小さなうさぎ

ねぎ(ポン酢)

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小さなうさぎ

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ある森に小さな子うさぎがおりました。

子うさぎは病気でお母さんをなくしてしまい、毎日泣いていました。
泣いてばかりなので子うさぎは病気のように痩せてしまっています。
それを空から見ていたノスリが心配して降りてきました。

「小さな可愛い子、なぜ泣いているの?」

しかしノスリは鷹の仲間です。
子うさぎは恐怖で震え上がりました。

あぁ、きっと食べられてしまう。

お母さんは死んでしまうし、私はこのノスリに生きたまま啄まれて食われるのだ。
なんて悲しい事だろう。
絶望した子うさぎは何も言いません。

ノスリはしばらく子うさぎを眺めると、スッと飛び立ちました。

子うさぎはホッとしましたが、ノスリは上を旋回し続けています。
いつ上から襲ってくるかわかりません。
恐怖に身を固めていましたが、子うさぎは疲れきって寝てしまいました。

ふと、甘い匂いがして子うさぎは目を覚ましました。

目の前には木苺の枝がたくさん落ちています。
ハッとした子うさぎは天国のお母さんに祈りました。

「ありがとう、お母さん。」

そう、子うさぎはこれは天国のお母さんがくれた物だと思ったのです。
木苺を食べようとして、チクリと棘が刺さりました。
そうだ、木苺には棘があるから気をつけなさいとお母さんは言っていた。
それを思い出しながら、子うさぎは注意深く木苺を食べました。

ふと上を見ると、あのノスリが飛んでいます。
子うさぎはまた怖くなってブルブル震えました。

いつあのノスリは襲ってくるのだろう?

そう考えると怖くて、せっかく木苺を食べて幸せだったのに絶望してしまいました。
丈の低い茂みの中、小さくなって恐怖が過ぎ去るのを待つしかありません。

そしてまたいつの間にか眠ってしまい、目覚めると木苺の枝がありました。
そしてやはり頭上にはあのノスリが飛んでいます。

そんな日が何日も続きました。

やせ細っていた子うさぎはもういません。
ふっくらと可愛らしい姿になった子うさぎは、やはり怖くて震えていました。

ああ、きっとあのノスリは私が大きくなるのを待っていたんだ。
お母さんが木苺をくれたけれど、結局、私はあのノスリに食べられてしまうんだ。

子うさぎは怖くて怖くて泣き続けました。

「お母さん、お母さん。もう木苺はいりません。私は結局、あのノスリに食べられてしまう運命なのです。そんな怖い思いはしたくありません。どうか私をお母さんの所に連れて行って下さい。」

子うさぎがそう願うと、天使に姿を変えたお母さんうさぎが現れました。

『私の可愛い子。あなたはもう、やせ細った仔うさぎではありません。どこにだって行けるのですよ?』

「どこに行っても同じです、お母さん。あのノスリが空から見張っていて、いつか私を襲ってきます。」

『ノスリさんが襲ってくると思うのはなぜ?』

「ノスリだからです。皆、言っています。ノスリや鷹は私達を食べるのだと。私は毎日、怖くて怖くて仕方ありません。だからお願いです。私をお母さんの所に連れて行って下さい。」

『……どうしてもお母さんの所に来たいの?』

「行きたいです。お願いです、お母さん。私を連れて行って下さい。」

天使になったお母さんうさぎは、小さくため息をつくと空を見上げました。
ノスリはやはり、上を旋回しています。

『わかりました。では連れていきましょう。』

お母さんうさぎはそう言うと、天使の翼で子うさぎを包もうとしました。
そこにノスリが急降下してきます。
そしてお母さんうさぎを追い払い、子うさぎを引っ張りました。

「ダメ!行ってはダメ!!生きて!!生きなきゃダメ!!」

「痛い痛い!!助けて!お母さん!!」

「行ってはダメ!!どんなに辛くても!あなたは生きているの!!お願い!!私が守るから!!怖いなら近寄らない!でもちゃんと見守って守るから!!だから生きて!!」

「痛い痛い!!離して!!痛いよ!!」

子うさぎの悲鳴にハッとしてノスリは子うさぎを離しました。
強く掴んだつもりはありませんが、子うさぎにとってノスリの足にその身が掴まれた事はどれだけ恐怖だった事でしょう。
鋭い爪のある自分の足を見てノスリは涙を流しました。

「ごめんなさい……あなたを傷つけるつもりはなかったの……。でも、私に掴まれて怖かったよね……ごめんなさい……。」

子うさぎはガタガタ震えて、うずくまりました。
それをそっとお母さんうさぎの天使の羽が包みます。

『私の可愛い子。大丈夫、落ち着いて?そして体をちゃんと見て?どこか怪我をしてる??』

お母さんうさぎの翼に包まれた事で落ち着いた子うさぎは、自分の体を確かめました。
確かにノスリに掴まれましたが、どこにも傷はありません。
痛い場所もありません。
不思議に思って、子うさぎはお母さんうさぎを見上げました。

『では今度はノスリさんを見て?たくさん傷があって、羽がボロボロでしょう?』

そう言われ、子うさぎはノスリを見ました。
ノスリは初めて会った時とは違い、あちこちの羽根が抜け落ち傷だらけでした。

『木苺には丈夫な棘があるの。教えましたね?気をつけなさいと……。』

子うさぎはお母さんうさぎを見、そしてノスリを見ました。
ノスリは何も言いません。
ただ、寂しそうに笑いました。

『私の可愛い子。とてもとても愛しているわ。そして私がしてあげたかった事を変わりにしてくれた人がいます。可愛い子。あなたはもう大丈夫。自分の足で、どこにだって行けるのですよ?』

「お母さん……。」

『それでも、まだお母さんと一緒に行きたいですか?』

「私は……。」

子うさぎが言いかけると、ノスリがそれを遮るように言いました。

「お願いです。その子を連れて行かないで下さい。その子にはこれから、たくさんの楽しい事が待っているんです。いつかその子もお母さんになる日が来るのです。だからどうかお願いです。その子を連れて行かないで下さい。確かに楽しい事ばかりではありません。ですが必ず私が守ります。私は怖がらせてしまうので近くにいる事はできませんが、ずっと見守ります。お願いです。その子を連れて行かないで下さい。」

子うさぎはノスリを見つめました。
あんなに恐ろしく大きく見えたノスリは、今は傷だらけでボロボロで、小さくなってしまった様に見えます。

「お母さん……。」

子うさぎは呟きました。
誰にとなく呟きました。

フワッと子うさぎを包む天使の翼が離れました。
にっこりと笑うお母さんうさぎを、子うさぎは黙って見つめます。

『私の愛しい子。いつまでもいつまでも、愛しているわ。』

「私もお母さんが大好き。いつまでもいつまでも大好きだよ。」

『知ってるわ。』

そう言って天使になったお母さんうさぎは優しく微笑むと、光の中に消えていきました。
子うさぎはポロポロ泣きながらそれを見ていました。


ある森には小さな子うさぎが住んでいます。
子うさぎは自分で注意深く木苺を取って食べます。

そのはるか上空には、少しだけ痩せたノスリが旋回しているのでした。
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