異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。

ねぎ(ポン酢)

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第二章「ひとりといっぴきのリスタート」

走れ!天国と地獄!

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大方の話は終わり、重曹作成についてはまた後日話し合うと言う事になった。

「それでは皆様、時間も時間ですので、よろしければ1階でお食事をされてはいかがでしょうか?」

和気あいあいと行った感じで終わりそうな雰囲気の中、ここでタリーさんが営業スマイルを見せた。
おおう……さすがはモエさんに店を任されてるマスター、抜け目ない。
すっかり食べていく気になっているギムギムさんとノース君。
しかし俺は慌てて立ち上がった。

「すみませんが、私は待たせているものがありますので、この辺で……。」

その瞬間、モエさんが扇子をポトリと落とした。
何か能面みたいに固まってる。
どうしたんだろう??

「あ~、ネルちゃんスか?!」

「そうなんだよ!!すっかり暗くなっちゃって!!急がないと!!」

「……ユゥーキ……貴方……ご結婚を…………?!」

ノース君とワチャワチャしていたら、モエさんが全く抑揚のない声でそう言った。
その隣でちょっとバツが悪そうにタリーさんが困っている。
なんだろう??どうしたんたろう??

「いえ……??結婚はしていませんが……??」

「ふふっ、コーバー君はルースで、ネルというルアッハと暮らしてるんです。」

何となく笑いを押し殺し、にこやかにギムギムさんが俺に変わって説明してくれた。
とにかく急がないとネストルさんが心配している。
俺は慌てて荷物をまとめた。

「そうなんです!今日は用があるとかで街には来なかったんですけど!!夕方に近くの林で待ち合わせていたので!!」

「ありゃ~すっかり夜ですもんね~、きっとネルちゃん怒ってますよ?!」

「ウソ?!怒ってる?!」

ネストルさんなら間違いなく心配しているだろうけど、確かにネルだったらめちゃくちゃ怒ってそうだなぁと思う。
それを思ってふふふと笑ってしまった。
けれどモエさんは固まったままだ。

「ユゥーキ……貴方……ルースなのですか?!」

「え?そうですよ??アルバの森に住んでます。」

「コーバーさんはマクモ様の息吹をもらってるんスよ?!凄くないッスか?!」

それを聞いて、モエさんは完全に燃え尽きた灰のようになってしまった。
本当、どうしたんだろう??モエさん??
それを申し訳なさそうにタリーさんが苦笑いする。

「ふふふっ。アルバの森に住む事を許されたルースとなると、うちの店に雇いこむ事は難しくなりましたね、お嬢様?」

「……黙ってらっしゃい。」

「申し訳ございません。」

モエさんとタリーさんが何か言っているが、申し訳な気が俺はそれどころじゃない。
完全に遅刻だ。
早く行かないと!!
俺は荷物を背負い、皆に頭を下げた。

「今日はありがとうございました!!近いうちにまた!!すみませんが急ぐので私はこれで!!お先に失礼致します!!」

「お疲れッス!!ネルちゃんによろしくッス!!」

「気をつけて下さいね、コーバー君。また会いましょう。」

「はい!お疲れ様です!失礼致します!!」

そして部屋を出て1階に行きかけ、戻ってまだ彫刻のようなニルフさんに挨拶する。
そして今度こそ小走りに1階に降りて行った。

「……どうなされたのです?かのお客様は??」

フワッと元の鳥のような姿になり、ニルフは訪ねた。
続いて出てきたばかりのタリーは穏やかに微笑む。
ニルフはタリーに差し出された腕にとまった。

「ん??どうも共に暮らすルアッハを待たせているそうでね、彼はお急ぎなのだよ、ニルフ。」

「なるほど。良い関係を築かれているようですね、そのルアッハとは。……でも。……だからこそ、怒られるでしょうなぁ……。」

「遅くなったからね。」

「いえ、そうではなく……。」

ニルフはコーバーの去っていった階段を見つめた。
たまに居るのだ。
ああやって無自覚に複数のルアッハに好かれるカナカが……。
最も、彼の場合はルアッハに限らないのかもしれないが。

