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第二章「ひとりといっぴきのリスタート」

露店市の悪役令嬢

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やはり朝イチに場所取りなどをしない為、俺は前回同様、露店広場の済に店を構えた。

まぁ俺の売る蜜水は、早く場を確保して売り出すものじゃない。
買い物をしてちょっと喉が渇いたな、ちょっと一息つこうかなと思っている人をターゲットにしているから、場所も中心部の人混みから少し離れた場所がいいし、時間的にも少しズレていて構わないのだ。
そう言った自然的な欲求を持った人に、色が変わるという視覚的インパクトで興味を引いて買ってもらうという戦略だ。

ただ、2度目ということで前回のようにわらわらと人が見に来る訳じゃない。
前回、面白いと思ってまた買いに来てくれた人や、そうやって買いに来た人に釣られて前回を知らない人が見に来る。
見た人の中にはやはり面白がって買ってくれる人もいる。
だが前回に比べればそこまで忙しい訳ではないので、一人で対応できる。
その分、売上もないと言う事なのだが。
元手がかかっていないから売れた分がほぼ丸々儲けになるから成り立つけど、そうじゃなきゃ商売としては立ち行かないラインだろう。

思った通り、蜜水だけでは商売にならない。
これは元手がかからないし続けては行くが、次回からは別の商品をメインに置かなければならないだろう。
元々今回は、次回の商品の元手を手に入れる為に露店を開いた様なものだ。
大丈夫、落ち着け、俺。
まだまだ始めたばかりだ。
焦りは禁物だ。

俺はそんな事を思いながら、手が空いた時間は店を開く前に近くの露天で買った古紙で袋を作ったり、箱を作ったり、鶴なんかを折ってテーブルに置いておいた。
前回、買ってくれた2回目のお客さんや、数人で買ってくれた人なんかに、サービスで一つあげる。
するとそのうち袋や箱が欲しいと言う人もいて、1コロで3つと言う条件で売ったりもした。
コロと言うのはローグの下の単位で、1コロは多分、10円みたいな感じだと思う。
古紙の値段が100枚で2ローグだからコロに直すと20コロ、1枚0.2コロ、3点で0.6コロ、売上としては0.4コロ、露店の営業税なんかを考えると、純利益は多分殆ど無いに等しい。
なので古紙によって折るものを変え、しっかりしている古紙は袋や箱、軟そうな物は鶴とか折り紙に、比較的綺麗な物は分けて取っておいた。
折り紙にもできなさそうな物も分けているので、綺麗な物は後から別の形であげたり販売するなりしないとちょっと元が取れなくなる。

「コーバーさ~ん!!ここにいたんスね~!!」

そんな感じで、蜜水と折り紙の販売をしていると、いつの間にか昼になっていたようだ。
昼休みに来ると言っていたノース君が、しっぽをぶんぶん振りながら俺に声をかけて走ってくる。

可愛い……。
大きすぎる大型犬、可愛い……。
今日はノルと言うもふもふがいない分、めちゃくちゃ癒やされる……。
は~、思いっきり撫でくりまわしたい……。

しかしいくら見た目が可愛すぎる大型犬の様でも、ノース君は1人前の社会人だ。
モフりたい欲求に負けてもふもふする訳にはいかない。
俺は叫びたいほどの欲求をぐっと堪えて、笑顔で手を振った。

「探したッス~。」

くた~と腰を折り、項垂れた頭をヨシヨシする。
撫でてと言わんばかりに頭を突き出されたら、そりゃ撫でますって。
でも抱え込んで「よ~しよしよしよしっ!!」と撫でくりまわしたいのは流石にちゃんと堪えましたよ、俺も大人ですから。

は~、でも、どさくさに紛れてもふもふが充電できて良かった。
この世界では常にネストルさんといて、もふもふが不足した事がないから、こうして離れると軽く禁断症状を感じる……。
元々、もふもふ中毒者の傾向はあったけど、常に上質なもふもふに包まれて生活していたせいで、俺は完全なもふもふジャンキーになってしまった気がする。
ノース君の頭をモフりながら、そんな自分に苦笑した。

「ありがとう、ノース君。蜜水飲む?」

「飲むッス!!混ぜるのやりたいッス!!」

俺にそう言われた瞬間、途端にシャキーンと元気になってしっぽをぶんぶんする。
可愛いがすぎる!!
もしも俺が元の世界で暮らしていて、ノース君が迷い込んできたら、間違いなく保護していたれりつくせり面倒を見たと思う。
でも流石にそれは、ノース君も仕事をしているようなきちんとした社会人だと考えるとヤバい思考回路だよなぁと自分にひいた。

あれ??

そこでふと気づいた。
もしかして、ネストルさんが俺に対して思っているのはそういう感じなのだろうか?
ただ単に拾った子犬のように責任持って死ぬまで1から10面倒を見ないと言うより、保護した小さい生き物だから、いたれりつくせり何不自由なく過ごせるようにしてやらないとと思っているのかもしれない。

でもな??

そうでもないかもしれない。
だってそれは俺がもふもふをこよなく愛するからで、もふもふのノース君が可愛いなぁと思うからで、それがノルだったら尚の事、もふもふ神として崇めて下僕としてお仕えするだろうけど、ネストルさんは別に俺を可愛いと思っている訳じゃないからな??
むしろネストルさんの状態でも、俺が可愛いと思っている部分の方が大きいと思うし。

ん??

