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女装男子は女性騎士団長に見初められる。⑤(完)
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玉ねぎの籠をそっと下ろしたクーは、次の瞬間、一目散に逃げ出した。
だが第二騎士団で騎士見習いも卒業できないクーと、第一騎士団と同格のアルテミス騎士団の切込隊長、マッハでは勝負にすらならなかった。
遊び半分のマッハにいとも簡単に捕まったクーは、処刑前の囚人さながら、もう抵抗一つする力がなかった。
「……なるほどなぁ~。」
マッハは齧り終わったりんごの芯を口に放り込み、ボリボリと噛み砕いた。
井戸端に戻されたクーは絶望の中、聞かれるままマッハに全てを話した。
「……虫のいいお願いだとはわかっております、マッハ様。でも、どうか見逃してください……。このままおとなしく第二騎士団に戻りますから、どうか……!!」
「え?!駄目に決まってんじゃん?!」
あっけらかんと言われ、クーは軽く気を失いかけた。
そんなクーにマッハは何でもない事のように言う。
「だって、クーが帰っちゃったら、クロケットが食べれないだろ?!もう一度作ってくれるって、約束しただろ?!」
クロケット??
その言葉に、クーはきょとんとマッハを見つめる。
「約束!!忘れたのか?!」
「い、いえ?!忘れておりません!!」
「うん。ならよし!!」
ニカッと笑うマッハ。
クーは訳がわからずおどおどした。
「……アタシはさ、別にクーが男でも女でも別にいいよ。」
「え??」
「クーは変な企みがある訳じゃない。事情もわかったしさ。アタシは男でも女でも、悪いヤツは嫌いだ。でもそうじゃない奴は嫌いじゃない。クーはむしろ好きだ。」
「!!」
そう言われ、思わず赤面するクー。
第二騎士団の団員などよりよっぽど強くて格好いいマッハだが、それでも女性なのだ。
生まれて初めて、面と向かって女性にそう言われ、クーはどうしていいのかわからなくなる。
マッハは大真面目に腕組みして唸った。
「クーの料理は旨い。旨い料理を作るヤツに悪いヤツはいない!!」
「……判断基準、そこなんですね……。」
「それだけじゃないぞ?アタシは初日からクーを見てた。」
「え?!見られてたんですか?!僕……じゃなくて私?!」
「あ、普段は「僕」なんだな?何かクーっぽい。そういうボロ出しちゃうところも、やっぱ悪い事できるタイプじゃないよな、クーは。アタシは最初から見てたけどさ、疑わしいところなんかなかった。メチャクチャ一生懸命、真面目に働いてんだもん。でもさ、動き見てて気づいたんだよ。あ、コイツ、男だって。」
「えええぇぇ?!」
「人間てさ、やっぱ男と女だと、骨の大きさとか形とか、筋肉の付き方とか違う所があるから、同じ動きをするんでもちょっと違うんだよ。腕まくりした時とか洗濯物を洗うんで力がこもっている時とかの筋肉の張り具合とか、喉仏も目立つ程じゃないけどあるし、細っこい割に力持ちだし。……クーは第二騎士団の騎士だよな??」
「?!」
第二騎士団の団員と名乗ったが、貴族である事は伏せたかったので騎士所属とは話していなかった。
男か女かを言い当てられたのも驚いたが、どうして騎士だという事までわかるのか、クーはマッハにビビりまくる。
それをあははと笑い飛ばし、マッハは続けた。
「動きがさ、鍛錬を受けてる人間の動きなんだよ。それも少し齧ったって感じじゃなくて、常にそういう生活の中にいますって動き。本当は第二騎士団の騎士なんだろ?クー??」
「……はい……すみません……。でもまだ、騎士見習いです……。」
「あはは、なるほど!確かに騎士にしちゃ、抜けてるしトロいもんな、お前。」
「面目ございません……。」
「にしたってなぁ~。騎士見習いを罰だからって下女としてアルテミスに送ってくるなんて、あのゴリラ親父、ヒデェなぁ~。」
マッハの言葉にクーは思わず吹いた。
ゴリラ親父……第二騎士団でも誰もそこまで言わないのに、バッサリ言われると笑ってしまう。
やっと笑顔を見せたクーに、マッハもニッと笑った。
「クーはイイ奴だ。だから男でも女でも、アタシは気にしない。ただなぁ~、ミネルバは細かい事にうるせぇからな、気をつけなよ。」
「え?……僕、いや私、このままここにいていいんですか??」
「いなきゃ駄目だ!!まだクロケット作ってもらってない!!」
「……でも……。」
「バレなきゃ平気だって!アタシも協力してやるし!!な?!だから帰るなんて言うなよぉ~!帰るならクロケット作ってからにしてくれよぉ~!!」
どうやら事の他、コロッケはマッハの心を掴んだようだ。