「……?何をだい??ニルフ??」

「いえ……私共には関わりのない事ですよ、タリー。」

「??」

ニルフは小さくため息をつき、それ以上は何も言わなかった。
何をしたのだろう?
あの癖者の様で真っ直ぐな青年は??
タリーは不思議に思いながらも、その後出てきたギムールとリーフスティー、ノースの三人を店の席に案内する為その事はすぐに忘れてしまった。















大通りを走り、何とか門にたどり着く。
息切れしているがそれどころじゃない。
早く行かないと。

「あれ?!こんな時間に帰るのかい??」

「一人でかい?!危ないよ?!」

門番の人たちが声をかけてくれる。
それにゼイゼイ言いながら笑って答えた。

「大丈夫です!近くでネルと…ルアッハと待ち合わせているんです!俺、商談が入って遅くなっちゃって……!!」

「そうか、なら気をつけてな??」

「でももし、ルアッハと落ち合えなかったら、早めに街に戻っておいで。道で寝る事になっても、外よりは安全だからね。」

「はい!ありがとうございます!!また来ます!!」

俺はそう挨拶をしてまた走り出した。
町の外はアミナスの夜明かりに照らされ、案外、明るい。
ただ昼間とは見え方が変わるので、待ち合わせの森がどっちか少し自信がなくなる。

「早くしないとネストルさんが心配して……ん??……えっ?!」

少し離れた場所の森が揺れている。
そこまで強い風が吹いているわけじゃないのになんだろう??

と、思ったら、その森のシルエットが何故かどんどん大きくなる。
えっと思った時には、それがネストルさんが全力疾走していているシルエットだとわかった。

「あ!ネストルさ~ん!!……ネストル…さん?!」

そう、林のシルエットと思った影がネストルさんと確認できるまでの間は約三十秒。
俺はどんどん大きくなっていくそれをしばらく見ていたのだが、やがて冷や汗が出てきた。

「……待ってくれ?!ネストルさん!これってトップスピードか何かで突っ込んできてないか?!」

どう考えても運動の法則的に、あのスピードであの巨体が突っ込んできた衝突エネルギーは殺人級だ。
俺はどうすべきかあわあわ考えた後、くるりと向きを変えて逃げ出した。

だってだんだん物凄い地響きが聞こえだしたのだ。
そりゃ生物の生存本能で反射的に逃げるだろう?!

「コーバーっ!!何故逃げる~っ!!」

遠くで雄叫びの様なドスの効いた声が響く。
俺の足はさらに早まった。

「そんな事言われても~!!流石に逃げますって~っ!!」

悲鳴のような声を上げ、俺は走る。
だがネストルさんの速度に適う訳がない。
地響きはどんどん近づき、地面すら揺れている気がする。

「コーバーっ!!」

「ひいぃぃぃ~っ!?ごめんなさい~っ!?」

怒ってる?!怒ってるのか?!これは?!
俺は生存本能に従い、必死に走るしかない。

「ダンナ~、怖がられてますよ~。ステディーに~。」

そこに聞いた事のない声が交じる。
ステディ?!なんのこっちゃ?!
そう思っても振り向く余裕はない。

「コーバー!!何故逃げるのだっ!!」

「いや~ですから、ダンナ。この速度でダンナに追われたら、普通、逃げやすって~。」

「黙っていろ!!ルナーっ!!」

「ルナーってまた言いやしたね?!ラッチャルですって!!」

「そんな事はどうでも良い!!」

何だろう?!仲良しか?!
よくわからず走る俺の横に、すっと狐みたいな大きな獣が並んだ。

「どうも~。」

「うわぁぁぁっ?!」

「はじめまして~。コルモ・ノロの街のシュッツをしております~、ラッチャルです~。」

「ご丁寧にどうも?!」

ちらりと横を見ると、ラッチャルさんは走っている訳ではなく、宙に浮いてスイスイ飛んでいた。
さすが異世界、羽がなくても飛べるんだな?!
とりあえずルアッハってよくわからない。

「ネストルのダンナ~、コーバーさんがなかなか帰らないもんで~凄く心配してたんですよ~??」

「心配?!怒ってるんじゃなくて?!」

「あ~、どうも待ちすぎたせいで、街からコーバーさんが出てきたのを感知した瞬間、感情が高まり過ぎちまった様でして~。いやはや、ダンナにこんな可愛い一面がお有りだとは知りませんでしたよ~。」

