音のしない部屋〜怪談・不思議系短編集

ねぎ(ポン酢)

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短編(1話完結)

恩返しの仲介(ヒトコワ?)

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「先日、助けて頂きました、鳩です。」

「…………。見りゃわかるけどよ……。」

AM5時。
ベランダの窓ガラスをコツコツコツコツ叩く音がうるさすぎ、我慢できずに起き上がってガラス戸を開けると、物干し竿に鳩が止まっていた。
俺は頭を掻きむしる。
眠れなくて夜更しした昨日の深酒が悪夢を見せているようだ。
悪夢、つまりこれは夢だ。
働かない頭でそう結論づけた俺は、もう一眠りしようとガラス戸を閉めようとした。

「いやいやいや?!待ってくださいよ!!」

「うるせぇ!!何時だと思ってやがる?!」

「もう朝ですよ!!」

「知るか!!用があるなら俺が起きる時間までそこでおとなしくしてやがれ!!」

それを止めようとバサバサ襲い掛かってきた鳩を手で払い除け、俺はピシャリとガラス戸を閉めた。
そして布団に潜り込んで寝た。

正直、夢だと思っていた。
しかし目覚ましが鳴って起き上がると、またもコツコツコツコツ、ベランダの窓ガラスが叩かれる。

「……うるせぇ、鳩。焼き鳥にすんぞ?!」

「酷い……目覚めるまで待てというから待ったのに……。」

よよよ、とばかりに落ち込む鳩を見て、ちょっと罪悪感が芽生える。
寝ぼけていたとはいえ、怒鳴ってさんざん待たせたのにこの対応も可哀想だろう。

「とりあえず支度しながら話を聞くから、一度、入れ。」

「ありがとうございます!」

そそくさと鳩は部屋の中に入ってくる。
首をカクカク動かし、部屋の中を歩き回る。

「へぇ~!人のお宅はこういう感じなのですね!!」

「うろちょろすんな。踏みつぶすぞ?!」

「酷いですぅ~。」

「うんこすんなよ?!それで話って何だよ?!」

俺は出かける支度をしながら鳩に促した。
要約すると、先日、ガキに捕まって弄くり回されていた間抜けな鳩だとわかった。
ただし、俺は別に助けた訳じゃなく、

「うわ、汚え……。鳩なんか触ってるよ……。細菌やらウイルスやら、ダニとかやべぇ病気とか、何持ってっかわかんねぇのに……。」

と、思わず言ってしまって、それに青ざめたガキどもがその鳩を離し、半泣きで手を洗っていた件の事のようだった。

「……そういやそうだ。鳩なんか、何持ってっかわかんねぇや。おら、とっとと外に出やがれ!!」

そう言って追い出そうとしたが、鳩は飛ぶ訳でもなくすばしっこく逃げる。
そういえば、駅のホームでも物凄く近くにいるから捕まえられそうに見えて、絶対、コイツら捕まらないよな……。

「待ってください!ちゃんと噴水の綺麗で新鮮な水で体も洗ってきました!!」

「いや、水浴びしたからってウイルスとかダニとかは取れねぇし。」

「酷い……恩返しに来たのに……。」

「お気持ちだけで十分です~。お引き取りください~。」

一通りの身支度が済んで、俺はコーヒーを入れてロールパンを食いだした。
それを前の椅子の背に乗って見ていた鳩は、クルクルと喉を鳴らす。

「……腹減ってんの?」

「えっと……お恥ずかしながら……。」

「後で分けてやる。それで?お前はどうしたいんだよ??」

「ですから恩返しを。」

「だから恩返しって何すんだよ??」

「え?ええと……何かお役にたてればと……。」

「ノープランで押しかけてきたのかよ??」

「面目ないです……。来れば何かできるかなと……。」

ガキに捕まるような間抜けな鳩だ。
色々期待しても仕方ないだろう。
俺は口の中のパンを飲み込み、ため息をつく。

「大体さ?普通、恩返しに来る時って、人に化けてくるだろうが?何なのお前?まんま鳩だろうが??」

「いやだって鳩ですよ?!それなりの大きさのある生き物でしたら、人に化けても「人間」とみなされますけど、私の大きさで人に化けましても……。」

「……ある意味ホラーだな。」

「ええ。ただそれが「小人」や「小さいおじさん」として喜ばれる事もあるのですが……。」

「……何、その、都市伝説の真相。」

「でも!私は!ちょっと驚ろかせて楽しんで頂くのではなく!ちゃんと恩返しがしたかったのです!!」

「ノープランだけどな。」

そういうと、鳩はがっくりと項垂れた。
そろそろ出ないと遅刻する。
俺はロールパンの最後の一個を半分にすると、片方を口に詰め込み、もう片方を手に持ち、ベランダの戸を開けた。

「とりあえず気持ちだけで十分というか、今、鳩と話をしたっていう意味不明な体験だけで十分だから。」

「そんなこと言わずに!!」

「ほら、約束のパンだ。これ食って帰りな。」

パンを見せると、鳩は目の色を変えてこっちに来たので、ポイッとベランダに投げた。
それを我を忘れたように追いかけて外に出る鳩。
やっぱコイツ、間抜けだな。
でもこれで外にも出せた。
俺はパンを貪る鳩を見て満足した。

「じゃ、それ食って帰れよ~。」

そしてピシャリと戸を閉める。
ハッとした鳩がまたコツコツ窓を叩いてくるが無視した。

うん。
鳩がいたと思うと少し気になる。
ひとまず部屋にファブリーズして、ロボット掃除機をオンにする。
迷惑で変な鳩だったが、一応いいつけ通りうんこはしなかったようで良かった。

俺はいつもより少し念入りに手を洗い、鞄を持って家を出る。
電車に乗ってから、寝ぼけていたとはいえ鳩と普通に話していた事が少しおかしくなった。




「……て、まだいるのかよ??」

家に帰り、部屋の電気をつけると、また狂ったようにベランダの窓ガラスがコツコツコツコツ叩かれた。
鳥って、夜は鳥目でよく見えてないから動かないんじゃないのか??
無視しようかとも思ったが、うるさいのでベランダに出る。
外に出すのに手間取ると嫌なので、中には入れなかった。

「うるせぇ、帰れって言ってんだろうが?!」

「うぅ、恩返しさせて下さいよ~!!」

何なの、この鳩??
キモいんだけど??

