仮面探偵は謎解きを好まない

結城絡繰

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第一話 因果応報な強盗事件

怪しい依頼者

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 午前十一時。
 杏子は朽梨に連れられて住宅街を歩いていた。
 なんでもこの近辺に、今回の仕事の依頼者が住んでいるらしい。

 平日ということもあってか、住宅街は閑静なものだ。
 時折、すれ違う人々から奇異の視線を向けられることを除けば、特にトラブルもない。

「さっきの親子、先生のことを凝視していましたね。通報されないか心配です」

「やましいことはないのだから堂々としていればいい」

「怪しいことは多分にありますよね。主に先生の頭とか」

 軽口を飛ばす杏子を、朽梨はぎろりと睨み付ける。
 しかし、それ以上言い返したりしない。
 彼自身も頭部の麻袋が不自然だという自覚はあるらしい。

 言い返してこない探偵に優越感を覚えつつ、杏子は新たな話題を切り出した。

「で、今日はどういった内容の依頼なんですか」

「深夜徘徊する強盗の特定だ。既に何人かが被害に遭っている。まずは依頼者から話を聞いて、そこから調査を始めるぞ」

「それはまた随分と物騒ですね」

 杏子の中では、現実の探偵はもっと地味な仕事をしているイメージだった。
 アルバイトの募集要項も事務作業がメインだと記載されていた気がする。

「そもそも強盗云々って警察の領分じゃないですか」

「知らん。どうせ相談できない事情でもあるのだろう。別に珍しくない話だ」

 朽梨はぶっきらぼうに返すと、一軒の民家を指差した。
 青い屋根が特徴の三階建ての家だ。
 表札には金字で杉下という文字が刻まれている。

 どうやらそこが依頼者の住まいらしい。
 ネクタイを締め直しつつ、朽梨は杏子に告げる。

「お前は隣で黙っていろ。必要な指示はこちらから出す」

「了解です」

 杏子は素直に頷く。
 さすがに依頼者との話を茶化すわけにはいかないだろう。
 後学のためにも、今回は朽梨のそばで大人しくしていようと決心する。

 朽梨が民家のインターホンを押す。
 数秒の間を置いて機器から声が発せられた。

「はい」

「探偵事務所の朽梨です」

「ああ、探偵さんですか! 少々お待ちください」

 インターホンの声に従って待機していると、玄関扉が開いてスーツを着た恰幅のいい男が現れた。
 年齢は五十代前半といったところか。
 白髪混じりの黒髪をオールバックにした利発そうな人物である。
 男は朽梨たちの前まで来ると、深々と頭を下げた。

「私が先日お電話させていただいた杉下です。本日はわざわざお越しくださりありがとうございます。仕事の都合上、どうしてもこの時間に来ていただくしかなかったもので」

「いえいえ、こちらこそご依頼ありがとうございます」

 朽梨は優雅な一礼を返し、杉下と握手を交わす。
 普段とは比べ物にならないほど丁寧かつ爽やかな口調だ。

 この麻袋頭は基本的に慇懃な態度を演じるらしい、と杏子は察する。
 既に雇用関係となった杏子には取り繕う必要がないために、素の言動を見せているのだろう。

 杉下はちらりと朽梨の麻袋を確認したが、それに言及しようとはしない。
 いや、言及するだけの余裕がないだけかもしれない。
 穏やかな笑みを浮かべてはいるものの、その顔には少なからず疲れが滲んでいた。
 そんなことは些事だとばかりに、杉下は二人を家の中へ案内する。

「おや、いい腕時計ですね」

 廊下を歩く最中、朽梨がふと杉下の左手を見て言う。
 杉下のスーツの袖から、銀色の薄い腕時計が覗いていた。
 カチカチと規則的に動く針は金色である。

 杉下は苦笑気味に腕時計を撫でた。

「去年の暮れに奮発して購入したものです。息子に選んでもらったのです。なかなか気に入っていますよ」

 腕時計の良し悪しが分からない杏子は、ぼんやりと二人のやり取りを聞く。
 彼女が今までに買ったものといえば、二千円くらいのスポーツ用くらいだった。
 それもあまり使わずに放置していた気がする。