バレたとわかった時はどうなるかと思ったが、むしろアルテミス騎士団の中に事情を理解した味方ができ、クーは少しホッとした。
「わかりました。では明日か明後日お出しできるよう、メイド長さん達に相談してみますね。」
「やった!!ありがと!!クー!!もしもバレてヤバイ事になったら!!アタシが貰ってやるから安心しな!!」
「も?!貰ってやる?!」
突然のマッハの言葉に、真っ赤になって口をパクパクさせるクー。
それに何でもない事のようにマッハは笑った。
「そりゃ、女装してアルテミス騎士団に下女として入り込んでたなんて知れ渡ったら、クー。世間的にどうなるかなんてアタシでもわかるって。にっちもさっちもいかない状況になったら、アタシが責任を取ってやろう!!」
「ま、待って下さい?!責任を取るってマッハ様?!」
「何だ?アタシじゃ嫌なのか?!」
「そうではなくて!そんな事で伴侶をお決めになってはいけません!!」
「何でだ?アタシ、クーの事、嫌いじゃないぞ??」
「でもそういう意味で好きな訳でもないでしょう?!」
「うん。でもクーは旨い飯を作るから、別に婚姻してやってもいい。」
「だから駄目ですって!!そんな事で伴侶を決めては!!」
「クーは真面目だなぁ~。それとも好きなヤツがいるのか??」
「!!」
そう言われ、ボンッとクーは赤くなった。
マッハに「好きな人」と言われた瞬間、何故かネヴァン団長が頭に浮かんでしまったのだ。
そんなクーをマッハはニヤニヤ眺める。
「そういやクーは団長にお熱だったな??こりゃ失敬!!」
「ちちちちち違いますぅ~!!ネヴァン様は!!理想の団長なので!!深く深く敬愛しているだけです!!」
「深く深ぁ~く、敬愛しているんだ~。……ていうかアタシだって団長って呼んでんのに、クー、名前呼びだよな??」
「それは!ネヴァン様が!!」
「……そうだな??そう言われてみれば……団長も……。……うん。うんうん!!そうか~!……ふふっ。春だなぁ~!!」
「いや、すでに夏ですが??」
「そういう意味じゃねぇって!!ま、頑張ろう!クー!!」
そう言ったマッハは上機嫌にバンバンとクーの背中を叩いた。
吹っ飛びそうなのを何とか堪えたクー。
男だとバレたが、ひとまずなんとかなりそうでよかったと胸を撫で下ろした。
何だかんだあったが、無事、7日間を終えたクー。
マッハに男だとバレた以外は問題なくその日を迎えた。
夕飯時に軽い送別会的な事になる。
「……お前がこうもヘタレだと思ってなかったよ、ネヴァン。」
「うるさい!私だって初めての感情に戸惑っているのだ!どうにもできず、自分に苛ついている!!」
「まぁいいけど、チャンスはこの食事会が最後だからな??」
「わかっている!!」
上座でネヴァンとミネルバが何かコソコソ言い合いをしている姿に、クーはちらりと目を向けた。
神々しいまでに完璧な騎士団長であるネヴァンを間近で見れるのも、今夜が最後だろう。
第二騎士団に戻れば、自分はもう、クーリンではなく、クーファだ。
いつまでも見習いを卒業できない駄目な団員に戻る。
そうなれば騎士団長であるネヴァンを、パレードなどの行事であっても近くで拝む事は叶わないだろう。
自分の身の程はわきまえている。
だから、最後に、憧れの人の姿をよく目に焼き付けておこうと思った。
「……クー、それ、焦げそうだぞ??」
「はっ!!」
いけないいけない。
感傷に浸って、揚げ物から目を離してしまった。
急いでバットにコロッケを引き上げる。
「ありがとうございます。マッハ様。危うく焦がすところでした。」
「いいって!それより、それ!もう食べていいよな?!」
本来ならネヴァンたちと上座テーブルにいなければならないはずのマッハなのだが、クーが揚げるコロッケを今か今かと目の前で待ち続けていた。
そんな姿が微笑ましくてクーは笑った。
「揚げたてですから、火傷しないように気をつけて下さいよ?マッハ様?」
「やった!!ありがと!クー!!」
あの一件でマッハとはすっかり打ち解けた。
はふはふいいながらコロッケを頬張る姿を眺める。
マッハとも、こうして話せるのは今夜が最後だなと思う。
「……色々、ありがとうございました。マッハ様。」
「ん~??別にいいぞ??アタシは何もしてないし??」
「そんなこと無いです。」
「でも、クー?本当に帰っちゃうのか??第二騎士団に~??」
「……はい。本来、いるべき場所は、第二騎士団ですから……。」
クーを女性だと信じているネヴァンが、正式にクーをアルテミス騎士団で雇いたいと第二騎士団長に申し入れてくれたのだが、クーはそれを断った。
ここでこのまま働きたい気持ちはある。
だが、クーリンは仮の姿。
クーはクーファであり、一貴族の息子だ。
ここがどんなに居心地が良くても、それは叶わないのだ。
「……もうクロケットが食べられないなんて……。」
