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第一話 因果応報な強盗事件
犯人は
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後方のざわめきから離れるように、杏子は住宅街を歩いていた。
遅れて救急車のサイレンも聞こえてくる。
強盗犯に襲われた加藤を搬送するのだろう。
隣を歩く朽梨は、スマートフォンを見ながら歩いていた。
ほんの数分前に強盗犯と戦ったとは思えないほどの落ち着きぶりである。
アタッシュケースを煩わしそうに抱えつつ、杏子は問いかけた。
「先生! どうして犯人を逃がしたんですかっ」
スマートフォンに視線を落としたまま、朽梨は面倒そうに答える。
「諸々の手間が省けるからだ。奴は然るべき場所とタイミングで押さえる」
「然るべきって、さっきがその時でしょう! おかげで犯人を見失ってしまいましたよ……」
「いや、見失っていない。今も追跡できている」
そう言って朽梨は杏子にスマートフォンを見せた。
液晶画面には周辺地図と、青と赤の二種類の光点が記されている。
中央にある青い点は現在地――つまりは朽梨と杏子の居場所を意味しているのだろう。
では、赤い点は何なのか。
杏子の疑問を察した朽梨は、先んじて答えを述べる。
「赤い点は強盗犯の位置を示している。肩に触れた際に小型発信器を付けてやった」
「小型発信器? そんなスパイ道具みたいなものをよく持っていましたね」
「ファミレスで話しただろう。探偵業務における必需品だ」
杏子はファミレスでの会話を思い出す。
確かあの時は、杉下和夫とのやり取りをボイスレコーダーで記録したのだった。
ついでに他の機器も携帯している旨の説明を朽梨から受けたのである。
「とにかく強盗犯の居場所は丸分かりだ。そんなに急ぐこともない」
「何というか、探偵っぽさが皆無ですね。せっかくここまで調査をしたんですから、もうちょっと謎解きとか推理を駆使してほしかったです」
杏子とて創作と現実の区別くらいはできるが、さすがにここまで乱暴な解決方法には違和感を覚えた。
こんなやり方でいいのなら、最初から地道な調査など不要に思える。
どこか不満そうな杏子を一瞥した朽梨は、深々とため息を吐き出した。
冷めた双眸が杏子と視線を交わす。
「謎解きはいくつもの推論を重ねる行為だ。不確実な上に面倒臭い。堅実な手法で事件を解決できるのならばそれに越したことはない。無論、万が一の時に備えて情報は集めておくがな」
「そういうものなんですか……」
「探偵は依頼を遂行するのが仕事だ。行き過ぎた謎解きは自己満足以外の何物でもない――おっと、無駄話は終わりだ。着いたぞ」
スマートフォンを仕舞った朽梨は顔を上げ、顎をしゃくって前方を差す。
そこには見覚えのある一軒家があった。
此度の依頼者である杉下の自宅だ。
杏子は思わず朽梨をまじまじと見つめる。
「あれ、ここって……本当に合ってるんですか? 発信器の故障とかでは」
「間違いなくこの家だ。さっさと行くぞ」
インターホンを押した朽梨は、玄関扉をピッキングで開ける。
ものの数秒で行われた早業だった。
「もはや泥棒じゃないですか」
「緊急事態だ。これくらいは許される」
そのまま遠慮なく家に入ると、二階から寝間着姿の杉下が現れた。
見るからに不安げな顔をしている。
日付も変わった深夜の訪問者だ。
何があったのかと勘ぐってしまうのも当然の反応と言える。
「探偵さんでしたか……こんな時間にどうされたのですか」
「夜分遅くに失礼します。強盗事件の犯人が判明したのでお知らせに参りました。日を改めた方がいいかと思ったのですが、早急に解決できればと思いお伺いした次第です」
朽梨はにこやかな雰囲気で告げる。
先ほどまでナイフで強盗と対決していた人物には見えない。
相変わらず変わり身が早いなぁ、と杏子は何度目になるか分からない呆れを覚えた。
そんな彼女の傍ら、朽梨と杉下の会話は進行する。
「少し説明をしたいので、息子の和夫さんにも同席してもらいましょうかね。お部屋はどちらですかね」
「和夫の部屋でしたら二階の一番奥ですが……」
「ありがとうございます」
そこまで聞いた朽梨はずかずかと階段を上り始める。
戸惑う杉下を気にも留めず、目的の部屋の前で足を止めた。
数度のノックをしてから声をかける。
「和夫さん。こんな時間に申し訳ありません。大事なお話がありますので少しよろしいでしょうか」
「…………」
返事は返ってこない。
しかし、ドアの向こうから息遣いが聞こえる。
緊張を孕んだ荒い呼吸だ。
まるで直前まで激しい運動でもしていたかのようである。
以降も反応がないので、朽梨は半ば蹴破る勢いでドアを開いた。
衝撃でドアの向こうにいた人物がひっくり返る。
それは、黒いジーンズとパーカーを着た杉下和夫であった。
顔は汗だくで、頭部に怪我でも負っているのか血が垂れている。
パーカーの腹の辺りには、くっきりと靴跡が残っていた。
形状からしてスニーカーだろうか。
蹴られたり踏まれたりでもしない限り、このような跡は付くまい。
決定的なのはベッドの上の目出し帽だろう。
くしゃくしゃにされたそれは、朽梨と杏子がつい先ほど見たものと同一である。
「ど、どうして……」
