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第二話 知り合いの暫定サイコキラー
堂々とした宣言
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夜九時。
百貨店でのパート勤務を終えた榊あおいは、帰路を急いでいた。
毎週欠かさず観ているドラマの録画予約を忘れたためだ。
上手く電車を乗り継ぐことができれば、放送開始時刻にはギリギリ間に合う。
今回の話は最終回直前の重要なパートなので見逃すわけにはいかない。
榊は息を荒くしながらも駅まで走る。
そんな彼女の前方に、人影が立っていた。
長袖の白シャツにジーパン姿の三十歳くらいの男だ。
顔はなかなか悪くないのだが、全体から滲み出るくたびれた感じがそれを相殺している。
何か調べているのか、スマートフォンの操作に集中していた。
榊は男に見覚えがあった。
昼間、試食コーナーで喋った人物だ。
名前は確か宮間で、親しげで話上手だったのが印象に残っている。
榊がウインナーのおすすめの食べ方について教えると、いたく感動していた。
それを見て榊も嬉しく思ったものである。
近付く気配に気付いたのか、宮間は顔を上げた。
榊は思わず会釈をする。
「あ、どうも」
宮間は昼間の時のように朗らかな調子で頭を下げた。
「どうもどうも、こんばんは。偶然ですね。お仕事終わりですか?」
「はい、そうです。宮間……さんは、どうしてここに?」
宮間は頭を掻いて苦笑する。
「いやぁ、ちょっと飲みたくなっちゃいましてね。どこかお店がないかと探してたところなんですよ」
「そうなんですか。すみませんが、この辺りにはあまり詳しくないので……失礼します」
榊は淡々と返すと、そのまま宮間の前から走り去ろうとする。
ドラマの開始時刻が迫りつつあるのだ。
無駄話をしている暇はなかった。
ところが、宮間がさりげなく榊の進路を妨げる。
眠たそうな表情に変わりはなく、その双眸だけが妙な色を覗かせていた。
「……っ」
榊は唇を噛む。
まさかストーカーではないかと危惧しているのだ。
過去にそういった経験があったので、尚更に疑っているのである。
榊は恐れず、毅然とした態度で宮間を睨んだ。
「急いでいるんです。どいてください」
対する宮間は、飄々とした調子で肩をすくめる。
「おっと、これは失礼。ただ、ちょっとだけお話に付き合ってくれませんかね? 大丈夫です、すぐに終わるので」
緊張感の無い声音に榊は苛立ち、さらに語気を荒げた。
「なんなんですか、あなたは! 早く帰らないといけないんです。警察を呼びますよ!」
榊に怒鳴られた宮間は、なぜか笑みを深めた。
彼は欠伸を噛み殺しながら胸ポケットに触れる。
「なるほど、警察ですか。話が早くて助かりますね。実は私、こういう者で――あれっ」
悠々とした様子の宮間だったが、言葉の途中で首を傾げる。
彼はしきりに全身を叩いたり探ったりし始めた。
ポケットを裏返したりするも、電子タバコや小銭しか出てこない。
やがて探すのを諦めたのか、宮間は開き直って堂々と宣言する。
「手帳を無くしたようですが警察です。榊さん、少しお話を伺えますかね」
百貨店でのパート勤務を終えた榊あおいは、帰路を急いでいた。
毎週欠かさず観ているドラマの録画予約を忘れたためだ。
上手く電車を乗り継ぐことができれば、放送開始時刻にはギリギリ間に合う。
今回の話は最終回直前の重要なパートなので見逃すわけにはいかない。
榊は息を荒くしながらも駅まで走る。
そんな彼女の前方に、人影が立っていた。
長袖の白シャツにジーパン姿の三十歳くらいの男だ。
顔はなかなか悪くないのだが、全体から滲み出るくたびれた感じがそれを相殺している。
何か調べているのか、スマートフォンの操作に集中していた。
榊は男に見覚えがあった。
昼間、試食コーナーで喋った人物だ。
名前は確か宮間で、親しげで話上手だったのが印象に残っている。
榊がウインナーのおすすめの食べ方について教えると、いたく感動していた。
それを見て榊も嬉しく思ったものである。
近付く気配に気付いたのか、宮間は顔を上げた。
榊は思わず会釈をする。
「あ、どうも」
宮間は昼間の時のように朗らかな調子で頭を下げた。
「どうもどうも、こんばんは。偶然ですね。お仕事終わりですか?」
「はい、そうです。宮間……さんは、どうしてここに?」
宮間は頭を掻いて苦笑する。
「いやぁ、ちょっと飲みたくなっちゃいましてね。どこかお店がないかと探してたところなんですよ」
「そうなんですか。すみませんが、この辺りにはあまり詳しくないので……失礼します」
榊は淡々と返すと、そのまま宮間の前から走り去ろうとする。
ドラマの開始時刻が迫りつつあるのだ。
無駄話をしている暇はなかった。
ところが、宮間がさりげなく榊の進路を妨げる。
眠たそうな表情に変わりはなく、その双眸だけが妙な色を覗かせていた。
「……っ」
榊は唇を噛む。
まさかストーカーではないかと危惧しているのだ。
過去にそういった経験があったので、尚更に疑っているのである。
榊は恐れず、毅然とした態度で宮間を睨んだ。
「急いでいるんです。どいてください」
対する宮間は、飄々とした調子で肩をすくめる。
「おっと、これは失礼。ただ、ちょっとだけお話に付き合ってくれませんかね? 大丈夫です、すぐに終わるので」
緊張感の無い声音に榊は苛立ち、さらに語気を荒げた。
「なんなんですか、あなたは! 早く帰らないといけないんです。警察を呼びますよ!」
榊に怒鳴られた宮間は、なぜか笑みを深めた。
彼は欠伸を噛み殺しながら胸ポケットに触れる。
「なるほど、警察ですか。話が早くて助かりますね。実は私、こういう者で――あれっ」
悠々とした様子の宮間だったが、言葉の途中で首を傾げる。
彼はしきりに全身を叩いたり探ったりし始めた。
ポケットを裏返したりするも、電子タバコや小銭しか出てこない。
やがて探すのを諦めたのか、宮間は開き直って堂々と宣言する。
「手帳を無くしたようですが警察です。榊さん、少しお話を伺えますかね」
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