7 / 33
第一話 死神刑事との邂逅
死神刑事を連れ出す
しおりを挟む
夕塚署より電車を乗り継いで一時間ほどのベッドタウン。
宮間は駅前の高層マンションの前にいた。
メールに記された住所が正しければ、黒羽の自宅である。
「こいつはまた、大層な場所に住んでるもんだ。俺のボロアパートとは大違いだね」
宮間は感心した様子でマンションを見上げた後、スマートフォンで時刻を確認する。
周囲はすっかり夕闇に染まり、夜の帳を下ろそうとしていた。
マンション前を部活帰りの学生が自転車で通り過ぎる。
若者の談笑が遠ざかるのを聞きながら、宮間はマンションへと入った。
ちょうど外出するところだった住人とすれ違い、オートロック式の正面ドアを通り抜ける。
彼はそのままエレベーターに乗って十三階まで移動した。
メールの住所を見ながら部屋を探し、ほどなくして黒羽の部屋を発見する。
宮間はニヤニヤと意地の悪い顔でインターホンを鳴らした。
「はてさて。死神刑事さんはいるかなぁ、っと」
数秒後、機器のスピーカーから音声が発せられる。
『……はい』
黒羽の声だ。
宮間はインターホン付属のレンズに向かって笑顔で手を振る。
「黒羽ちゃん? 暇だから遊びに来たよー。元気?」
『なぜ私の自宅の住所を知っているのですか。ストーカーですか。警察に通報しますよ』
「通報って言われても、俺らがその警察だからねぇ。まあ、長居はしないから安心してほしいな」
宮間は苦笑気味に肩をすくめる。
黒羽の辛辣な言葉も、平然と受け流していた。
彼は気の抜けた顔でインターホンを見る。
「実は花木さんに黒羽ちゃんの様子を見て来いって言われたんだよね。大方、君を心配してのことなんだろうけど、大丈夫そうだったって伝えとくよ」
『そのためだけに訪ねてくださったのですか』
「これも仕事の一環らしくてさ。正直な話、面倒臭くて断ろうかと思ったよね」
『……本当に正直な話ですね』
インターホン越しに聞こえる黒羽の声は、呆れていた。
ここまで包み隠さず打ち明けられたら、もはや怒るに怒れない。
一周回って尊敬の念すら覚えてしまう。
深いため息を吐く黒羽に、宮間は少し意外そうな顔をする。
黒羽が感情らしい感情を見せたのは、これが初めてかもしれない。
音声だけのやり取りとは言え、ちょっとした発見である。
宮間はややオーバーな動作でおどけてみせた。
「黒羽ちゃんって人間の感情を持ち合わせていたんだねぇ。びっくりしたよ」
『私も人間ですから。当然のことです』
「実はロボットって設定にしない? その方がしっくり来るし」
『暴言も甚だしいですね』
僅かな心の動きは一瞬で、黒羽はすぐに元の冷徹ぶりを取り戻した。
そこから宮間が冗談を投げても、味気ない返答だけが来る。
ただ、黒羽と話すという目的は達せられた。
今日の仕事は終わりだ。
あとは明日にでも花木に報告すればいい。
そう判断した宮間は、欠伸をしながら告げる。
「まあ、黒羽ちゃんが元気っぽいのが分かったから、俺はそろそろ帰るよ。あっ、ちなみにここの近所で美味しい飯屋さんとかある?」
『夕食ですか』
頷いた宮間はスマートフォンを起動した。
メモを取るつもりらしい。
「うん。腹もいい具合に減ってるし、ちょっと寄りたいなぁと思って」
『…………』
その途端、黒羽は黙り込んでしまった。
即座に切り返す彼女にしては珍しいことである。
宮間が首を傾げていると、やがてインターホンから聞き取り辛いほどの小声がした。
『……お店まで案内します。準備をするので十分ほどお待ちください』
「え、ちょっと待っ――」
宮間が何かを言う間もなく、インターホンの通話は切れた。
耳を澄ますと、扉の向こうから物音がする。
黒羽が外出の支度を始めたようだ。
ご丁寧にも宮間を店まで連れて行ってくれるらしい。
律儀で生真面目な黒羽らしい気遣いである。
ここでわざわざ拒むのは野暮というものだろう。
宮間は壁にもたれかかって、楽しそうに電子タバコをくわえる。
「せっかくの機会だし、お言葉に甘えましょうかね」
宙をうねる細い煙を眺めながら、宮間は薄く笑うのであった。
宮間は駅前の高層マンションの前にいた。
メールに記された住所が正しければ、黒羽の自宅である。
「こいつはまた、大層な場所に住んでるもんだ。俺のボロアパートとは大違いだね」
宮間は感心した様子でマンションを見上げた後、スマートフォンで時刻を確認する。
周囲はすっかり夕闇に染まり、夜の帳を下ろそうとしていた。
マンション前を部活帰りの学生が自転車で通り過ぎる。
若者の談笑が遠ざかるのを聞きながら、宮間はマンションへと入った。
ちょうど外出するところだった住人とすれ違い、オートロック式の正面ドアを通り抜ける。
