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8巻
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段ボールを抱えた団員が、忙しそうに走り回る。
見覚えある面々の中で新顔が目立った。別動隊に実行させていた人員補充は順調らしい。主に帝都の犯罪組織の構成員を魔術で隷属化したり、ギルドの優秀な冒険者を拉致して洗脳したりと非合法的な手段で集めた人材である。
ただし少数派だが、自らの意思で俺たちと協力関係になった者もいた。前々から帝国に不信感を抱いていた者や、こちらの陣営に付いた方が有益と判断した者など動機は様々だ。
「おっ、あれは……」
無秩序に動く連中の中に懐かしい顔を見つける。エヴァという名の魔術師だ。褐色の肌に扇情的な赤いローブ。武闘大会の予選で出会った、この世界の数少ない知り合いの一人である。彼女もこの戦争に参加していたとは。
何度か殺し合った仲なので、彼女の実力はよく知っている。何とも心強く、同時に何かしでかされそうで不安だね。
エヴァの隣には、シスター服に身を包んだ狂信者・ソフィアさんもいた。彼女もエヴァと同じような経緯で知り合いになった人物である。おかしなセリフを撒き散らしながらモーニングスターで相手を撲殺しまくる姿は、鮮烈な光景として記憶に焼き付いていた。とりあえず面倒そうなので、近付くのはやめておこう。
人数が増えたということもあって、あちこちで怒鳴り声や喧騒が巻き起こっていた。
まあ、気が立ってしまうのも仕方がない。
戦争は明日に迫っているのだから。
部屋の隅のソファで寛ぎつつ、喧騒を何となしに眺める。
(おまけに偽神の意志討伐もあるからね)
岩肌の目立つ天井を仰ぎ、愚痴の代わりに溜息を吐き出す。
血統団のそもそもの目的は偽神の意志を殺し、権能の呪いを解くことである。帝国軍の迎撃は、あくまでもその過程にある障害のようなものだ。
勇者たちに先を越されないようにしなければならない。
帝都下水道の下に広がる血統団の支配領域。蟻の巣のように入り組んだ地形は、迂闊に足を踏み入れれば二度と日を浴びることすら叶わない。
そして、偽神の意志が潜むのはそこからさらに下層となっている。詳細は不明だが、おそらくは最下層で待っているだろうとのこと。この辺りは実にボスらしくて分かりやすいな。
明日の動きを脳内でシミュレートしながら、俺は目を瞑った。
(別に敵討ちってわけじゃないけど……)
歴代の権能保有者の恨みは、俺がきっちりと晴らしてやる。
俺が最後の偽神となり、この連鎖に終止符を打つのだ。帝国を敵に回すことになるので、世間的には大犯罪者では済まない存在となるが、今となってはどうでもいい話である。
いくら「トクメー」が悪名を轟かせようが、「ミササギ」には関係ないのだから。
(まあ、国外逃亡も視野に入れておくか)
派手にやらかすことを考えたら、この国での旅も潮時かもしれない。最初に転生した場所であったというだけで、この国にこだわる理由なんて一切ないし。
どうせなら色々な国の観光なんかもしてみたい。ただひたすら食道楽に徹するというのも面白そうだ。
そうと決まれば、こんな地下で死んではいられないな。
今後の楽しみのためにも頑張らなければ。
俺が気合いを入れ直していると、部屋の入り口付近がにわかに騒ぎ始めた。
「おっ、来たかな」
団員たちが騒然とする中、俺は静かに微笑みを漏らす。
どうやらこの区画に持ち込む予定だった兵器が到着したようだ。
地響きを起こしながら部屋に入ってきた大群を、遠くから眺める。
その光景は、混沌そのものだった。
「おー、邪魔邪魔ー。道開けろー」
「うわっ、このスペース狭くないか?」
「お前らはこっちで待機しとけよー」
