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第一話 死神刑事との邂逅
事件解決
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五日後の昼。
宮間は公園のベンチに座っていた。
平日ということもあって人影はほとんどない。
幼児が砂場で母親と遊んでいるくらいか。
微笑ましい親子を眺めながら、宮間は濁った目で電子タバコをくわえている。
「死神刑事、か。やっぱり厨二病だね」
黒羽のことが脳裏を過ぎる。
色々と無頓着な宮間でも、あの滅茶苦茶な女刑事はなかなか忘れらない。
配属初日から担当事件の容疑者を拷問にかけた黒羽は、二週間の謹慎処分を言い渡された。
行いから考えれば軽すぎる罰だが、そこは花木警部補がなんとかしたのだろう。
彼が黒羽を庇うべく、陰で奔走していたことを宮間は知っている。
また、谷上が本当に殺人事件の犯人だったことも大きな要因に違いない。
あれから付近の川を捜索したところ、血の付着した包丁とセーターが発見されたのだ。
DNA鑑定の結果、血は被害者の瀧原浩介のものだと判明し、後者からは谷上の毛髪も検出された。
加えて目撃情報も何件か挙げられている。
事件当日、谷上らしき人物が現場のアパート付近から走り去って行ったらしい。
随分と慌てた様子で、薄着姿でなぜか衣服を抱えていたそうだ。
タイミングからして凶器の包丁と返り血の付いたセーターを川へ捨てに行く最中だったと思われる。
どれも証拠として申し分ない。
もっとも、捜査を上手くサボり続けた宮間は直接関わっておらず、これらの経緯は花木から聞いた話である。
相方の刑事が謹慎になろうとも、この男は変わらずマイペースだった。
気が付くと公園の遊具の周りを小学生の集団が走り回っている。
どうやら鬼ごっこをしているようだ。
いつの間にか結構な時間が経っていた。
宮間は一旦公園を出ると、近くの自動販売機にてペットボトルの炭酸飲料を購入する。
それを飲みながら来た道を戻ってベンチに座り直した。
やはり仕事をする気はないらしい。
楽しそうに騒ぐ小学生をよそに、宮間は考え事を再開する。
「はぁ、拷問なんて後で絶対に問題になるのになぁ。本当、よくやるもんだ」
宮間が記憶する限り、黒羽は真摯な態度で事件に向き合っていた。
それこそ彼自身と比べれば何倍もやる気があったろう。
しかし、彼女の行動があまり褒められたものでないのも事実。
拷問を抜きにしてもおかしなところは端々に見られた。
彼女がどういった気持ちで捜査していたのか。
たった半日程度の付き合いである宮間には分からない。
否、知ろうともしていなかった。
今だってさほど気になっているわけではない。
退屈しのぎに少し頭を使っているくらいの感覚である。
宮間とはそういう男だ。
ペットボトルの中身が半分を切った頃、スマートフォンの着信音が鳴りだした。
宮間は液晶画面を確認して苦々しい顔をする。
そこには花木の名前が表示されていた。
「うっわ。サボってるのがバレたか。面倒臭いなぁ」
露骨に嫌そうな様子の宮間は、着信音が鳴り止むのを待つ。
しかし、どれだけ粘ろうとも音は鳴り続けた。
いつもなら二分ほど耐えれば収まるのに、と宮間は寝癖の付いた髪を掻く。
「――おおっと、手が滑っちまった。ははっ、参った参った」
宮間はわざとらしい大袈裟な動作でスマートフォンの着信を切る。
すぐに再度の電話がかかってくるも、彼は驚くほどの俊敏さで即切りした。
そのような攻防を数度繰り返すと、ついに連絡が来なくなる。
花木が根負けして諦めたらしい。
明日の出勤時に説教を食らうことが確定したが、その時はその時だろう。
どこか晴れやかな表情で、宮間は勝利の余韻に浸る。
「さてさて。自由の身になったことだし、夕飯でも食いに行くかね」
宮間が重い腰を上げたところ、またもやスマートフォンが電子音を鳴らす。
ただし、先ほどまでとは音の種類が異なり、今回はメールの受信時に設定されたものだった。
送信者はやはり花木である。
「今日はやけにしつこいな……ひょっとして緊急事態?」
うんざりしつつも宮間はメールを確認する。
そこには見覚えのない住所と、簡潔な文章が記されていた。
『黒羽の自宅だ。会って話して来い。それが今日の仕事だ』
花木からのメッセージを目にした宮間は、微妙な顔で首を傾げる。
なんとも反応に困る内容だ。
今の黒羽と会って何を話せばいいのか。
宮間には思いつかない。
花木は気を利かせたつもりなのかもしれないが、とんだお節介である。
そもそもどんな顔をして会えばいいのか。
黒羽が処分を受けている間、宮間はずっと素知らぬ顔で事件の捜査をサボり続けてきたのだ。
気まずい空気になる未来しか見えない。
「仕事とか言われたら、余計に行きたくねぇなぁ」
公園の小学生が不審な目を向けてくるのも構わず、宮間は公務員失格な台詞を吐く。
こういったコミュニケーション重視の役割は彼の不得手とするところだ。
面倒すぎる上に、はっきりとした回答がない。
煩雑な書類手続きの方が幾分かマシなレベルである。
それでも即座に断らないのは、何か思うことがあるためか。
結局、宮間はその場で十分ほど悩んだ末、明らかに気乗りしない様子で歩きだした。