 一応は探偵助手なのだから、朽梨のようにちょっとした時にも観察眼を働かせてみたい。
 勉強を兼ねてオシャレな腕時計でも買いに行こう、と杏子は密かに心に誓う。

 朽梨と杏子は広々としたリビングに通された。
 白を基調とした内装で、家具はあるものの生活感が薄い。
 まるでモデルルームのようだ、と杏子は思った。

 朽梨と杏子は並んでソファに座る。
 杉下は二人と向かい合うように腰かけた。
 出されたコーヒーと茶菓子に礼を言いつつ、朽梨は話を切り出す。

「それでは念のために依頼内容の確認をしてもよろしいでしょうか」

 首肯した杉下は、神妙な面持ちで語り始める。

 発端は二週間前だった。
 杉下の友人が何者かに襲われ、現金十三万円を盗まれたことから始まった。

 事件現場はここから徒歩数分ほどの場所で、犯行時刻は深夜一時頃。
 一人で帰宅途中だったところを、背後から殴られたらしい。

 その後も散発的に強盗は発生し続け、今日に至るまでに四人が被害に遭っているそうだ。
 現場はいずれも近辺の住宅街で、杉下もその一人だという。
 強盗は単独犯で素顔を見た者はおらず、黒っぽい衣服に目出し帽だったらしい。

 そこまで話を聞いた朽梨は、わざとらしく唸ってみせた。

「事情は分かりました。しかし妙ですね。深刻な事態なわけですから、探偵より先に警察へ相談された方がいいと思うのですが」

 杏子も疑問を抱いた点だった。
 こんな麻袋を被った探偵に頼む内容ではなかろう。

 当の杉下は苦い顔をして答える。

「いや、その、こちらにも色々と事情がありまして……他の被害者たちも反対しているのですよ」

 どうにも歯切れの悪い誤魔化し方だ、と杏子は訝しむ。
 それに警察に相談することを反対とは。
 何か後ろめたい事情があるとしか思えない。

 尻すぼみな調子で言い訳をする杉下に対し、朽梨は穏やかに首を振る。

「いえいえ。どんな事情があろうと別に構いませんよ。詮索するような真似も致しません。ただ、依頼遂行にあたって気になる点を確認しただけです。ご安心ください」

 表面上は丁寧かつ誠実な印象を受けるが、麻袋の奥の双眸は狡猾な光を灯していた。

 ようするにこれは、牽制なのだ。
 余計なことをしたらお前らの秘密を調べ上げて警察にバラすぞ、と。
 過去の経験より培った、朽梨なりの自衛策であった。

 それを朧げながら理解した杏子は、小声で「やっぱりえげつない……」とぼやく。
 直後に肘打ちが返ってきたのは自然の摂理というものだろう。

 その後は各事件の詳細や関係者の電話番号を控えて話は終わった。
 メモ帳を仕舞った朽梨は、胸を張って杉下に告げる。

「依頼は承りました。必ず解決してみせましょう」

「ありがとうございます。何卒よろしくお願いします……」

 深々と頭を下げる依頼者に見送られ、探偵と助手は杉下宅を立ち去った。
 帰り道、杏子は朽梨に気になったことを尋ねる。

「これからどうやって事件の調査をするんですか?」

 現状、事件に関する情報が少ない。
 どうにかして解決の糸口を探らねばならないだろう。

 疑問を受けた朽梨は、事も無げに即答する。

「決まっているだろう。あの杉下という男の身辺を洗う。叩けば結構な埃が出そうだ」

「そういう事情は詮索しないと言ってませんでしたっけ……」

「あんな詭弁を信じたのか。あれは嘘だ。杉下の秘密と強盗犯はおそらく繋がっている。四人の被害者が通報できないのを知った上で襲撃しているのだろう。もしくは四人の中に犯人がいる。各犯行が極狭いエリアで連続的に起きているのがいい証拠だ。強盗犯は捕まらない確信を得ている」

 饒舌に語る朽梨は、ふと肩を竦めて杏子を見やる。
 嘲りの意が含まれているのは明らかだった。

 杏子は頬を膨らませてムッとする。

「なんですか! 私だってそれくらい分かってますよ!」

「別に何も言っていない。思い込みで怒鳴るな。うるさくて敵わない」

「ああ、もう! 先生はまたそうやって私を馬鹿にして――」

 昼間の住宅街に抗議の声が響き渡る。
 探偵と助手は今日も元気だった。
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