しかし健気に俺の帰りを待っていたのかと思うと(途中どっか行ってたかもしれんけど)、ちょっとだけ愛着が湧く。
話にぐらいは付き合ってやるかと、ベランダの柵に寄りかかり、物干し竿に止まる鳩を見つめた。

「恩返しって言っても、鳩に何ができるんだよ??」

「うう~ん。私もそれを悩みまして……。仲間などにも相談してみたのです。」

「それで??」

「主サマ、どなたかと連絡を取りたいとかはございませんか?!」

「あ~伝書鳩?いや、今時、スマホで間に合ってるし。」

俺がスマホを見せると、がっくりと項垂れる。
心なし肩というか羽も下がっている。

「そうなんですよね……。その小さな板で皆さん、何でもかんでも事足りてしまうのですよね……。」

「そう落ち込むなって。お前と話せてちょっと面白かったからさ。それで恩返しって事でこの話は終わろうぜ?」

「そんな~!!何かさせて下さいよ~!!」

ぴえんとばかりに騒ぐ鳩。
俺は話半分ぐらいで聞いて、スマホを弄っていた。
そしてそこで見た事に少し眉を潜める。

「……なぁ、鳩?」

「何でしょう?!」

「動物って、皆、恩返しとかやるのか??」

「皆がやる訳ではないですね。やりたいと思ったらやると言うか。」

「やりたいと思ったら出来るのか?どんな動物でも??」

「ええ。その動物であり、その個体がやりたいと思ったらできますよ??ただ最近はそういう考えの動物は少ないですが……。」

「人に化ける?」

「その個体がそれを望むなら、そうなる事も多いですね。」

「化けられないやつもいる?」

「そうですね。日頃から人と接している生き物はよほど特殊な場合を除き、できないですね。人に化けるのは人との距離が遠い生き物であり、人と離れて自然の中で生きている動物です。自然の中で生きているから、大地の気を常に纏っていますから霊的なエネルギーを持っているんです。そして人に化けるのは、そういった生き物と人の間に距離があるからです。恩返しをしようとして近づいても、わかってもらえなければお互いに危険が伴いますからね。人との距離を埋める為にエネルギーを使って化けるんです。」

「……て事は、野生動物なら、化けれるんだよな??」

「理論的にはそうですが、昨今の野生動物は人嫌いが多いですからね。恩返しをしたいと思うかどうか……。」

俺はそこまで聞いて、ニッと笑った。

「あのさ、鳩?」

「はい、何でしょう??」

「伝言を届けて欲しいんだけどさ……??」

それを聞いた鳩は見えない夜目を見開いた。

「はい!!喜んで!!」





最近、デートDVの話題をよく聞く。
ネットにもそんな話題が上がっている。
何故か渦中の加害者は皆、同じようなタイプであり、ヒモ同然に相手のところに転がり込み、好き放題食い散らかしてはさらに要求し、食べさせなければ手がつけられないほど暴れるらしい。
その力は凄まじく、命からがら逃げてきた人が救急搬送される事も多いらしい。
だというのに、誰一人として捕まったりはしていない。

「主サマ~。」

「お、鳩じゃん。久しぶり~。」

あれから鳩はたまに俺を訪ねてくる。
俺が伝言を頼んだ相手からも色々頼まれるかららしい。

「皆、主サマが教えてくださった事にとても感謝しております。恩返しとして言付けを伝えた私も鼻が高いです~。」

「そりゃ良かった。」

俺はニッコリと笑った。
だって俺は別に悪い事なんかしていない。
願う人の言葉を、伝えたい相手に伝わるよう鳩に頼んだだけだ。

「熊たち……とても切羽詰まって困っておりましたからね。多くは人を憎んでおりましたが……いやはや、そんな彼らの味方である人間がいるなんて、私も知りませんでしたよ。」

「……だよな。」

ふふっと思わず笑う。
俺は助けたいと願う人達と動物たちの仲介をしただけ。
そしてその「恩返し」をするか否かも、俺が決めた事じゃない。

「本当、他の鳩たちも私の話にとても共感してくれまして、皆、それなら力になろうとボランティアで言付けを伝えたりしていましてね。」

「ふ~ん?」

「いやぁ~、いい事をすると気持ちが良いですね!!助けたいと願う人たちの事を彼らに伝える事ができ、彼らもそれに頼って救われる。人と動物の絆はもう深まる事はないと思ってましたけど、こんなちょっとした口添えでその輪が広がるなんて、世の中、まだまだ捨てたものじゃないですね!!」

「そうだなぁ~。」

俺は大きく伸びをした。
助けたかった相手を助ける事ができ、きっと本望だろう。
彼らに困っている人々も救われ、皆が幸せだ。

「なぁ、鳩?」

「はい?」

「どうして自然動物と人とは、化けなければお互い近づき合えないほど距離があるんだと思う?」

俺の言葉に、鳩は喉を鳴らしながら首を傾げる。
わからないだろうなと俺は笑った。
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