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第98話 不条理な世界

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 ヒュージセンチピードが頭を振って紙袋姫を落とすと、巨体で轢き潰しながら動き出す。
 崩れるトンネルの瓦礫を浴びつつ迫ってくる。
 その光景を、倒れたまま見守っていた。

 三人の殺人鬼はもういない。
 こんな場所では誰かの助太刀も期待できない。
 頼れるのは自分だけだった。

 ヒュージセンチピードが唐突によろめいて床に頭部を打った。
 弾みでぐずぐずになった肉を吐きながら体勢を戻す。
 もう以前のような速度で動くことはできない。
 絶望的な暴力を秘めるモンスターだが、やはり死ぬ寸前なのだ。

 あと少し。
 ほんの少し。
 その一手を打てるのは自分しかいない。

 だけど身体は限界だ。
 何もせずとも死にそうな有様である。
 線路の上に横たわって血を流している。

 皆が犠牲になった。
 あっけなく潰されて死んだ。
 存在意義を否定するかのように。
 何もかもが虚しいだけであると決めつけるかのように。







 さすがに、不条理すぎるのではないか。








 世界が本質的にそうであるのは知っている。
 あの時、何の変哲もない日常が音を立てて崩れた。
 未だ原因も未来も分からず、縋り付くように人生を過ごしている。
 狂った世界を生きる先に待っているのが、こんな扱いなのか。

 認められない。
 絶対に、認めたくなかった。

 これはきっと意地だ。
 ふつふつと湧いてくるのは、何に向けるべきかも分からない怒りだった。
 誰がこんな世界にした。
 どうしてモンスターに襲われている。

 ――ただの、つまらない、日常が、ずれていく。

 ヒュージセンチピードが甲高い鳴き声を上げた。
 自問自答の思考が破れて現実世界に戻る。
 気持ちの悪い多足の巨躯が眼前にまで近付いていた。
 こちらを踏み潰そうと這い進んでくる。

 死を予感すると同時に、心から生きたいと望んだ。
 ただ情けなく祈るのではない。
 自らの意志で掴み、たぐり寄せて実現するのだ。

 世界が不条理でいるのなら、それでいい。
 自分なりに叩き潰してやる。
 そして壮絶に死を味わいながら中指を立てるのだ。

 支離滅裂な悟りと開き直りに支配されて、なんとか起き上がる。
 垂れ下がった小腸を引きずり出して千切り、変容で燃やして武器にする。
 咳き込みながら見上げると、百足の頭部と目が合った気がした。

 なにがなんでも殺して生き残る。
 死んでも殺し切る。
 たとえ先に殺されても殺す。

 ぎらついた狂気に苛まれて、身体が前へと躍り出た。
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