まず最初に入室してきたのは、好き勝手に喋る大勢のトクメーたち――俺が権能を使って少しずつ増やした分身体だ。分身体は所有能力を除いた俺の能力を扱うことができ、知識や経験といった部分も継承している。細かな性格の差異や能力の優劣はあるが、非常に便利な駒と言えるだろう。
そんな彼らに続いて、後続の軍団もやってきた。
爆弾を埋め込まれたゾンビとスケルトンの群れ。
人体実験の繰り返しによって強化された子飼いの奴隷たち。
巨大火器を背負った数十体のオリハルコンゴーレム。
禍々しいオーラを放つ魔改造済みの戦闘ヘリや戦車。
全長十メートル超えの殺戮用人型ロボット。
改めて見回してみても、なかなか凄まじいラインナップだ。
俺が感心している間にも、他の兵器が次々と室内へと運び込まれてくる。現在移送されている分はあくまでも一部。全体量と比較すればごく僅かでしかない。団員たちにはこれらを指示通りの場所に配置してもらう。
「うん、いいね」
分身と団員たちの奮闘ぶりを尻目に、腕を組んで頷く。
明日はこいつらがフル稼働で帝国軍を蹂躙する予定だ。もちろん俺や分身、団員たちも目的のために奔走する。
血統団の戦力に対して、あちらさんはどんな反応を見せてくれるのだろう。想像するだけで今から楽しみである。
ロングコートを翻しながら、俺は喉を鳴らして笑った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
いよいよ訪れた宴の日。俺とアンネは、とある部屋で寛いでいた。
テーブルには様々な料理が並べられ、スピーカーから流れる音楽が室内を満たしている。空調が効いているので、地中であることを忘れてしまうほど快適だ。部屋の設備を整えるのに少し手間を掛けた甲斐があったよ。
近くにあった刺身をつまみつつ、俺は存分に体の疲れを癒す。
「あの、偽神サマ……」
くるくるとワークチェアに座りながら回転していると、半ば呆れたような視線をアンネから向けられた。先ほどからソファでそわそわしているのは、緊張感だけが原因ではないようだ。
アンネの内心を察した上でクスクスと笑い、俺はわざととぼけてみせる。
「ん? 何だ」
「団長ならもっと率先して動くべきじゃない?」
そう言ってアンネは室内をぐるりと見回す。四方の壁は無数のモニターで埋め尽くされ、それら一つひとつには地下空間の映像が映し出されていた。武装した団員たちが帝国軍の到来を待つ姿がよく見える。階層によって迎撃方法は異なるものの、どこも準備万端といった様相を呈していた。
(いいね、全体の状況を一望できるのは便利だ)
俺は腕組みをして満足げに頷く。有線でここまで繋げるのは苦労したが、各階層に複数の監視カメラを設置したのは正解だった。接続用のケーブルも魔法金属でコーティングした状態で天井を這わせているので、滅多なことでは壊れない。まさに監視室と呼ぶに相応しい設備をこの部屋は有している。
「他の団員が戦おうっていう時に、偽神サマだけが食事をしているだなんておかしいと思うの。いくらなんでも油断しすぎでしょう?」
俺がこの部屋の有用性について考えている間にも、アンネの主張は続く。
要は「前線で派手に戦うか、ボスらしい佇まいで待機してほしい」そうだ。まったく、細かいことには拘らない性格かと思っていたが、こういうところに関しては几帳面らしいね。いや、もしかするとサラ辺りから秘密裏に指示されているのかもしれない。
アンネの熱弁を聞き流しながら、俺は切り分けたピザを口に運んだ。
「はぁ……偽神サマって本当に自由気ままよね」
「これでもちゃんと構成を考えているのさ。悪いけど団長らしさってやつは、私ではなく分身たちに期待してほしいかな」
溜息を吐き出すアンネに苦笑しながら、俺は再びモニターに視線を移す。