彼はそのままエレベーターに乗って十三階まで移動した。
メールの住所を見ながら部屋を探し、ほどなくして黒羽の部屋を発見する。
宮間はニヤニヤと意地の悪い顔でインターホンを鳴らした。
「はてさて。死神刑事さんはいるかなぁ、っと」
数秒後、機器のスピーカーから音声が発せられる。
『……はい』
黒羽の声だ。
宮間はインターホン付属のレンズに向かって笑顔で手を振る。
「黒羽ちゃん? 暇だから遊びに来たよー。元気?」
『なぜ私の自宅の住所を知っているのですか。ストーカーですか。警察に通報しますよ』
「通報って言われても、俺らがその警察だからねぇ。まあ、長居はしないから安心してほしいな」
宮間は苦笑気味に肩をすくめる。
黒羽の辛辣な言葉も、平然と受け流していた。
彼は気の抜けた顔でインターホンを見る。
「実は花木さんに黒羽ちゃんの様子を見て来いって言われたんだよね。大方、君を心配してのことなんだろうけど、大丈夫そうだったって伝えとくよ」
『そのためだけに訪ねてくださったのですか』
「これも仕事の一環らしくてさ。正直な話、面倒臭くて断ろうかと思ったよね」
『……本当に正直な話ですね』
インターホン越しに聞こえる黒羽の声は、呆れていた。
ここまで包み隠さず打ち明けられたら、もはや怒るに怒れない。
一周回って尊敬の念すら覚えてしまう。
深いため息を吐く黒羽に、宮間は少し意外そうな顔をする。
黒羽が感情らしい感情を見せたのは、これが初めてかもしれない。
音声だけのやり取りとは言え、ちょっとした発見である。
宮間はややオーバーな動作でおどけてみせた。
「黒羽ちゃんって人間の感情を持ち合わせていたんだねぇ。びっくりしたよ」
『私も人間ですから。当然のことです』
「実はロボットって設定にしない? その方がしっくり来るし」
『暴言も甚だしいですね』
僅かな心の動きは一瞬で、黒羽はすぐに元の冷徹ぶりを取り戻した。
そこから宮間が冗談を投げても、味気ない返答だけが来る。
ただ、黒羽と話すという目的は達せられた。
今日の仕事は終わりだ。
あとは明日にでも花木に報告すればいい。
そう判断した宮間は、欠伸をしながら告げる。
「まあ、黒羽ちゃんが元気っぽいのが分かったから、俺はそろそろ帰るよ。あっ、ちなみにここの近所で美味しい飯屋さんとかある?」
『夕食ですか』
頷いた宮間はスマートフォンを起動した。
メモを取るつもりらしい。
「うん。腹もいい具合に減ってるし、ちょっと寄りたいなぁと思って」
『…………』
その途端、黒羽は黙り込んでしまった。
即座に切り返す彼女にしては珍しいことである。
宮間が首を傾げていると、やがてインターホンから聞き取り辛いほどの小声がした。
『……お店まで案内します。準備をするので十分ほどお待ちください』
「え、ちょっと待っ――」
宮間が何かを言う間もなく、インターホンの通話は切れた。
耳を澄ますと、扉の向こうから物音がする。
黒羽が外出の支度を始めたようだ。
ご丁寧にも宮間を店まで連れて行ってくれるらしい。
律儀で生真面目な黒羽らしい気遣いである。
ここでわざわざ拒むのは野暮というものだろう。
宮間は壁にもたれかかって、楽しそうに電子タバコをくわえる。
「せっかくの機会だし、お言葉に甘えましょうかね」
宙をうねる細い煙を眺めながら、宮間は薄く笑うのであった。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「かしこまりました、ご主人様」
執事服の男が恭しくお辞儀をする。
自分は家政婦を頼んだはずなのだ。
なのに、なんで執事がいるんだろう……?
散らかり放題の家のせいで部屋に閉じ込められること三度。
とうとう、紅夏は家政婦の依頼を決意する。
けれど、当日来たのは……執事コスをした男。
人見知りでさらに男が苦手な紅夏は断ろうとするが、強引に押し切られ、契約してしまう。
慇懃無礼な執事コス家政夫、松岡との緊張する日々。
しかもある日、自分が初恋もまだなTLノベル作家だと知られてしまう。
「なら私を、彼氏にしますか?」
慇懃無礼な家政夫執事とはじまった恋愛レッスン。
けれど脅迫状が届きはじめて……?
葛西紅夏 24歳
職業 TLノベル作家
初恋もまだな、もちろん処女
理想の恋愛相手は王子様……!?
×
松岡克成 22歳
職業 家政夫
趣味 執事
慇懃無礼な俺様
脅迫状の犯人は?
この恋はうまくいくのか――!?
******
毎日、20:10更新
******
2019/04/01連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる