の夢だ。

私は泣いている。
わんわんと泣いている。

そこに雑なホログラムのリックがオロオロしながら近づく。

「み、美鈴!!元気出すダス!!」

「ダスダスうるさい!!バカァ~ッ!!」

「そんな事言われても……ダス……。」

わちゃわちゃと動きのおかしいリック。
緑色で変なカエルみたいなリック。

「……こうくん、ゆみちゃんがいいって。」

「こうくんは見る目がないダス!!オラはゆみちゃんより美鈴の方がいいと思うダス!!」

「…………本当?ゆみちゃんより可愛い?」

「ゆみちゃんどころか、美鈴は世界一可愛いダス!!」

「……そこまで言うと嘘くさい……。」

「ほ!!本当ダス!!ママにも聞いてみるダス!!ママも美鈴が世界一可愛いって言うダスよ!!」

「そりゃママだもん。」

何とも捻くれた事をリックに言っている。
初恋の男の子に他の子がいいと言われて泣いていた。
それまで純粋に「好き」か「嫌い」かしかなかった私の世界に「恋」と言う複雑さが加わった。

そしてそれはリックにとっても同じだっただろう。

単純でなくなった私の対応に困り、オロオロしている。
この時……私は……リックは、どうしたのだっただろう??

「み、美鈴!!」

「……なに?」

「王子様ならまだいっぱいいるダス!!」

「いっぱいいても、私の好きな王子様が私を選んでくれなきゃ意味ないじゃん……。」

「騎士もいるダス!!きっとカッコイイ騎士が美鈴を守ってくれるダス!!」

「騎士にしたって美鈴が好きになる人じゃなきゃ意味ないの!!」

「ええぇぇぇ?!駄目ダスか?!」

「ダメ!!」

おそらく絵本の知識から、リックはこういう言い方をしたのだと思う。
気の利いた事が言えないのは昔からだなぁと笑ってしまう。
しかし夢の中の小さな私はスンスン泣きながら、この世の終わりのように落ち込んでいる。

「……きっと美鈴は……素敵な王子様が好きになってくれる事も……カッコイイ騎士が守ってくれる事もないんだ……。」


そう言った幼い私を見つめ、リックはしばらく固まっていた。
そしてゆっくりとした動きで私に近づき、頭を撫でる真似をした。
当然、ホログラムのリックが私に触れる事はなかったけれど、私は顔を上げてリックを見つめた。