目を凝らせば、ほとんどの映像にトクメーが確認できた。言わずもがな、俺の権能で生み出した分身である。混戦が予想される今回の戦争において、彼らの存在は大きい。分身は数人単位で各階層に分けてあるから、不測の事態が起きようとも上手く対処してくれるはずだ。
頼もしい駒の様子を眺めながら、俺は缶ジュースに手を伸ばす。
「まあ、体裁よりも目的の達成を優先しないとね。これから大変な仕事があるんだから、今のうちに休んでおいて……おっと、敵さんのお出ましみたいだ」
まだ複雑そうな顔をしているアンネを宥めていると、モニターの一つに変化が起きた。
画面端からぞろぞろと帝国軍らしき集団が雪崩れ込んできたのだ。
間髪容れずに放たれた矢や魔法が、血統団側に降り注ぐ。監視カメラのアングル的に全体は見えないものの、相手がかなりの規模で攻めているのは理解できた。なるほど、あれなら細かい連携なんて関係ないだろうからな。即席で集めた冒険者も合わせた先制攻撃としては上出来か。
画面の向こうで始まった戦争を横目に、椅子から立ち上がる。浅層が接敵したのなら、俺もそろそろ動くべきだ。残念ながら怠惰に過ごせるのもここまでらしい。
椅子の背もたれに掛けてあったロングコートを羽織り、アンネの肩を叩く。
「ほら、せっかくの宴なんだ。思う存分に楽しもうぜ」
「そうやって笑える偽神サマが羨ましいわ……」
呆れ返りつつも、準備を整えているアンネは偉いと思う。普段の軽いノリとは裏腹に、なんだかんだで真面目な性格のようだ。
監視室で待機させておく分の分身を生み出してから、俺たちは部屋を後にした。ここからは互いにすべきことがあるので、アンネともお別れである。
「それじゃあ、頑張れよ。くれぐれも例の仕事はしくじらないように」
「任せときなさいって。ちゃちゃっとこなして、戦線に出向いてあげるから」
「へぇ、言うようになったじゃないか」
最後に軽口を言い合い、俺たちはそれぞれ違う通路を進んでいく。
ここからはいつどこが戦場になるか分からない。気を引き締めておかないと、不意を突かれそうだ。もちろん相応の対策はしているものの、警戒するに越したことはない。この機を狙って偽神の意志が紛れ込んでくる可能性もあるからね。
そんなことを考えながら、俺はナイフを片手に歩く。
(次に寝られるのはいつになるのかな……)
最近は徹夜が多いので、まとまった睡眠を取りたいものである。
まあ、それが永眠とならないように気を付けなければ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
岩肌の目立つ暗い通路。あちこちから響いてくる戦闘音をBGMに、俺は目的の場所を目指す。こうしている間にも無数の命が散っては生き返っているのだろう。方法は違えども、団員と帝国軍はどちらも不死の力を獲得している。さぞ凄惨な殺し合いに発展しているんじゃないかな。
耳を澄ませながら歩いていると、少し先の曲がり角に人影が見えた。
「見送りか? こんな時まで徹底するとはさすがだね」
「本来ならば偽神様に同行したいくらいです」
咄嗟に構えたナイフを下ろし、俺は優雅に礼をするサラに話しかける。
彼女はわざわざ俺に挨拶をするためだけに戦線から抜けてきたようだ。そんな暇があるのなら一人でも多くの帝国軍を仕留めてほしいのだが、本音は一応呑み込んでおく。今更文句を言っても意味はないし、彼女なりの忠誠心を否定するのは良くないだろうからね。
立ち止まるのもなんなので、そのままサラを連れて通路を進む。ある程度会話をして満足したら、現場に戻ってくれると思いたい。
「それで、戦況はどんな感じかな?」
「私の知っている限りでは順調です。そこからも確認できますよ」
俺の問いかけに対し、サラはそっと前方を指差す。
そこは右側の壁の一部が削られ、隣接する大部屋が覗けるようになっていた。先ほどからやけにうるさいと思ったら、そこから音が聞こえていたらしい。
