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第二話 知り合いの暫定サイコキラー

鉢合わせ未遂

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 澄み切った晴天のある日、宮間はホームセンターを訪れた。
 紛失したプラスドライバーを購入するためである。
 自宅の本棚のネジが少し緩んでいたのだ。

 ちなみに現在は捜査中のはずだが、それを指摘する者はいない。
 堂々とサボる宮間は、眠たそうに店内を歩く。

「いやぁ、仕方ないなぁ。だって本棚が崩れたら危ないし。本当は仕事に集中したいんだけどなぁ」

 わざとらしく言い訳を垂らしながら、宮間はふらふらと品物を物色する。
 広い店内は閑散としており、他の客はほとんど見かけない。
 ちょうど昼時と重なっているためだろう。

「へぇ、圧力鍋ってこんなに安いのか。買っちゃおうかなぁ」

 いつしか宮間は、プラスドライバーとは無関係なコーナーを彷徨い始めた。
 目に付いた商品を手に取っては感心している。
 利用する機会の少ないホームセンターのラインナップを楽しんでいるようだ。
 職務の最中とは思えない満喫具合である。

 そうして悠々と時間を潰し、ついには小腹が空きだした頃、宮間はようやく工具コーナーに向かった。
 やはりホームセンターというだけあって、なかなかの品揃えだ。
 一つの種類の工具を取っても、細かな用途に合わせて幅広いサイズや値段帯のものを置いてある。

「そんなに使わないから一番安いのでいいか。どうせまたすぐに無くしそうだし」

 寝癖の付いた髪を掻きつつ、宮間は気だるげにぼやく。

 彼の脳裏には、散らかり放題の自室の光景が浮かんでいた。
 整理整頓の概念が放棄されたそこは、樹海のように物を呑み込んでは隠してしまう。
 重要な捜査資料を無くしたのも一度や二度ではない。

 結局、標準的なサイズで最も安いプラスドライバーを選び取った。
 もし紛失してもそこまで惜しくない価格である。
 これでネジの緩みも直せるだろう。

「捜査に戻るのも面倒だし、昼飯が済んだら夕方まで喫茶店辺りで粘って……ん?」

 レジに向かう途中、宮間は見覚えのある後ろ姿を目撃する。

 ぴっしりと着こなしたパンツスーツに、肩まで伸ばした綺麗な黒髪。
 作り物めいた美貌は、不自然なまでに表情に乏しい。
 冷めた瞳は、陰りのある紫色の光を帯びていた。

 宮間のコンビである死神刑事――黒羽だ。
 何の偶然か、彼女もホームセンターに買い物へ来ていたらしい。
 ただし宮間と違ってサボりではなく、きちんと非番の日ということで訪れている。

 買い物カートを押す黒羽は、背後の宮間に気付いていないようだ。
 随分と真剣に品物を吟味している。
 それだけ大事なものを買いに来ているのか。

 宮間は黒羽に声をかけようとするも、寸前で止まる。
 彼女の満載になった買い物カートの中身を見てしまったためだ。

 そこには、物々しい道具が詰め込まれていた。

 金槌やペンチから始まり、長柄の草刈鎌や釘打ち機まである。
 端から落ちそうになっているのは電動の丸鋸だろうか。
 目を凝らせば、ポータブルタイプのはんだごても潜んでいる。
 他にも大量の品物がカートに入っていた。

 一見すると、ただの買い物である。
 しかし、黒羽の捜査方法を知る人間からすれば、あれらは彼女にとって立派な仕事道具なのだ。
 いつ容疑者に振るわれるか分かったものではない。

 彼女のコンビならば、ここでさりげなく探りを入れて、警告するのが務めだろう。
 万が一、後になって問題が起きれば取り返しがつからないのだから。

 そこまで思考を巡らせた宮間はため息を吐くと――さっさと踵を返してその場を立ち去る。

「触らぬ神に何とやら、ってね。非番の子を捕まえて説教するのも面倒だし。さて、大好きな仕事に戻りましょうかー」

 宮間は何も見なかったことにした。
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