呆然とつぶやく和夫の問いを無視して、朽梨は穏やかに告げる。
「犯人はあなたですね、杉下和夫さん」
遅れて救急車のサイレンも聞こえてくる。
強盗犯に襲われた加藤を搬送するのだろう。
隣を歩く朽梨は、スマートフォンを見ながら歩いていた。
ほんの数分前に強盗犯と戦ったとは思えないほどの落ち着きぶりである。
アタッシュケースを煩わしそうに抱えつつ、杏子は問いかけた。
「先生! どうして犯人を逃がしたんですかっ」
スマートフォンに視線を落としたまま、朽梨は面倒そうに答える。
「諸々の手間が省けるからだ。奴は然るべき場所とタイミングで押さえる」
「然るべきって、さっきがその時でしょう! おかげで犯人を見失ってしまいましたよ……」
「いや、見失っていない。今も追跡できている」
そう言って朽梨は杏子にスマートフォンを見せた。
液晶画面には周辺地図と、青と赤の二種類の光点が記されている。
中央にある青い点は現在地――つまりは朽梨と杏子の居場所を意味しているのだろう。
では、赤い点は何なのか。
杏子の疑問を察した朽梨は、先んじて答えを述べる。
「赤い点は強盗犯の位置を示している。肩に触れた際に小型発信器を付けてやった」
「小型発信器? そんなスパイ道具みたいなものをよく持っていましたね」
「ファミレスで話しただろう。探偵業務における必需品だ」
杏子はファミレスでの会話を思い出す。
確かあの時は、杉下和夫とのやり取りをボイスレコーダーで記録したのだった。
ついでに他の機器も携帯している旨の説明を朽梨から受けたのである。
「とにかく強盗犯の居場所は丸分かりだ。そんなに急ぐこともない」
「何というか、探偵っぽさが皆無ですね。せっかくここまで調査をしたんですから、もうちょっと謎解きとか推理を駆使してほしかったです」
杏子とて創作と現実の区別くらいはできるが、さすがにここまで乱暴な解決方法には違和感を覚えた。
こんなやり方でいいのなら、最初から地道な調査など不要に思える。
どこか不満そうな杏子を一瞥した朽梨は、深々とため息を吐き出した。
冷めた双眸が杏子と視線を交わす。
「謎解きはいくつもの推論を重ねる行為だ。不確実な上に面倒臭い。堅実な手法で事件を解決できるのならばそれに越したことはない。無論、万が一の時に備えて情報は集めておくがな」
「そういうものなんですか……」
「探偵は依頼を遂行するのが仕事だ。行き過ぎた謎解きは自己満足以外の何物でもない――おっと、無駄話は終わりだ。着いたぞ」
スマートフォンを仕舞った朽梨は顔を上げ、顎をしゃくって前方を差す。
そこには見覚えのある一軒家があった。
此度の依頼者である杉下の自宅だ。
杏子は思わず朽梨をまじまじと見つめる。
「あれ、ここって……本当に合ってるんですか? 発信器の故障とかでは」
「間違いなくこの家だ。さっさと行くぞ」
インターホンを押した朽梨は、玄関扉をピッキングで開ける。
ものの数秒で行われた早業だった。
「もはや泥棒じゃないですか」
「緊急事態だ。これくらいは許される」
そのまま遠慮なく家に入ると、二階から寝間着姿の杉下が現れた。
見るからに不安げな顔をしている。
日付も変わった深夜の訪問者だ。
何があったのかと勘ぐってしまうのも当然の反応と言える。
「探偵さんでしたか……こんな時間にどうされたのですか」
「夜分遅くに失礼します。強盗事件の犯人が判明したのでお知らせに参りました。日を改めた方がいいかと思ったのですが、早急に解決できればと思いお伺いした次第です」
朽梨はにこやかな雰囲気で告げる。
先ほどまでナイフで強盗と対決していた人物には見えない。
相変わらず変わり身が早いなぁ、と杏子は何度目になるか分からない呆れを覚えた。
そんな彼女の傍ら、朽梨と杉下の会話は進行する。
「少し説明をしたいので、息子の和夫さんにも同席してもらいましょうかね。お部屋はどちらですかね」
「和夫の部屋でしたら二階の一番奥ですが……」
「ありがとうございます」
そこまで聞いた朽梨はずかずかと階段を上り始める。
戸惑う杉下を気にも留めず、目的の部屋の前で足を止めた。
数度のノックをしてから声をかける。
「和夫さん。こんな時間に申し訳ありません。大事なお話がありますので少しよろしいでしょうか」
「…………」
返事は返ってこない。
しかし、ドアの向こうから息遣いが聞こえる。
緊張を孕んだ荒い呼吸だ。
まるで直前まで激しい運動でもしていたかのようである。
以降も反応がないので、朽梨は半ば蹴破る勢いでドアを開いた。
衝撃でドアの向こうにいた人物がひっくり返る。
それは、黒いジーンズとパーカーを着た杉下和夫であった。
顔は汗だくで、頭部に怪我でも負っているのか血が垂れている。
パーカーの腹の辺りには、くっきりと靴跡が残っていた。
形状からしてスニーカーだろうか。
蹴られたり踏まれたりでもしない限り、このような跡は付くまい。
決定的なのはベッドの上の目出し帽だろう。
くしゃくしゃにされたそれは、朽梨と杏子がつい先ほど見たものと同一である。
「ど、どうして……」
呆然とつぶやく和夫の問いを無視して、朽梨は穏やかに告げる。
「犯人はあなたですね、杉下和夫さん」
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