仮面探偵は謎解きを好まない

結城絡繰

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第一話 因果応報な強盗事件

追跡する探偵

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 朽梨は数メートル先にいる犯人を見据える。
 その所作に焦りや恐れは微塵もない。
 この事態を予想していたのだろう。

 目出し帽を着けた強盗犯は、金属バットを頭上に掲げ持つ。
 ちょうど剣道の上段の構えに近い。
 ぎらついた双眸は、朽梨を憎々しげに凝視していた。

 突き刺さる殺意を受け流し、朽梨は悠々と語る。

「会えるのはもう少し先かと思ったのだが。その短気で無計画な性格に感謝せざるを得ないな。おかげで面倒な調査を続ける手間が省けた」

「…………」

 安い挑発には乗らず、強盗犯は無言で金属バットを構え続ける。
 朽梨を常に正面から相手取るように、体の向きだけを絶えず変えていた。

 その姿を目にした朽梨は、麻袋の内側でほくそ笑む。
 本人はバレていないと思っているようだが、強盗犯はひどく焦っていた。

 視線がちらちらとしきりに周囲を確認している上、僅かに及び腰になっている。
 他にも細かな動作が妙に忙しなく、この場から一刻も早く逃げ出したいという気持ちが丸分かりだった。

 それも当然の話だろう。
 時間をかけすぎると付近の住民に目撃される可能性があった。
 さらに騒ぎが大きくなれば、ここから逃走することさえ困難になる。

 強盗犯にとっては決して好ましい展開ではない。
 故に今までの犯行では不意打ちを徹底し、目撃証言を取られないようにしてきたのだ。

「どうした。そんな凶器がありながら怯えているのか。早くしないと誰かが通報してしまうかもしれないぞ。いや、もう既に警察が出動している頃か」

「――――ッ!」

 直後、煽りに負けた強盗犯は朽梨に襲いかかる。

 それを予期していた朽梨は、冷静にナイフを投げ付けた。
 手首のスナップを利用して放たれたそれは、一直線に強盗犯の顔へと迫る。

「ぐっ……」

 想定外の攻撃に強盗犯は怯み、反射的に金属バットで防ぐ。

 響き渡る甲高い金属音。
 弾かれたナイフは、明後日の方向へと飛んで行った。
 僅かに安堵した強盗犯は、しかし目の前の光景に驚愕する。

「隙だらけだ」

 助走を付けた朽梨が前蹴りを繰り出す。
 スニーカーの爪先が強盗犯の腹にめり込み、勢いのままに吹き飛ばした。

 地面に落下した金属バットが大きな音を立てる。
 強盗犯は激しく咳き込みながらも、なんとか立ち上がった。

「ほう、意外と頑丈じゃないか。その根性は認めよう」

 朽梨は感心したように拍手をすると、強盗犯に歩み寄ってその肩を叩く。

「それなりに上手くやっていたみたいだが、今回は相手が悪かった。潔く諦めろ」

「――ふざ、けるなあぁッ!」

 強盗犯は朽梨の言動に激昂し、殴りかかろうとする。
 しかし拳を振るう寸前、鈍い音がして強盗犯がその場に崩れ落ちる。
 辛うじて意識はあるようだが、満足に動くことは叶わないだろう。

 その様を目撃した朽梨は、腰に手を当てて嘆息する。
 彼の視線は、強盗犯の背後に向けられていた。

「助太刀など頼んだ覚えがないのだが」

「でも役に立ちましたよね?」

「お前がいなくとも対処できた」

「先生ったら素直じゃないですね……ツンデレですか?」

 おどけるように尋ねたのは、アタッシュケースを抱えた杏子だ。
 どうやらそれで強盗犯を殴り倒したらしい。
 なんとも豪快で容赦がない、と朽梨は密かに思った。

「もっと早い段階で手伝えたらよかったのですが、なかなかタイミングがなくて……遅くなってすみません」

「いや、別にいい。それより、ケースの中身が出ている。なんとかしろ」

「え……? ああっ!? 百万円がっ」

 指摘を受けた杏子は目を丸くして騒ぐ。
 鈍器に使った衝撃のせいか、アタッシュケースのロックが外れて中身の現金がこぼれていた。
 夜風に吹かれて一万円紙幣が次々と空を舞う。

「ちょっと!? どんどん飛んで行っちゃますって!! 駄目ですってば!?」

 誰にともなく文句を言いながら、杏子は必死になって紙幣を掻き集める。

 その傍らで、強盗犯がむくりと起き上がり、ふらついた足取りでどこかへと去ろうとする。
 百万円に夢中の杏子は、息を殺して離れていく強盗犯に気付かない。
 やがて黒づくめの背中は曲がり角へと消えて見えなくなった。

 唯一、その光景を眺めていた朽梨は、自前のナイフを拾って懐に収める。

「難儀なものだな」

 杏子が回収作業を終えた頃、近隣住民がちらほらと現れ始めた。
 一連の騒ぎを耳にして不審に思ったのだろう。
 倒れる加藤を見て救急車を呼ぶ者もいる。

 さりげなく人の輪に紛れていた朽梨は、杏子の首根っこを掴んで引っ張っていく。

「ちょっと先生! いきなり何をするんですかっ」

「決まっているだろう。犯人を追うぞ」

「何を言ってるんですか。犯人はあそこに倒れて……いない!?」

「今頃気が付いたのか……」

 周囲から訝しみの視線を浴びつつ、探偵と助手は犯人の追跡を開始した。
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