仮面探偵は謎解きを好まない

結城絡繰

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第二話 迷い猫密室事件

探偵助手、女刑事と遭遇する

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 朽梨と杏子は現場の痕跡の調査や警官たちへの聞き込みを始めた。
 警官たちは煩わしそうにしながらも質問には答える。

 それを不思議に思った杏子は首を傾げた。

「事件に関わる情報でも、案外さらっと教えてくれるんですね。ツンデレなんでしょうか」

「向こうも俺が介入することは慣れているのだろう。感情論を別にすれば、事件解決が速まるのだからな」

「先生、過去にそんなに解決してるんですか」

「小遣い稼ぎにな。そのせいで、悔しがった神田林が何かと絡んでくるようになったが」

 朽梨は忌々しそうに言う。
 心底から鬱陶しく思っているのが窺えた。

 やはり二人は犬猿の仲らしい、と杏子は察する。

 その後も、二人は現場の中華料理店内を歩き回って情報を集めていった。
 途中、杏子がふと切り出す。

「そういえば、先生」

「なんだ」

「さっきの刑事さんには猫を被らなくてよかったんですか? いつもなら気持ち悪いくらいに丁寧な感じを出していますよね」

 今までの朽梨は、他者には一貫して慇懃な態度を取ってきた。
 杏子も初対面の時はその演技に騙されたものである。

 朽梨は周りの警官を見ながら鼻を鳴らした。

「神田林に媚を売ったところで、無駄に気疲れするだけだ。あいつに限らず警察関係者には基本的に素の態度で接している」

「線引きはしっかりしてるんですねー」

「客として事務所に来たら別だがな」

 二人が雑談交じりに歩いていると、前方から一人の女刑事が現れた。
 年齢は二十代後半くらいだろうか。
 すらりとした長身で、パンツスーツを着こなしている。

 黒のロングヘア―は前髪を切り揃えており、彼女の人形のような美貌とよくマッチしていた。
 凛とした表情は引き締まっている。

 その女刑事を目にした杏子は、とても綺麗な人だと思った。
 女優やモデルと言われても納得できる。
 むしろ、このような事件現場にいることに違和感を覚えてしまうほどであった。

 二人の前で立ち止まった女刑事は静かに会釈をする。

「朽梨さん、お久しぶりです」

「ああ、久しぶり。相変わらず子守りは大変そうだな」

「恐縮です」

 朽梨と女刑事は和やかに言葉を交わす。
 傍目にもそれは親しげに見えた。

 一通り会話が済むと、女刑事は杏子に向かって礼をする。

「紹介が遅れました。私、早水律香はやみ・りつかと申します。階級は巡査です。よろしくお願いします」

「あっ、藤波杏子といいます。朽梨先生のところで助手をやっています。こちらこそよろしくお願いします」

 互いに簡単な自己紹介を行う杏子と早水。

 この時点で杏子は、早水が常識的で良い人そうだという印象を抱いていた。
 何しろ、最近出会うのは変人ばかりなのだ。
 隣にいる仮面探偵がその最たる例だろう。
 直前に会った神田林も、なかなかに個性的な人物であった。

 その中で考えると、早水は確実に常識人に違いない。
 同性ということもあって話しやすく、物静かで知的な雰囲気にも好感が持てる。
 他の刑事のように厄介者扱いされている感じもない。

 杏子が安堵していると、早水は唐突に深く頭を下げた。

「藤波さん、先ほどはうちのクソボケ成金負け犬キザ警部がご迷惑をかけました。後ほど謝罪へ行かせますのでご容赦ください」

「えっ」

 杏子は硬直する。
 聞き間違いだろうか、と自身の耳をぽんぽんと叩く。
 明らかにおかしな言葉の羅列を耳にしたのだ。

 杏子は気を取り直しておずおずと確認する。

「あの、今のは……」

「七光りポンコツ口だけ警部のことですか?」

「そっちじゃなくて……いや、ある意味合ってますけど……」

 ついに杏子は、視線で朽梨に助けを求めた。
 不穏なやり取りに耐え切れなくなったのである。

 救助要請を受けた朽梨は面倒そうに説明する。

「早水は神田林とコンビを組む刑事で、あいつにだけ異常な毒舌を発揮するんだ」

「お恥ずかしい限りです」

 早水は少しも恥ずかしくなさそうに言う。

 常識人な刑事などいないのでは、と疑う杏子であった。
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