「ふふっ。大丈夫ですよ、マッハ様。作り方は皆さんわかっていますし、レシピも書き残しました。」
「でも、クーが作ってくれるのじゃないじゃん。」
「味は変わりませんて。」
ネヴァンは給仕スペースで揚げ物をしながら、マッハと仲睦まじく話すクーを見つめていた。
自分の前では緊張がずっと抜けなかったクーが、マッハにはあんなに自然な笑顔を見せている。
「……ネヴァン??」
「………………。」
チリチリとした何かがネヴァンの胸を焼いた。
そして考えるよりも早く体が動いた。
ガタンッと立ち上がり、カツカツと早足でクーの元に向かう。
「……あ、ネヴァン様?」
それに気づいたクーが、少し頬を赤らめ不思議そうに首を傾げた。
……可愛い。
どうしようもなく可愛い。
正式にここで働いて欲しいと申し入れたが断られた。
ミネルバの言う通り、クーは恩義に忠実なのだ。
そんなところも愛おしい。
でも……。
返したくない。
それでもクーを返したくない。
いつまでも自分の目の届く所にいて欲しい。
「……クー。」
「はい……。」
ササッと周りから人が引いた。
揚げ物を微笑みながら他のメイドが変わってくれる。
そして押し出されるように、ネヴァンの前に立たされた。
「え?!み、皆さん?!」
「いいからいいから!!」
「頑張って!クー!!」
「行け!クー!!」
何故かにこにこと満面の笑みの皆。
クーは訳がわからず戸惑いながらもネヴァンの前に立った。
「クー……。」
「……ネヴァン様。」
ジッと見つめられ、クーはふわふわした気分になった。
この美しい人をこんな間近で見れるのもこれが最後。
敬愛するアルテミス騎士団長を崇め祈るように、自然と胸の前で手を組んでクーはうるうるとした目でネヴァンを見つめた。
「……クッ、か、可愛い……。」
「ネヴァン様……。今日までありがとうございました。」
「どうしても……向こうに戻るのか?クー……。」
「はい。短い間でしたが、ネヴァン様にお仕えでき、幸せでした。ありがとうございました。」
少し涙目でそう言ったクーを、ネヴァンは見つめる。
ここで言わなければ、一生、後悔すると思った。
ネヴァンは覚悟を決め、クーの前に跪いた。
「?!ネヴァン様?!」
「クー……。どうか、行かないでくれ。」
「え?!いや!とりあえずお立ちください!!」
「いや、それはできぬ。」
「えええぇぇっ?!」
「クー、私はそなたが好きだ。こんな気持ちになったのは初めてて、どうしていいのかわからない。」
「!!」
クーはネヴァンの言葉にボンッと真っ赤になって固まった。
夢でも見ているのかと思った。
自分の最も敬愛する、美しく気高い騎士団長が自分に跪いているのだ。
「クー。どうか、私の側に居てくれないか?これからも、ずっと……。」
「ネヴァン様……。それは……。」
「そなたに、正式に、仮婚姻を申し込みたい。」
「!!」
ヒュッとクーは息を呑んだ。
憧れの騎士団長、ネヴァンが自分に仮婚姻を申し込んでいる。
仮婚姻とは、子を設ける事のできない事から正式な婚姻が認められない同性同士などの恋人間で行われる、いわば契約婚だ。
つまりクーは、今、ネヴァンから求婚されているのだ。
真っ赤になって思考が止まりかける。
駄目だと思うのに、それが嬉しくて仕方がない。
目からポロポロと涙が溢れた。
「……ご、ごめんなさい!!」
しかし、クーはそう言って頭を下げた。
ネヴァンは好きだ。
心から敬愛している。
だからこそ、応えられなかった。
「クー……そなた……そこまであの、ゴリラの事を……。」
「違います!!ごめんなさい!!ネヴァン様!!私……私……ずっとネヴァン様と皆さんを騙していました!!そんな私がネヴァン様を騙したまま、お申し出を受ける訳にはいかないのです!!」
「…………騙して……いた??」
クーはぐずぐず泣きながら、グイッと涙を拭う。
こんなに素晴らしい方を騙したのだ。
本当の事を言わなければならない。
その結果、去勢されたとしても当然の報いだと思った。
「私……っ!!私!本当は男です!!男なんです!!」
もういい。
ネヴァンを騙すくらいなら、去勢された方がいい。
こんなに美しく気高い人を騙したのだ。
「……な、なん……だと……?!」
「騙してすみません、ネヴァン様……。私は第二騎士団所属の騎士見習いで、本当はクーファと申します……。懲罰の一環で、今回、男である事を隠し、こちらに下働きに来ました……。本当に申し訳ございません……。」
「そんな……クーが……男……。」
さすがのネヴァンもそこまでの事は想定外だったのだろう。
呆然と泣くクー……いや、クーファを見つめている。
「クーが男……では、私はどうしたら?!」
あまりに想定外過ぎて混乱するネヴァン。
しかし周りはにこにことそれを見守っている。
