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学園・青春系

記憶にございません

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 騒がしい居酒屋の大部屋。今がまさに花とばかりに、学生たちが飲んで盛り上がっている。そりゃね、社会に出たらこうはいかない。怖いもの知らずの無敵状態は今だけだ。
 私はそれを落ち着いた隅の方から淡々と眺めていた。無駄に大きなグラスの安っぽいサワーの味は、私に何の感情も抱かせなかった。
「ええ?!ウソウソ!先輩、彼女いるじゃん?!」
「ホントだって!とっくに別れてるって!」
 へぇ、そうなんだ?20時間ほど前、私の上で必死に前後運動していたのははたして誰だったのか。私はだるそうに息を吐き出す。
「え~?なら、先輩、今、フリー?」
「もちろん……。」
 そう言ってその子の髪に指を絡めた。その仕草に相手の女の子は顔を赤らめ、うっとりと目を細めた。ああやって髪を漉かれるの、私も好きだったわ。遠い昔の思い出のように、そんな事を考える。
「ちょっと?!別れたっていつ?!」
 隣りに居たマユが怒った顔をして私を問い詰めた。とはいえ、彼女は私に怒っている訳ではないので、冷静に返事をした。
「ん~?30秒前くらい?」
「は?!それって別れてないでしょ?!」
「いつもの事よ。彼が別れたって言ったら別れた事になる。いつもそうじゃない。」
 友人は怒りに言葉を失っていた。カッと目を見開いて立ち上がろうとするマユの腕を私は引き止める。
「ちょっと!!」
「いいの。次はないって言っといたし。」
 覚えているかは知らないけれどね。私達の会話を聞いている近くの人たちは、遠慮がちながら私の動向を見守っている。私はそれに気づかないふりをしながら、取り出したスマホを操作して、全ての連絡先から彼をブロックした。周囲もそれに、どこか納得したようなホッとしたような顔をして、自分の会話を楽しみ始める。
「おい、山下。お前、その辺でやめとけよ。」
 そんな中、彼の友人の中ではまともな黒田君が彼をたしなめだした。年下の女の子と、ほとんど肩を抱いて密着していい雰囲気だった彼はそれに顔を顰める。
「何だよ?黒田……。邪魔すんなよ。」
「いい加減にしろ。お前、彼女いるだろ?」
「何それ?記憶にございませんけど~?」
 ニヤニヤと笑う彼に、黒田君はカッとなったのか掴みかかろうとしたが、周りがそれを止めた。黒田君はその腕を振り払ってその場を離れていく。マユといい黒田君といい、彼や私の友人はなかなかの熱血だ。何気なくそのやり取りを見ていた私に、彼にもたれかかる女の子がニコッと微笑んだ。無邪気な「私、何も知りませんよ?」といった一見純真なその笑顔は、本当は黒くてドロドロした何かで満たされている。彼女に取ったら、奪い取ってやったと勝ち誇りたいのだろう。私はどうでもよくて小さく息を吐いた。
「ごめん、アイツ、また調子に乗ってて……。」
 いつの間にか、黒田君がハイボールか何かのジョッキを片手にこちらに来ていた。マユは援軍が来たとばかりに歓迎し、私は少し困ったように笑いかけた。
「いいよ、ありがとね。黒田君。」
「良くないだろ。」
「いいの。次はないって言ってあったから。」
「今、速攻、全部ブロックしたしね。」
「……そう。ならいいんだけどさ。大丈夫?」
「平気。とっくに愛想が尽きてたし。」
「そうか。」
「山下、チカがベタ惚れだと思いこんでるから、何したって許されると思ってんのよ!ムカつく!」
「彼の中では、私が彼に必死にアピールして付き合い始めて、必死にすがりついてきてるって変換されてるのよね、何故か。」
「は?野上に散々邪険にされながらも言い寄ってたの、あいつの方だよな?」
「すっかりそんな記憶はないみたい。」
 人の記憶って曖昧なのよ。思い込みたいように思い込むと、それが本当だと思ってしまうくらいにね。

 だから数日後、カフェテリアで昼食を取っていた私達に、当然のように彼が話しかけてきたのも、別に不思議に思わなかった。一緒にいたマユとツツジが喧嘩腰に突っかかっていくのを止め、私は彼を見上げて言った。
「どちら様ですか?」
 私はとても冷静だった。冷ややかな私の言葉にマユたちは吹き出し、彼はイラッとした顔で下手に出てくる。
「何だよ?この前の飲み会の事、怒ってるのかよ?ヤキモチ焼くなって。」
「いえ、そうではなくて……。申し訳ないのですが、他の方と勘違いされているようなのですが?」
 私がサラリとそう言うと、彼はカッとなったのか机をドンッと叩いた。
「ふざけんな!お前!彼氏の顔も忘れたのかよ?!」
「彼氏?あなたが?……すみません。そんな記憶はございませんけど……。」
 困惑地味にそう言うと、彼はふざけんなといって殴りかかってこようとした。おそらく真似だけで殴るつもりはなかったのだろうけれど、その手を誰かが強く掴んだ。
「……何をしているんだ?」
「黒田!邪魔すんなよ!」
「馴れ馴れしいな?誰だよ、お前?」
「は?!てめぇまでふざけんなよ?!」
「それより、俺の彼女に何か用か?」
 その言葉に、彼だけでなく私もマユたちもきょとんとした。え?彼女?誰が?私が?黒田君の?
 それこそ記憶にございませんが……。
 そう思いながらも私は立ち上がって、黒田君の腕に指を絡めた。
「何か、いきなり彼女だって言って絡まれてるのよ……。」
「何で?チカは俺の彼女だよな?前から?」
「そうなんだけど……。」
 黒田君が自然に私を庇うように肩を抱いた。当然、初めてだけれどもなんとなく馴染む。そんな自分がおかしかった。
「やだ、アイツ、また性懲りもなく女の子口説いてるよ……。」
「見境ねぇなぁ~。」
 彼の女癖の悪さは有名だったので、周りも私達の猿芝居に合わせてくすくす笑っている。居たたまれなくなった彼は、何か安っぽい悪役みたいな捨て台詞を吐き捨て、去って行った。それを私も、マユたちも、周りも思わず笑う。
「ありがとう。黒田君。助かったわ。」
「……余所余所しくない?俺の彼女なのに。」
「ふふっ。もういいって。」
「俺は良くない。」
「何言ってるのよ、付き合ってもないのに……。」
「記憶にございません?」
「記憶にございません。」
「なら記憶して。チカは俺の彼女です。OK?」
意外な展開に、私もマユたちも目を見開く。それにどう答えたのかは、頭に血が登って記憶がなかった。
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