「残業代、後で請求するかぁ……」
愚痴る宮間のスマートフォンは、メールの住所への経路を表示していた。
宮間は公園のベンチに座っていた。
平日ということもあって人影はほとんどない。
幼児が砂場で母親と遊んでいるくらいか。
微笑ましい親子を眺めながら、宮間は濁った目で電子タバコをくわえている。
「死神刑事、か。やっぱり厨二病だね」
黒羽のことが脳裏を過ぎる。
色々と無頓着な宮間でも、あの滅茶苦茶な女刑事はなかなか忘れらない。
配属初日から担当事件の容疑者を拷問にかけた黒羽は、二週間の謹慎処分を言い渡された。
行いから考えれば軽すぎる罰だが、そこは花木警部補がなんとかしたのだろう。
彼が黒羽を庇うべく、陰で奔走していたことを宮間は知っている。
また、谷上が本当に殺人事件の犯人だったことも大きな要因に違いない。
あれから付近の川を捜索したところ、血の付着した包丁とセーターが発見されたのだ。
DNA鑑定の結果、血は被害者の瀧原浩介のものだと判明し、後者からは谷上の毛髪も検出された。
加えて目撃情報も何件か挙げられている。
事件当日、谷上らしき人物が現場のアパート付近から走り去って行ったらしい。
随分と慌てた様子で、薄着姿でなぜか衣服を抱えていたそうだ。
タイミングからして凶器の包丁と返り血の付いたセーターを川へ捨てに行く最中だったと思われる。
どれも証拠として申し分ない。
もっとも、捜査を上手くサボり続けた宮間は直接関わっておらず、これらの経緯は花木から聞いた話である。
相方の刑事が謹慎になろうとも、この男は変わらずマイペースだった。
気が付くと公園の遊具の周りを小学生の集団が走り回っている。
どうやら鬼ごっこをしているようだ。
いつの間にか結構な時間が経っていた。
宮間は一旦公園を出ると、近くの自動販売機にてペットボトルの炭酸飲料を購入する。
それを飲みながら来た道を戻ってベンチに座り直した。
やはり仕事をする気はないらしい。
楽しそうに騒ぐ小学生をよそに、宮間は考え事を再開する。
「はぁ、拷問なんて後で絶対に問題になるのになぁ。本当、よくやるもんだ」
宮間が記憶する限り、黒羽は真摯な態度で事件に向き合っていた。
それこそ彼自身と比べれば何倍もやる気があったろう。
しかし、彼女の行動があまり褒められたものでないのも事実。
拷問を抜きにしてもおかしなところは端々に見られた。
彼女がどういった気持ちで捜査していたのか。
たった半日程度の付き合いである宮間には分からない。
否、知ろうともしていなかった。
今だってさほど気になっているわけではない。
退屈しのぎに少し頭を使っているくらいの感覚である。
宮間とはそういう男だ。
ペットボトルの中身が半分を切った頃、スマートフォンの着信音が鳴りだした。
宮間は液晶画面を確認して苦々しい顔をする。
そこには花木の名前が表示されていた。
「うっわ。サボってるのがバレたか。面倒臭いなぁ」
露骨に嫌そうな様子の宮間は、着信音が鳴り止むのを待つ。
しかし、どれだけ粘ろうとも音は鳴り続けた。
いつもなら二分ほど耐えれば収まるのに、と宮間は寝癖の付いた髪を掻く。
「――おおっと、手が滑っちまった。ははっ、参った参った」
宮間はわざとらしい大袈裟な動作でスマートフォンの着信を切る。
すぐに再度の電話がかかってくるも、彼は驚くほどの俊敏さで即切りした。
そのような攻防を数度繰り返すと、ついに連絡が来なくなる。
花木が根負けして諦めたらしい。
明日の出勤時に説教を食らうことが確定したが、その時はその時だろう。
どこか晴れやかな表情で、宮間は勝利の余韻に浸る。
「さてさて。自由の身になったことだし、夕飯でも食いに行くかね」
宮間が重い腰を上げたところ、またもやスマートフォンが電子音を鳴らす。
ただし、先ほどまでとは音の種類が異なり、今回はメールの受信時に設定されたものだった。
送信者はやはり花木である。
「今日はやけにしつこいな……ひょっとして緊急事態?」
うんざりしつつも宮間はメールを確認する。
そこには見覚えのない住所と、簡潔な文章が記されていた。
『黒羽の自宅だ。会って話して来い。それが今日の仕事だ』
花木からのメッセージを目にした宮間は、微妙な顔で首を傾げる。
なんとも反応に困る内容だ。
今の黒羽と会って何を話せばいいのか。
宮間には思いつかない。
花木は気を利かせたつもりなのかもしれないが、とんだお節介である。
そもそもどんな顔をして会えばいいのか。
黒羽が処分を受けている間、宮間はずっと素知らぬ顔で事件の捜査をサボり続けてきたのだ。
気まずい空気になる未来しか見えない。
「仕事とか言われたら、余計に行きたくねぇなぁ」
公園の小学生が不審な目を向けてくるのも構わず、宮間は公務員失格な台詞を吐く。
こういったコミュニケーション重視の役割は彼の不得手とするところだ。
面倒すぎる上に、はっきりとした回答がない。
煩雑な書類手続きの方が幾分かマシなレベルである。
それでも即座に断らないのは、何か思うことがあるためか。
結局、宮間はその場で十分ほど悩んだ末、明らかに気乗りしない様子で歩きだした。
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