「て言うか、気づいてなかったの、団長だけじゃね??」
あっけらかんとした言葉がその場に響く。
びっくりしてクーファとネヴァンはそちらを見る。
マッハをはじめ、皆が特に驚いた様子もなく笑って見守っている。
「……私だけ……気づいてなかった??」
「そうですよ~。皆、クーは男だって気づいてましたよ??」
「え?!待って下さい?!いつからですか?!」
「いつからっていうか~、何となく??」
「そうそう。なんとなく。」
「声質も違うし、力もあるし。」
「ただクーが必死に隠してるから、ツッコまなかったのよねぇ~。何か事情があるんだろうなぁって思ったし~。」
「これが変な目的で潜り込んでたならとっちめるけど、クーはそうじゃなかったし。」
「何よりクーは一生懸命働いてくれるし!!」
「いい子だし!!」
「そうそう!いい子だし!!」
悲劇の中にいるのは、当人であるクーファとネヴァンだけだった。
さも当たり前のように皆はそう言ってにこにこしている。
クーファとネヴァンは混乱して顔を見合わせる。
「え……え……??」
「……いやだが……クーが男である事には変わりないのだよな??」
「はい……すみません……僕、男です……。」
「だとしたら……私の求婚は……どうしたらいいのだ?!」
完全にパニクっている二人。
そこに呆れたようにため息をつきながら、ミネルバがやってくる。
「ネヴァン……お前は、馬鹿なのか??」
「いやだが……。」
「クーが男で何の問題がある??」
「え??」
「男で、しかも第二騎士団所属だ。つまり貴族騎士、最低でも騎士の称号を持っている立場の人間だという事だ。むしろ、全ての問題が解決しただろうが??」
そう言われ、また、二人は顔を見合わせた。
言われてみればそうだ。
全ての問題が解決されている。
二人が婚姻するのに、何の問題もないのだ。
「……そうか……そうだ……!!何の問題もない!!」
それを理解したネヴァンは改めて、クーファの前に跪いた。
そして自信に満ち溢れた顔でクーファを見つめる。
「クー!……いや、クーファ!!」
「は!はい!!」
「……私と、結婚してくれ。」
美しく気品に溢れた女性騎士団長がクーファを見つめる。
クーファの胸は、乙女の様に高鳴っていた。
手で口元を押さえ、ポロポロと涙を零す。
「……私で、よろしいのですか?ネヴァン様……。」
「そなたが良い。いや、そなたでなければ駄目なのだ。」
「ネヴァン様……。」
「クーファ、どうか、私の伴侶になって欲しい……。」
あぁ、なんて日だろうとクーファは思った。
罰としてアルテミス騎士団に行けと言われた時は、生きた心地がしなかった。
でも、今は心から来てよかったと思う。
憧れの美しき女性騎士団長。
この人の為に生きる事ができるのだから……。
クーファは涙を拭い、ネヴァンに微笑んだ。
「私などで良ければ、喜んで……。」
その瞬間、わっと食堂内は盛り上がった。
ネヴァンは喜びのあまり立ち上がり、クーファを抱き上げる。
「ネヴァン様?!お、降ろしてください!!」
「駄目だ。ちゃんと捕まえて置かぬと、そなたは逃げてしまいそうだからな!!」
「逃げません!!逃げませんから~っ!!」
喜びのあまり、女装したクーファを抱き上げてくるくる回るネヴァン。
一応男であるクーファは恥ずかしくて両手で顔を覆う。
アルテミス騎士団の皆がその様子を微笑ましく見守る。
「……では、そなたはもう、私の伴侶だ。」
「は、はい……。不束者ですが……末永くよろしくお願いします……。」
やっと降ろしてもらえたクーファは、ネヴァンの口説き文句に目を白黒させる。
そして熱烈な口付けを有無を言わさず受けたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Fin
だが第二騎士団で騎士見習いも卒業できないクーと、第一騎士団と同格のアルテミス騎士団の切込隊長、マッハでは勝負にすらならなかった。
遊び半分のマッハにいとも簡単に捕まったクーは、処刑前の囚人さながら、もう抵抗一つする力がなかった。
「……なるほどなぁ~。」
マッハは齧り終わったりんごの芯を口に放り込み、ボリボリと噛み砕いた。
井戸端に戻されたクーは絶望の中、聞かれるままマッハに全てを話した。
「……虫のいいお願いだとはわかっております、マッハ様。でも、どうか見逃してください……。このままおとなしく第二騎士団に戻りますから、どうか……!!」
「え?!駄目に決まってんじゃん?!」
あっけらかんと言われ、クーは軽く気を失いかけた。
そんなクーにマッハは何でもない事のように言う。
「だって、クーが帰っちゃったら、クロケットが食べれないだろ?!もう一度作ってくれるって、約束しただろ?!」
クロケット??
その言葉に、クーはきょとんとマッハを見つめる。
「約束!!忘れたのか?!」
「い、いえ?!忘れておりません!!」
「うん。ならよし!!」
ニカッと笑うマッハ。
クーは訳がわからずおどおどした。
「……アタシはさ、別にクーが男でも女でも別にいいよ。」
「え??」
「クーは変な企みがある訳じゃない。事情もわかったしさ。アタシは男でも女でも、悪いヤツは嫌いだ。でもそうじゃない奴は嫌いじゃない。クーはむしろ好きだ。」
「!!」
そう言われ、思わず赤面するクー。
第二騎士団の団員などよりよっぽど強くて格好いいマッハだが、それでも女性なのだ。
生まれて初めて、面と向かって女性にそう言われ、クーはどうしていいのかわからなくなる。
マッハは大真面目に腕組みして唸った。
「クーの料理は旨い。旨い料理を作るヤツに悪いヤツはいない!!」
「……判断基準、そこなんですね……。」
「それだけじゃないぞ?アタシは初日からクーを見てた。」
「え?!見られてたんですか?!僕……じゃなくて私?!」
「あ、普段は「僕」なんだな?何かクーっぽい。そういうボロ出しちゃうところも、やっぱ悪い事できるタイプじゃないよな、クーは。アタシは最初から見てたけどさ、疑わしいところなんかなかった。メチャクチャ一生懸命、真面目に働いてんだもん。でもさ、動き見てて気づいたんだよ。あ、コイツ、男だって。」
「えええぇぇ?!」
「人間てさ、やっぱ男と女だと、骨の大きさとか形とか、筋肉の付き方とか違う所があるから、同じ動きをするんでもちょっと違うんだよ。腕まくりした時とか洗濯物を洗うんで力がこもっている時とかの筋肉の張り具合とか、喉仏も目立つ程じゃないけどあるし、細っこい割に力持ちだし。……クーは第二騎士団の騎士だよな??」
「?!」
第二騎士団の団員と名乗ったが、貴族である事は伏せたかったので騎士所属とは話していなかった。
男か女かを言い当てられたのも驚いたが、どうして騎士だという事までわかるのか、クーはマッハにビビりまくる。
それをあははと笑い飛ばし、マッハは続けた。
「動きがさ、鍛錬を受けてる人間の動きなんだよ。それも少し齧ったって感じじゃなくて、常にそういう生活の中にいますって動き。本当は第二騎士団の騎士なんだろ?クー??」
「……はい……すみません……。でもまだ、騎士見習いです……。」
「あはは、なるほど!確かに騎士にしちゃ、抜けてるしトロいもんな、お前。」
「面目ございません……。」
「にしたってなぁ~。騎士見習いを罰だからって下女としてアルテミスに送ってくるなんて、あのゴリラ親父、ヒデェなぁ~。」
マッハの言葉にクーは思わず吹いた。
ゴリラ親父……第二騎士団でも誰もそこまで言わないのに、バッサリ言われると笑ってしまう。
やっと笑顔を見せたクーに、マッハもニッと笑った。
「クーはイイ奴だ。だから男でも女でも、アタシは気にしない。ただなぁ~、ミネルバは細かい事にうるせぇからな、気をつけなよ。」
「え?……僕、いや私、このままここにいていいんですか??」
「いなきゃ駄目だ!!まだクロケット作ってもらってない!!」
「……でも……。」
「バレなきゃ平気だって!アタシも協力してやるし!!な?!だから帰るなんて言うなよぉ~!帰るならクロケット作ってからにしてくれよぉ~!!」
どうやら事の他、コロッケはマッハの心を掴んだようだ。
バレたとわかった時はどうなるかと思ったが、むしろアルテミス騎士団の中に事情を理解した味方ができ、クーは少しホッとした。
「わかりました。では明日か明後日お出しできるよう、メイド長さん達に相談してみますね。」
「やった!!ありがと!!クー!!もしもバレてヤバイ事になったら!!アタシが貰ってやるから安心しな!!」
「も?!貰ってやる?!」
突然のマッハの言葉に、真っ赤になって口をパクパクさせるクー。
それに何でもない事のようにマッハは笑った。
「そりゃ、女装してアルテミス騎士団に下女として入り込んでたなんて知れ渡ったら、クー。世間的にどうなるかなんてアタシでもわかるって。にっちもさっちもいかない状況になったら、アタシが責任を取ってやろう!!」
「ま、待って下さい?!責任を取るってマッハ様?!」
「何だ?アタシじゃ嫌なのか?!」
「そうではなくて!そんな事で伴侶をお決めになってはいけません!!」
「何でだ?アタシ、クーの事、嫌いじゃないぞ??」
「でもそういう意味で好きな訳でもないでしょう?!」
「うん。でもクーは旨い飯を作るから、別に婚姻してやってもいい。」
「だから駄目ですって!!そんな事で伴侶を決めては!!」
「クーは真面目だなぁ~。それとも好きなヤツがいるのか??」
「!!」
そう言われ、ボンッとクーは赤くなった。
マッハに「好きな人」と言われた瞬間、何故かネヴァン団長が頭に浮かんでしまったのだ。
そんなクーをマッハはニヤニヤ眺める。
「そういやクーは団長にお熱だったな??こりゃ失敬!!」
「ちちちちち違いますぅ~!!ネヴァン様は!!理想の団長なので!!深く深く敬愛しているだけです!!」
「深く深ぁ~く、敬愛しているんだ~。……ていうかアタシだって団長って呼んでんのに、クー、名前呼びだよな??」
「それは!ネヴァン様が!!」
「……そうだな??そう言われてみれば……団長も……。……うん。うんうん!!そうか~!……ふふっ。春だなぁ~!!」
「いや、すでに夏ですが??」
「そういう意味じゃねぇって!!ま、頑張ろう!クー!!」
そう言ったマッハは上機嫌にバンバンとクーの背中を叩いた。
吹っ飛びそうなのを何とか堪えたクー。
男だとバレたが、ひとまずなんとかなりそうでよかったと胸を撫で下ろした。
何だかんだあったが、無事、7日間を終えたクー。
マッハに男だとバレた以外は問題なくその日を迎えた。
夕飯時に軽い送別会的な事になる。
「……お前がこうもヘタレだと思ってなかったよ、ネヴァン。」
「うるさい!私だって初めての感情に戸惑っているのだ!どうにもできず、自分に苛ついている!!」
「まぁいいけど、チャンスはこの食事会が最後だからな??」
「わかっている!!」
上座でネヴァンとミネルバが何かコソコソ言い合いをしている姿に、クーはちらりと目を向けた。
神々しいまでに完璧な騎士団長であるネヴァンを間近で見れるのも、今夜が最後だろう。
第二騎士団に戻れば、自分はもう、クーリンではなく、クーファだ。
いつまでも見習いを卒業できない駄目な団員に戻る。
そうなれば騎士団長であるネヴァンを、パレードなどの行事であっても近くで拝む事は叶わないだろう。
自分の身の程はわきまえている。
だから、最後に、憧れの人の姿をよく目に焼き付けておこうと思った。
「……クー、それ、焦げそうだぞ??」
「はっ!!」
いけないいけない。
感傷に浸って、揚げ物から目を離してしまった。
急いでバットにコロッケを引き上げる。
「ありがとうございます。マッハ様。危うく焦がすところでした。」
「いいって!それより、それ!もう食べていいよな?!」
本来ならネヴァンたちと上座テーブルにいなければならないはずのマッハなのだが、クーが揚げるコロッケを今か今かと目の前で待ち続けていた。
そんな姿が微笑ましくてクーは笑った。
「揚げたてですから、火傷しないように気をつけて下さいよ?マッハ様?」
「やった!!ありがと!クー!!」
あの一件でマッハとはすっかり打ち解けた。
はふはふいいながらコロッケを頬張る姿を眺める。
マッハとも、こうして話せるのは今夜が最後だなと思う。
「……色々、ありがとうございました。マッハ様。」
「ん~??別にいいぞ??アタシは何もしてないし??」
「そんなこと無いです。」
「でも、クー?本当に帰っちゃうのか??第二騎士団に~??」
「……はい。本来、いるべき場所は、第二騎士団ですから……。」
クーを女性だと信じているネヴァンが、正式にクーをアルテミス騎士団で雇いたいと第二騎士団長に申し入れてくれたのだが、クーはそれを断った。
ここでこのまま働きたい気持ちはある。
だが、クーリンは仮の姿。
クーはクーファであり、一貴族の息子だ。
ここがどんなに居心地が良くても、それは叶わないのだ。
「……もうクロケットが食べられないなんて……。」
「ふふっ。大丈夫ですよ、マッハ様。作り方は皆さんわかっていますし、レシピも書き残しました。」
「でも、クーが作ってくれるのじゃないじゃん。」
「味は変わりませんて。」
ネヴァンは給仕スペースで揚げ物をしながら、マッハと仲睦まじく話すクーを見つめていた。
自分の前では緊張がずっと抜けなかったクーが、マッハにはあんなに自然な笑顔を見せている。
「……ネヴァン??」
「………………。」
チリチリとした何かがネヴァンの胸を焼いた。
そして考えるよりも早く体が動いた。
ガタンッと立ち上がり、カツカツと早足でクーの元に向かう。
「……あ、ネヴァン様?」
それに気づいたクーが、少し頬を赤らめ不思議そうに首を傾げた。
……可愛い。
どうしようもなく可愛い。
正式にここで働いて欲しいと申し入れたが断られた。
ミネルバの言う通り、クーは恩義に忠実なのだ。
そんなところも愛おしい。
でも……。
返したくない。
それでもクーを返したくない。
いつまでも自分の目の届く所にいて欲しい。
「……クー。」
「はい……。」
ササッと周りから人が引いた。
揚げ物を微笑みながら他のメイドが変わってくれる。
そして押し出されるように、ネヴァンの前に立たされた。
「え?!み、皆さん?!」
「いいからいいから!!」
「頑張って!クー!!」
「行け!クー!!」
何故かにこにこと満面の笑みの皆。
クーは訳がわからず戸惑いながらもネヴァンの前に立った。
「クー……。」
「……ネヴァン様。」
ジッと見つめられ、クーはふわふわした気分になった。
この美しい人をこんな間近で見れるのもこれが最後。
敬愛するアルテミス騎士団長を崇め祈るように、自然と胸の前で手を組んでクーはうるうるとした目でネヴァンを見つめた。
「……クッ、か、可愛い……。」
「ネヴァン様……。今日までありがとうございました。」
「どうしても……向こうに戻るのか?クー……。」
「はい。短い間でしたが、ネヴァン様にお仕えでき、幸せでした。ありがとうございました。」
少し涙目でそう言ったクーを、ネヴァンは見つめる。
ここで言わなければ、一生、後悔すると思った。
ネヴァンは覚悟を決め、クーの前に跪いた。
「?!ネヴァン様?!」
「クー……。どうか、行かないでくれ。」
「え?!いや!とりあえずお立ちください!!」
「いや、それはできぬ。」
「えええぇぇっ?!」
「クー、私はそなたが好きだ。こんな気持ちになったのは初めてて、どうしていいのかわからない。」
「!!」
クーはネヴァンの言葉にボンッと真っ赤になって固まった。
夢でも見ているのかと思った。
自分の最も敬愛する、美しく気高い騎士団長が自分に跪いているのだ。
「クー。どうか、私の側に居てくれないか?これからも、ずっと……。」
「ネヴァン様……。それは……。」
「そなたに、正式に、仮婚姻を申し込みたい。」
「!!」
ヒュッとクーは息を呑んだ。
憧れの騎士団長、ネヴァンが自分に仮婚姻を申し込んでいる。
仮婚姻とは、子を設ける事のできない事から正式な婚姻が認められない同性同士などの恋人間で行われる、いわば契約婚だ。
つまりクーは、今、ネヴァンから求婚されているのだ。
真っ赤になって思考が止まりかける。
駄目だと思うのに、それが嬉しくて仕方がない。
目からポロポロと涙が溢れた。
「……ご、ごめんなさい!!」
しかし、クーはそう言って頭を下げた。
ネヴァンは好きだ。
心から敬愛している。
だからこそ、応えられなかった。
「クー……そなた……そこまであの、ゴリラの事を……。」
「違います!!ごめんなさい!!ネヴァン様!!私……私……ずっとネヴァン様と皆さんを騙していました!!そんな私がネヴァン様を騙したまま、お申し出を受ける訳にはいかないのです!!」
「…………騙して……いた??」
クーはぐずぐず泣きながら、グイッと涙を拭う。
こんなに素晴らしい方を騙したのだ。
本当の事を言わなければならない。
その結果、去勢されたとしても当然の報いだと思った。
「私……っ!!私!本当は男です!!男なんです!!」
もういい。
ネヴァンを騙すくらいなら、去勢された方がいい。
こんなに美しく気高い人を騙したのだ。
「……な、なん……だと……?!」
「騙してすみません、ネヴァン様……。私は第二騎士団所属の騎士見習いで、本当はクーファと申します……。懲罰の一環で、今回、男である事を隠し、こちらに下働きに来ました……。本当に申し訳ございません……。」
「そんな……クーが……男……。」