そうなるとネストルさんて、俺の事をどういう感じで見てるんだ??
保護対象だと思っているのは間違いない。
だから対等な感じではない。
でも別に特別、可愛いとかそう言った思い入れがある感じでもない。
だとすると何だ??

「……あ、非常食??」

「何が非常食なんスか??」

蜜水の準備をしながら考え込んでいる俺の呟きに、ノース君が不思議そうに首を傾げた。
まさかネルが俺を食べるんだよとも言えないので、何でもないよと誤魔化した。

蜜を水で割って、小さな果実と共にノース君に渡す。
ノース君は2回目だと言うのにとても嬉しそうにそれを受け取って、果実を絞った。

「わ~!!変わった変わった!!コーバーさん!!これってもっと絞ったら色が赤くなるんスか?!」

「いや~、少しは変化があるだろうけど、そんなには変わらないと思うよ??」

「やってみたいッス!!」

「え?!飲む時酸っぱくなるよ?!」

「ちょっとだけ!!ちょっとだけでいいんス!!」

「仕方ないなぁ~。」

俺は木の実をナイフで半分にして渡した。
ノース君の実験に、ちょっと周りの人も興味を持ったのかチラ見している。

「あれ??ほとんど変わらないッス……。」

「そこまでpHが変わらないからね。」

「pH??」

「そ。別にこれは魔法とかじゃない。種も仕掛けもない、単なるpH値の問題だからね。それより飲まないのか??」

俺は不思議がるノース君にそう促した。
我ながらちょっと意地悪だなぁとは思う。
でも反応が楽しみすぎて、早く見たかったのだ。
ノース君はグラスから木の実の器に蜜水を移すと、ちょっとクンクンしてから飲んだ。

「……んがっ!!酸っぱい!!いつもみたいに美味しくない!!」

案の定、ノース君はいい反応をした。
これには俺だけでなく、周りで見ていた人たちもドッと爆笑する。
本当、ノース君のリアクションは最高だ。
水が欲しいと言うので、木の実の器に汲んで笑いながら渡してあげる。

「あはは!!だから言ったじゃないか!!俺だって売るからには、どの濃度がちょうどいいか、確認してから売ってるんだ。なのに欲張るから!!」

「だって入れればもっと赤くなるかと思ったんス~っ!!」

「方法によっては赤くできるけど、飲める感じじゃなくなるかなぁ??」

「…でしたら、青くはできまして??」

けらけらとノース君とふざけていると、唐突にそんな声が掛かった。
驚いて俺とノース君はその声の主に顔を向ける。

「え?ええと……??」

「接客がなってなくてよ?!」

「失礼しました!!いらっしゃいませ?!」

「ここの、ほのかに赤くなる蜜水は見せて頂きましたわ。先程、種も仕掛けもないと仰っていましたわね??でしたら、この蜜水をもっと青くする事はできまして??」

ふふん、とばかりに俺を見てくるのは、まだ若いお嬢さんだ。
まさにお嬢様と言った感じの身なりで扇子を口元に当てている姿を見て、俺は思わず、これは漫画か何かなのかと思ってしまった。

だって、まさに絵に書いたようなお嬢様なのだ。
ちょっと露店主の俺を小馬鹿にした感じから、俗に言う「悪役令嬢」気質なお嬢様だなぁなんて呑気に思っていた。

「……げっ、ノービリス家のご令嬢だ……。」

ノース君がボソッと呟いた。
顔が少し引きつってひいている。
うん、よくわからないけれど、商業許可所に勤めるノース君が苦手な立ち位置にいる相手のようだ。
俺は改めて、ノービリス家のご令嬢に向かい合った

「この様な露店にお越し下さり、ありがとうございます。お嬢様。」

俺は丁寧に挨拶し、軽く頭を下げた。
お嬢様は少しは納得したのか、ふふんと笑う。

「接客態度はまぁ良くなったようね?でもそんな事はいいのですわ。私の言った事、わかるかしら??」

「はい。ほのかに赤く変えるのではなく、青みを濃くすると言うお話ですね?」

「そう。話はわかっているようね?それでできるのかしら??」

ご令嬢とは言え、年下の女の子にこんなふうに見下された事はないので、少し何クソと言う思いに囚われる。
まだこれを出すつもりじゃなかったんだけどなぁ~。
年下の女の子とは言え、売られた喧嘩は買わねばなるまい。
俺はちらりとノース君を振り返った。

「ノース君、許可書は??」

「??持ってきたッスよ??」

そう言って差し出された書類を手に取り、俺は机に置いた。
そしてこれでもかと言うほど丁寧な口調で、ノービリス家のご令嬢に尋ねた。


「お嬢様、失礼ながらお伺いいたしますが、スキューマは召し上がれるご年齢でいらっしゃいますでしょうか??」


そしてにっこり微笑む。

そのうち誰かに言われると思ってたんだよ、これ。
だから俺だって手を打ってたさ。
ただこんなに早く使う事になるとは思わなかったんだけどね。

今の俺に死角はない。
俺は揺るぎなく、悪役令嬢もといノービリス家のお嬢様を真っ直ぐ見つめ、微笑んだのだった。
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