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第56話 真の実力を匂わされてみた

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 そのまま通り過ぎようとした時、職員がギルドから出てくる。
 彼女は俺達を見ると、口元に手を当てて嫌な笑いを浮かべた。

「おやおや。昨日あれだけ特訓で絞られたのに、夜にも二人で絞り合ったんすか。お盛んですねぇ」

「余計なお世話だ」

「すごくよかったよ」

「ビビ」

 相棒の不必要な感想を叱りつつ、俺は職員の服装に注目する。
 いつもの制服ではなく、旅装束を着込んでいる。
 魔術を仕込んだ青紫色のケープがよく似合っていた。
 たぶん雷属性と噛み合うように工夫されているのだろう。
 そんな職員に尋ねる。

「どこかへ行くのか」

「出張っす。よそのギルドが人手不足らしいので、その業務補助っすね。あとついでに雷竜を倒してきます」

 職員はあっさりと言う。
 その口ぶりとは裏腹に、聞き逃がせない単語が混ざっていた。
 俺は周りを気にしながら指摘する。

「雷竜の討伐はついでの用事ではないだろう……それに魔術師として活動するのは嫌なんじゃなかったのか」

「お金に釣られちゃいましたね。特別報酬が良かったんすよ。ギルドマスターと交渉したら、数十日分の有給休暇も貰えることになりましたし、これはやるしかないと思いました」

 職員は世間話のように語る。
 明らかに普通とは違う待遇だと思うのだが、本人からすればいつものことみたいだ。
 俺は声量を落としてさらに反論する。

「相手は竜なんだぞ。死ぬ可能性がある」

「分かってますよ。別に油断はしてません。ただ、雷撃なら魔術で無効化できますし、竜は殺し慣れてるんで平気っす」

「竜を……殺し、慣れている……?」

 予想外の答えを受けて、さすがに言葉に詰まった。
 この瞬間、目の前の職員が一般常識から逸脱した存在であることを確信する。
 彼女は不敵な笑みを湛えて、そっと俺の耳元で囁いた。

「世界は広いです。真の実力を隠した魔女がギルド職員をやってても不思議じゃないっすよ。まあ、上層部の間では周知の事実ですけど」

「……竜を殺せる術者ということは、属性検査の結果も嘘だったんだな?」

「そうっすね、かなり手加減してました。まあ、雷属性が得意なのは本当っすよ。試してみましょうか?」

「やめておく。こんなところで死にたくない」

「ふふ、賢明な判断っす」

 俺から離れた職員は愉快そうに笑う。
 彼女とはそれなりの付き合いになるが、まさかこのような一面があるとは思わなかった。
 雷属性の魔術師という部分さえ、秘密の一端に過ぎなかったというわけだ。
 俺は自らが平凡な人間であることを改めて実感した。
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