「……オラは……AIだから……美鈴の王子様にはなれないダス……。」

「王子様じゃなくてカエルだもんね。」

「そうじゃなくて!!……でも……騎士にもなれないダス……。」

「自称格闘家だけど、AIだもんね。」

「だからそうじゃなくて~!!」

雑なホログラムのリックがカッコつけたセリフを言っているが、幼い私は一切の迷い無くバッサリ切り捨てている。
ジタバタするリックを不思議そうに眺める。

「……オラは……AIダス……。だから美鈴の王子様にも騎士にもなれないダスけど……。でも、オラは美鈴のAIだから、ずっと一緒にいるダス!!」

「……そうなの??」

「そうダス!!」

「リックはずっと美鈴といるの?」

「そうダス!!」

「小学校に行っても??」

「小学校に行っても!!」

「大人になっても??」

「大人になっても!!」

「私が結婚しても??」

「結婚しても!!」

「おばあちゃんになっても??」

「おばあちゃんになっても!!」

「どこに行っても??」

「どこに行っても!!」

「……ずっとリックがいるの??」

「そうダス!この先、いつでも!!どこでも!!一緒にいるダス!!」

私はまじまじとリックを見た。
へんてこなホログラムで、緑色で、子供の書いた絵みたいなリックを……。

心の中に、そんなリックがスッと入ってきた。

それは温かく、とても安心できた。
好きとか恋とかとは違う、とても温かくて安心できる感情。

それを何というのかわからない。

「…………リックがずっと一緒とか……ヤダな。」

「ええぇぇぇ?!何でダスかぁ~っ!!」

それが何かわからないまま、私はそんな事を言った。
だっておばあちゃんになるまで緑色のカエルが一緒とか、想像できなかったのだ。










あの聴取から1ヶ月して、リックを私に返却するとAI倫理委員会から連絡があった。

お母さんはリックが戻ってくる事に顔を顰めたけれど、豊洲教授直々に説明に来てくれ、異常性の有無を詳しく調べている事、定期的にリックを検査する事を説明してくれた事で納得してくれた。
私から見れば豊洲教授は、良く言えば好奇心旺盛すぎる大きな子供、悪く言えば好奇心を満たす為には倫理観すらぶっ飛ぶマッドサイエンティスト。
だというのに有難くも大人というのは本当に「権威」と言うものに騙されやすい。
自分が大人になった時には気をつけようと思った。

それからさらに1ヶ月して小さな箱が私に届いた。

蓋を開けると前より随分と高性能にカスタマイズされたリックの小型ドローンが入っていた。
どうやらいじくり回した豊洲教授がサービスしてくれたらしい。

しかし……。

充電も問題ないのに、リックは出てこなかった。
箱の中に入っていた教授からのメッセージには、リックがずっと私に合わす顔がないと言っていたと言う事と、教授らしいトリッキーなおまけが書いてあった。

私はそのメモ通りにリックの小型ドローンをバーチャルホーム接続装置に繋いだ。
そして自分もバーチャル空間に入る。

向かうのはリックが閉じこもってるコアの中だ。
本来はあまりそういう接続はしないし、できないようになっている。
でも無理矢理会いに行かないとリックは出てこないだろうからと、教授が一度だけアクセス出来るように細工をしてくれてあったのだ。


「……リック!!」

「み、美鈴?!どうしてオラの中に?!」


リックはびっくりしすぎて、顔の部分だけ緑から青に変わっていた。
私はバーチャル空間を走った。
その先に見える緑色の物体に駆け寄る。


「うるさい!!この馬鹿ガエル!!」

「ええぇぇぇ?!」

「食らえ!!正拳突き!!」


出会い頭、私は思いっきりぶちかました。
リックはアニメーションの様に綺麗な弧を描いて吹っ飛んだ。

「…………痛いダス!!何するダスか?!」

「何?!背負投も披露しようか?!」

「や、やめてくれダス~?!」

「アンタがいつまでもウジウジしてるからでしょ?!」

「だ、だって……。」

「だいたい!約束破る気?!リック?!」

「約束?」

「ずっと一緒にいるって!リックが言ったんじゃない!!馬鹿!!」

「……美鈴。」

「おばあちゃんになっても!!どこに行っても!!ずっと一緒にいるって!!いつでもどこでも一緒って!!リックが言ったんじゃない!!忘れたの?!」

「……覚えるダス。覚えるダスよ……美鈴……。」

「だったら!!死ぬ気で守んなさいよ!!リックは王子様にも騎士にもなれないけど!!私のAIなんだから!!」

「……み、美鈴~!!」

リックの雑なホログラムの目から、大粒の涙が溢れる。
本当、いつ見ても大雑把なホログラムだなぁと思う。


「……ごめんダス~!美鈴~!!」


子供みたいに泣いて飛びついてきたリックを私は抱きしめる。
たくさんの言葉はいらなかった。

緑色でへんてこでオーバーリアクションで、うるさくて、格闘技が大好きで、脳筋なカエル。

それがリック。
私のAI。

みっともなく泣くカエルを撫でながらしばらく眺める。
あぁ、リックが帰ってきたんだなぁと痛感した。

私はバーチャルホームに接続し、引き篭もりのリックの手を引っ張って連れ出した。
広々とした仮想空間を漂う。


「……おかえり、リック。」

「ただいまダス、美鈴。」

「言っとくけど、次、約束破ったら、火炙りだから。」

「ええぇぇぇ?!酷いダス~。」

「嫌なら今後は気をつけてよね!!本当、大変だったんだからね?!」

「わかったダス……。ありがとう、美鈴……。」


私達は顔を見合わせて笑った。
バーチャルホームの空には天の川が流れていた。
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