さっそく近付き、室内の様子を覗いてみた。
(んー、いいね。ちゃんと殺れてるじゃないか)
オリハルコンゴーレムが重火器を乱射しながら突進し、帝国軍を蹴散らす。圧倒的な防御力の前では、少々の斬撃や魔法などは掠り傷にすらならない。全身鎧を着た屈強な兵士があっけなく吹き飛ばされていた。
力任せに切り開かれた隙間に身を捻じ込ませるのは、大量のアンデッド。持ち前のタフネスさを駆使して強引に接近し、致命傷を食らえば自爆する。もちろん無抵抗な相手にも容赦なく襲いかかるので、なお性質が悪い。たとえ魔法の嵐が直撃しようとも、彼らは本能のままに歩を進める。俺が見ている間にも、帝国軍の防御陣営を数の力で押し潰そうとしていた。
(あぁ、ここで本隊が切り込むって寸法ね)
そうして帝国軍を弱らせたところで、ようやく団員たちが登場する。
先ほどから遠距離からペチペチと地味な攻撃ばかりしているなと思ったら、この時を待っていたようだ。実に堅実で手際のよいやり方を選んでいる。分身が入れ知恵をしていたおかげかな。
指導の成果が出ていることに内心でほくそ笑む。
銃火器を携えた団員たちは、にじり寄るようにして攻め立てていた。彼らの射撃によって帝国軍は次々と斃れてゆく。ゴーレム、ゾンビと続いて銃火器の一方的な制圧。帝国軍にまともに反撃できる術などあるはずがない。やはりアシュリーさんの主張は揉み消されてしまったみたいだね、かわいそうに。
蹂躙される帝国軍を見下ろしながら、俺は口角を吊り上げた。
「どうやらヘビーペッパーの役目はなさそうですね」
「予備戦力だからそれでいいのさ。使わないに越したことはない」
隣にいたサラの呟きに、俺は淡々と答える。
ヘビーペッパーというのは、俺が作製した殺戮兵器の一つだ。この地下空間の中で比較的広いスペースを持つ階層には必ず設置してある。この大部屋も例外ではなく、血統団陣営の中央に鎮座しているのが確認できた。
ヘビーペッパーの外見を表現するなら、「SFチックな人型ロボット」という言葉が相応しい。無駄な装飾のないスリムなフォルムは実用性を重視したため。こいつ一体だけでオリハルコンゴーレム十数体をスクラップにできる。
要はチート性能の兵器が奥の手に残っているということだ。はてさて、帝国軍はどれだけのヘビーペッパーを稼働させてくれるのやら。
「ファッキン・ファンタジイイィィッ!!」
ダメ押しとばかりに分身も頑張っていた。時々意味不明なことを叫びながら殺戮の限りを尽くしている。
分身ごとに性格の違いが生じるのは知っていたが、俺と同じ姿で奇行を晒すのはやめてほしい。いや、ガンガン殺しまくってくれるのはいいんだけどさ。団員たちが突撃銃を持ったままドン引きしてるから。
微かな頭痛を感じたので、大部屋からそっと目を逸らした。
「……とにかく、私の心配は杞憂で済みそうだな」
他の階層も似た状況に陥っているに違いない。用意した戦力で無事渡り合えているようで何よりである。
俺はサラの方を振り返り、ニヤリと笑った。
「後のことは私にお任せを。偽神様の望む展開へと誘導いたします」
「よし、頼んだ。私はそろそろ行くよ」
「ご武運を」
頭を下げるサラに頷き、俺は再び通路を歩きだす。
血統団の戦闘が上手くいかなかったら計画が頓挫していた。だが、これで心置きなく作業に集中できそうだ。何事も不安要素を取り除くのは大切だと身に染みて学んだよ。
扉を抜けて光源のない通路に足を踏み入れる。
(さぁて、今までの経験の集大成を披露する時かな……)
ナイフを弄びながら、俺は静かに笑う。
帝国軍を撃退し、偽神の意志を殺す。我ながらとんでもないイベントに首を突っ込んでしまったものだ。難易度ベリーハードじゃ済まされないね。
まあ、物事なんてなるようにしかならない。不安がるだけ無駄である。
早くすべてを終わらせて祝杯でもあげよう。
松明の光も届かない闇の中、気が付けば俺は駆けだしていた。
5 宴の始まり
どこか圧迫感を覚える閉鎖空間。
天井を覆う岩盤からは、ぱらぱらと砂塵が落ちてくる。
むせ返るような混戦の最中。
地下深くのとある階層で、俺こと戦闘狂は殺戮を演じていた。
「ほら、もっとかかってこいよ!」
振り下ろされた剣をヌンチャクで弾き、回し蹴りで数人の兵士を薙ぎ払う。蹴りの直撃を食らった奴らは、仲間によって後方へと退避させられた。たぶん医療班のような部隊でも随伴させているのだろう。どのみち皆殺しにされるというのに、なんて無駄なことを。
飛来する魔法を拳で壊しながら、俺は深々と溜息を吐き出した。
(ったく、もっと張り合いのある人間はいないのか……)
初めての実戦だというのに、ちっとも殺し合いの実感が得られない。これは俺にとって由々しき事態である。一方的な殺戮になりすぎて刺激が足りないのだ。
オリジナルの俺には、兵器作製をもう少し自重してほしかった。別にやり方としては間違っていないが、何もここまで悪質なラインナップにする必要はないと思う。たぶんあいつは遠慮というものを知らないんだろうな。
見える範囲だけでも数体のオリハルコンゴーレムが無双している。団員のほとんどは、後方からの射撃に徹するばかり。
もはや作業と表現しても差し支えのない状況だった。
「隙だらけだぞ!」
「お前がな」
真正面から突っ込んできた冒険者風の男を殴り倒し、頸椎を踏み砕く。大きく痙攣した男は、地面にめり込んで息絶えた。
惨状に息を呑む敵対者たちを尻目に、俺は露骨に舌打ちを漏らす。
これも俺を苛立たせる原因の一つだ。偽神討伐に参加した奴らは極めて玉石混淆。数人の団員を相手取って戦える者がいれば、このように愚直な行動しかできない者もいる。
俺はこんなモノを潰すために鍛練を積んできたわけじゃない。いい加減、ふざけるなと癇癪を起こしたくなるのも当然だろう。
早くも血に染まっているヌンチャクを振り回しつつ、俺は短く切り揃えた髪を掻き上げた。
(あっ、忘れてた。一応アレも試してみるか)
ふと使おうとしたまま忘れていた能力を思い出す。
実験する機会がなかったせいでずっと持て余していたんだった。
タイミング的にもちょうどよかったので、すぐにその能力を選択する。
【スキル〈供物の捧げ〉を発動しました】
身体を捻ったり、手足をプラプラと動かしてみたりする。
さっそく使ってみたものの、感覚的には特に変化を感じられない。まあ、スキルの効果は事前に確認してあるのでこうなることは予測していた。
周囲を適当に見回し、実験台になりそうな奴を探す。
「んー、あいつらでいいか」
少し先の地点で、オリハルコンゴーレムと戦っている冒険者の集団を発見した。
かなりの混戦にもかかわらず、彼らは連携を崩すことなく奮闘中のようだ。見れば結構な数のアンデッドやゴーレムの残骸が近くに転がっている。
そこまで把握できたところで、俺は口角を吊り上げた。あまりにも弱い奴が相手だとスキルを確かめづらいだろうし、何より俺自身が殺し合いを楽しめない。彼らなら少しは退屈しのぎになりそうである。
黒いチャイナ服の袖をまくり上げて、俺は堂々と近付いていく。
そして十分な距離を詰めてから、気軽な口調で話しかけた。
「よう、俺も遊びに交ぜてくれよ」
付近の敵を一掃した件の冒険者たちは、殺意と共に俺に視線を向けてくる。ふむ、どれもなかなかの眼光だ。
いい獲物が見つかったことに満足しながら、俺はヌンチャクの鎖を揺らす。
「お前が、偽神だな……」
勘のいい奴が紛れていたらしい。
前列で大剣を握るそいつの呟きに、俺は笑顔で手を振って答える。
「半分正解って感じか。まあ、お前らが気にする必要はないさ」
ここで馬鹿正直に真実を教える義理も暇もない。
さらに警戒心を強める冒険者たちを前に、俺は両腕をだらりと下げる。下手に構えるよりも自然体でいる方が動きやすい。
気分よく口笛を吹きながら、俺は一歩ずつ前に進んだ。
焦らずゆっくりと。相手にプレッシャーを与えていくだけでいい。
そうすればきっと相手から……
「くっ、――〈火球〉ッ」
「おい! 勝手に魔法を……!」
ほら、来た。焦って陣形を乱すチキン野郎が。
冒険者たちの間に微かな動揺が走ったのが見て取れた。
俺は飛来してきた真っ赤な炎の塊を避け、静から動へと全身をシフトする。
目標はもちろん魔法を撃ってきた奴だ。
見覚えある面々の中で新顔が目立った。別動隊に実行させていた人員補充は順調らしい。主に帝都の犯罪組織の構成員を魔術で隷属化したり、ギルドの優秀な冒険者を拉致して洗脳したりと非合法的な手段で集めた人材である。
ただし少数派だが、自らの意思で俺たちと協力関係になった者もいた。前々から帝国に不信感を抱いていた者や、こちらの陣営に付いた方が有益と判断した者など動機は様々だ。
「おっ、あれは……」
無秩序に動く連中の中に懐かしい顔を見つける。エヴァという名の魔術師だ。褐色の肌に扇情的な赤いローブ。武闘大会の予選で出会った、この世界の数少ない知り合いの一人である。彼女もこの戦争に参加していたとは。
何度か殺し合った仲なので、彼女の実力はよく知っている。何とも心強く、同時に何かしでかされそうで不安だね。
エヴァの隣には、シスター服に身を包んだ狂信者・ソフィアさんもいた。彼女もエヴァと同じような経緯で知り合いになった人物である。おかしなセリフを撒き散らしながらモーニングスターで相手を撲殺しまくる姿は、鮮烈な光景として記憶に焼き付いていた。とりあえず面倒そうなので、近付くのはやめておこう。
人数が増えたということもあって、あちこちで怒鳴り声や喧騒が巻き起こっていた。
まあ、気が立ってしまうのも仕方がない。
戦争は明日に迫っているのだから。
部屋の隅のソファで寛ぎつつ、喧騒を何となしに眺める。
(おまけに偽神の意志討伐もあるからね)
岩肌の目立つ天井を仰ぎ、愚痴の代わりに溜息を吐き出す。
血統団のそもそもの目的は偽神の意志を殺し、権能の呪いを解くことである。帝国軍の迎撃は、あくまでもその過程にある障害のようなものだ。
勇者たちに先を越されないようにしなければならない。
帝都下水道の下に広がる血統団の支配領域。蟻の巣のように入り組んだ地形は、迂闊に足を踏み入れれば二度と日を浴びることすら叶わない。
そして、偽神の意志が潜むのはそこからさらに下層となっている。詳細は不明だが、おそらくは最下層で待っているだろうとのこと。この辺りは実にボスらしくて分かりやすいな。
明日の動きを脳内でシミュレートしながら、俺は目を瞑った。
(別に敵討ちってわけじゃないけど……)
歴代の権能保有者の恨みは、俺がきっちりと晴らしてやる。
俺が最後の偽神となり、この連鎖に終止符を打つのだ。帝国を敵に回すことになるので、世間的には大犯罪者では済まない存在となるが、今となってはどうでもいい話である。
いくら「トクメー」が悪名を轟かせようが、「ミササギ」には関係ないのだから。
(まあ、国外逃亡も視野に入れておくか)
派手にやらかすことを考えたら、この国での旅も潮時かもしれない。最初に転生した場所であったというだけで、この国にこだわる理由なんて一切ないし。
どうせなら色々な国の観光なんかもしてみたい。ただひたすら食道楽に徹するというのも面白そうだ。
そうと決まれば、こんな地下で死んではいられないな。
今後の楽しみのためにも頑張らなければ。
俺が気合いを入れ直していると、部屋の入り口付近がにわかに騒ぎ始めた。
「おっ、来たかな」
団員たちが騒然とする中、俺は静かに微笑みを漏らす。
どうやらこの区画に持ち込む予定だった兵器が到着したようだ。
地響きを起こしながら部屋に入ってきた大群を、遠くから眺める。
その光景は、混沌そのものだった。