さすがのネヴァンもそこまでの事は想定外だったのだろう。
呆然と泣くクー……いや、クーファを見つめている。
「クーが男……では、私はどうしたら?!」
あまりに想定外過ぎて混乱するネヴァン。
しかし周りはにこにことそれを見守っている。
「て言うか、気づいてなかったの、団長だけじゃね??」
あっけらかんとした言葉がその場に響く。
びっくりしてクーファとネヴァンはそちらを見る。
マッハをはじめ、皆が特に驚いた様子もなく笑って見守っている。
「……私だけ……気づいてなかった??」
「そうですよ~。皆、クーは男だって気づいてましたよ??」
「え?!待って下さい?!いつからですか?!」
「いつからっていうか~、何となく??」
「そうそう。なんとなく。」
「声質も違うし、力もあるし。」
「ただクーが必死に隠してるから、ツッコまなかったのよねぇ~。何か事情があるんだろうなぁって思ったし~。」
「これが変な目的で潜り込んでたならとっちめるけど、クーはそうじゃなかったし。」
「何よりクーは一生懸命働いてくれるし!!」
「いい子だし!!」
「そうそう!いい子だし!!」
悲劇の中にいるのは、当人であるクーファとネヴァンだけだった。
さも当たり前のように皆はそう言ってにこにこしている。
クーファとネヴァンは混乱して顔を見合わせる。
「え……え……??」
「……いやだが……クーが男である事には変わりないのだよな??」
「はい……すみません……僕、男です……。」
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完全にパニクっている二人。
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「ネヴァン……お前は、馬鹿なのか??」
「いやだが……。」
「クーが男で何の問題がある??」
「え??」
「男で、しかも第二騎士団所属だ。つまり貴族騎士、最低でも騎士の称号を持っている立場の人間だという事だ。むしろ、全ての問題が解決しただろうが??」
そう言われ、また、二人は顔を見合わせた。
言われてみればそうだ。
全ての問題が解決されている。
二人が婚姻するのに、何の問題もないのだ。
「……そうか……そうだ……!!何の問題もない!!」
それを理解したネヴァンは改めて、クーファの前に跪いた。
そして自信に満ち溢れた顔でクーファを見つめる。
「クー!……いや、クーファ!!」
「は!はい!!」
「……私と、結婚してくれ。」
美しく気品に溢れた女性騎士団長がクーファを見つめる。
クーファの胸は、乙女の様に高鳴っていた。
手で口元を押さえ、ポロポロと涙を零す。
「……私で、よろしいのですか?ネヴァン様……。」
「そなたが良い。いや、そなたでなければ駄目なのだ。」
「ネヴァン様……。」
「クーファ、どうか、私の伴侶になって欲しい……。」
あぁ、なんて日だろうとクーファは思った。
罰としてアルテミス騎士団に行けと言われた時は、生きた心地がしなかった。
でも、今は心から来てよかったと思う。
憧れの美しき女性騎士団長。
この人の為に生きる事ができるのだから……。
クーファは涙を拭い、ネヴァンに微笑んだ。
「私などで良ければ、喜んで……。」
その瞬間、わっと食堂内は盛り上がった。
ネヴァンは喜びのあまり立ち上がり、クーファを抱き上げる。
「ネヴァン様?!お、降ろしてください!!」
「駄目だ。ちゃんと捕まえて置かぬと、そなたは逃げてしまいそうだからな!!」
「逃げません!!逃げませんから~っ!!」
喜びのあまり、女装したクーファを抱き上げてくるくる回るネヴァン。
一応男であるクーファは恥ずかしくて両手で顔を覆う。
アルテミス騎士団の皆がその様子を微笑ましく見守る。
「……では、そなたはもう、私の伴侶だ。」
「は、はい……。不束者ですが……末永くよろしくお願いします……。」
やっと降ろしてもらえたクーファは、ネヴァンの口説き文句に目を白黒させる。
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Fin
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