「可愛い?!俺!死にそうなんですけど?!」

「あはは!そうですねぇ~、このままもろに突っ込まれたら、カナカなら死んでしまいますねぇ~。」

「笑ってないで!何とかしてください!!」

「ん~どうしやすかねぇ~??」

「た~す~け~て~っ!!」

「ん~、でももう間に合いそうにねぇですよ??」

「コォーバぁーっ!!」

「ひいぃぃぃっ!!」

「仕方ありやせん。こいつは一つ、貸しって事で。」

その瞬間、モフッとしたものがくるりと体を包んだ。

え…何この、幸せなもっふり感……。
やっぱり死ぬのかなぁ~??

ネストルさんのもふもふとはまた違った最高級のもっふりに包まれた瞬間、物凄い衝撃が体に走った。
いきなり音速のジェットコースターに突っ込まれたような感覚。
何が起きたのかわからないまま、重力を振りちぎってふっ飛ばされる。

だがもっふりのお陰で衝撃は受けたもののどこも痛くはなく、最後にドスンと言う感じで落っこちたのだが、これもゴムボールが弾むように、もふんもふんとなっただけだった。

「コッ!!コーバーーっ!!」

ネストルさんの悲鳴が聞こえる。
いや、物凄くショックを受けたみたいな悲鳴を上げてますが、やったのあなたですからね?!ネストルさん?!

どうやらラッチャルさんが包み込んでくれたので、ネストルさんの死亡確定アタックを受けても何でもなかったみたいだ。
スルリとラッチャルさんが俺から離れ、そしてキャンキャンと吠えた。

「痛てぇではないですかぁ!!ダンナァ~ッ!!」

「コーバーは?!コーバーは無事か?!」

「アッシを見てぇ~っ?!」

そう叫びながら、ネストルさんはラッチャルさんを無視して半泣きのような感じで走り寄ってくる。
俺は体を起こし、苦笑いした。
そして身を呈してくれたのに、ネストルさんに無視されているラッチャルさんにお礼を言う。

「ありがとうございます。ラッチャルさん……お陰様で死なずに済みました……。大丈夫ですか?!」

「大丈夫ではねぇですよ!!ダンナァっ!!」

ラッチャルさんはネストルさんに無視されているのが気に入らないらしく、ワチャワチャ文句を言いながら、忙しく飛び回っている。
けれどネストルさんは慣れているのか、全くラッチャルさんを気にせず、まるで見えないもののようにスルーしている。
こんなに騒がしくて存在感が半端ないのにスルーできるネストルさんて凄い……。

「コーバー!良かった!!無事か?!」

「ラッチャルさんが守って下さったので……。」

地べたに座り込んだまま、たははと笑う。
元々は約束の時間を遥かに遅れた俺が悪いんだし、ネストルさんが怒ってて突進してきた訳じゃないし、とりあえず死んでないのでよしとしよう。
俺が何ともなさそうなのを確認すると、ネストルさんは安堵のため息をついた後、平謝りしてきた。

「コーバー!すまぬ~!!ちょっと感情がたかぶって~!!我を忘れて判断力が鈍ってしまった……。どこか痛むか?!」

「いえ、俺は大丈夫です、ラッチャルさんが……。」

「コーバー!!」

どうも、感情が高まりすぎてしまっているというのは本当のようだ。
いつもならする訳がない言動に驚いてしまう。
何より……。

「うわぁっ!!ネストルさん?!落ち着いて?!」

感極まっているのか、ネストルさんは大きな顔をグリグリと俺に押し付けてきた。
あ、圧が凄い……。
この大きさだけに、圧が凄い……。
グリグリされると地面にグイグイとめり込まされる。
く、苦しい……圧死する……。

でもちょっと幸せかも……。
こんなに大きいのに、もふもふグリグリアタックをしてもらえるなんて……。
少し苦しいが、枯渇していたもふもふ充電が素早く満タンになっていくのを感じた。
幸せだ…もふもふ最高……。
このまま死ねる……。

「……ダンナ……アッシの事は……完全に眼中にねぇですね……。酷すぎる……。」

もふもふ天国過ぎて昇天する俺と自分の大きさを完全に見失っているネストルさんを、自分の存在を主張するのを諦めたラッチャルさんが冷めた目で見つめていた。
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