仮面探偵は謎解きを好まない

結城絡繰

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第二話 迷い猫密室事件

手ぶらの帰り道

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 朽梨と杏子は、延々と続く畦道を歩いていた。
 左右には田んぼが広がっている。
 山堀の自宅からの帰り道であった。
 最寄りの駅まではまだ遠い。

「…………」

 杏子は無言でスルメイカを齧っていた。
 途中のコンビニで買ったものだ。

 彼女は噛み切った分を咀嚼すると、前方に目を凝らす。
 駅はまだ見えそうにない。
 杏子はうんざりした表情で呻く。

「うへぇ、事務所に帰るまでに日が暮れちゃうんじゃないですか、これ」

「仕方ないだろう。これが調査というものだ」

「次はもっと楽な調査をしましょうよ。駅前の人気グルメの調査とか」

「それはお前が食べたいだけだろうが」

 朽梨は即座にツッコミを入れる。
 その手には湯気の立つコロッケとカフェオレの缶が握られていた。
 こちらもコンビニで買ったものである。
 朽梨も小腹が空いていたようだ。

「話題の人気スイーツの調査なんて依頼が来たら嬉しいんですけどね」

「……少なくともスルメイカを齧っているような奴に任せたいとは思わないだろうな」

「スルメイカを馬鹿にしちゃ駄目ですよ! 噛み応えがあってすごく美味しいんですから!」

 杏子はスルメイカを掲げて力説する。
 何が彼女を駆り立てるのか、朽梨にはとても理解できなかった。
 ひとしきり語って満足したところで、杏子はけろりとした表情で話題を変える。

「そういえば、先生」

「なんだ」

「さっきの山堀さんなんですが、あの人が犯人なのでしょうか。かなり怪しかったですし」

 杏子に訊かれた朽梨は、腕組みをして考え込む。
 そう長くない時間を経て彼は答えた。

「今のところは微妙だな。判断材料が少ない。ただ、あの焦り方は何かを知っている可能性が高い。近いうちにまた会いに行く必要がある」

「その時は先生一人で行ってくださいよ。またここまで来るのは面倒臭いです」

「お前は素晴らしく正直者だな。尊敬するよ」

「えへへ、照れちゃいますね」

 皮肉だと分かった上で、恥ずかしそうに頬を掻く杏子。

 朽梨はため息を吐いて呆れ返った。
 さすがに慣れつつあるものの、この助手の態度には色々と物申したくなる。
 ただ、ここで何かを言っても暖簾に腕押しもいいところなので、軽く流して話を続けることにした。

「とにかく、まずは各関係者と現場付近の住人への聞き込みを優先とする。目撃証言が取れると尚良い。ある程度まで容疑者が絞れれば、後はどうにでもなる」

「ほー、何か策でもあるんですか」

「まあな。警察にはできないやり方がある」

 さらりと言い放つ朽梨。
 かなり自信に満ち溢れた様子だ。

 これには杏子も期待を寄せる。

「例のキザっぽい刑事さんにも勝てそうですねー」

「当然だ。アレに負けるわけがない」

「もはやアレ呼ばわりなんですね」

 それから二人はしばらく歩き続け、ようやく最寄りの駅に到着した。
 時刻は夕暮れ間近で、若干の肌寒さを感じる。

 急に元気を取り戻した杏子は、近くの喫茶店を指差した。

「やっと着きましたよ! 結構歩きましたし、そこで一休みしませんか?」

「ああ、いいだろう」

「もちろん先生の奢りでお願いしますね」

「……途端に奢りたくなくなったな」

 はしゃぐ杏子にぼやく朽梨。

 こうして突発的に始まった殺人事件の調査一日目は、大きな収穫もなく終了したのだった。
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