「おー、邪魔邪魔ー。道開けろー」
「うわっ、このスペース狭くないか?」
「お前らはこっちで待機しとけよー」
まず最初に入室してきたのは、好き勝手に喋る大勢のトクメーたち――俺が権能を使って少しずつ増やした分身体だ。分身体は所有能力を除いた俺の能力を扱うことができ、知識や経験といった部分も継承している。細かな性格の差異や能力の優劣はあるが、非常に便利な駒と言えるだろう。
そんな彼らに続いて、後続の軍団もやってきた。
爆弾を埋め込まれたゾンビとスケルトンの群れ。
人体実験の繰り返しによって強化された子飼いの奴隷たち。
巨大火器を背負った数十体のオリハルコンゴーレム。
禍々しいオーラを放つ魔改造済みの戦闘ヘリや戦車。
全長十メートル超えの殺戮用人型ロボット。
改めて見回してみても、なかなか凄まじいラインナップだ。
俺が感心している間にも、他の兵器が次々と室内へと運び込まれてくる。現在移送されている分はあくまでも一部。全体量と比較すればごく僅かでしかない。団員たちにはこれらを指示通りの場所に配置してもらう。
「うん、いいね」
分身と団員たちの奮闘ぶりを尻目に、腕を組んで頷く。
明日はこいつらがフル稼働で帝国軍を蹂躙する予定だ。もちろん俺や分身、団員たちも目的のために奔走する。
血統団の戦力に対して、あちらさんはどんな反応を見せてくれるのだろう。想像するだけで今から楽しみである。
ロングコートを翻しながら、俺は喉を鳴らして笑った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
いよいよ訪れた宴の日。俺とアンネは、とある部屋で寛いでいた。
テーブルには様々な料理が並べられ、スピーカーから流れる音楽が室内を満たしている。空調が効いているので、地中であることを忘れてしまうほど快適だ。部屋の設備を整えるのに少し手間を掛けた甲斐があったよ。
近くにあった刺身をつまみつつ、俺は存分に体の疲れを癒す。
「あの、偽神サマ……」
くるくるとワークチェアに座りながら回転していると、半ば呆れたような視線をアンネから向けられた。先ほどからソファでそわそわしているのは、緊張感だけが原因ではないようだ。
アンネの内心を察した上でクスクスと笑い、俺はわざととぼけてみせる。
「ん? 何だ」
「団長ならもっと率先して動くべきじゃない?」
そう言ってアンネは室内をぐるりと見回す。四方の壁は無数のモニターで埋め尽くされ、それら一つひとつには地下空間の映像が映し出されていた。武装した団員たちが帝国軍の到来を待つ姿がよく見える。階層によって迎撃方法は異なるものの、どこも準備万端といった様相を呈していた。
(いいね、全体の状況を一望できるのは便利だ)
俺は腕組みをして満足げに頷く。有線でここまで繋げるのは苦労したが、各階層に複数の監視カメラを設置したのは正解だった。接続用のケーブルも魔法金属でコーティングした状態で天井を這わせているので、滅多なことでは壊れない。まさに監視室と呼ぶに相応しい設備をこの部屋は有している。
「他の団員が戦おうっていう時に、偽神サマだけが食事をしているだなんておかしいと思うの。いくらなんでも油断しすぎでしょう?」
俺がこの部屋の有用性について考えている間にも、アンネの主張は続く。
要は「前線で派手に戦うか、ボスらしい佇まいで待機してほしい」そうだ。まったく、細かいことには拘らない性格かと思っていたが、こういうところに関しては几帳面らしいね。いや、もしかするとサラ辺りから秘密裏に指示されているのかもしれない。
アンネの熱弁を聞き流しながら、俺は切り分けたピザを口に運んだ。
「はぁ……偽神サマって本当に自由気ままよね」
「これでもちゃんと構成を考えているのさ。悪いけど団長らしさってやつは、私ではなく分身たちに期待してほしいかな」
溜息を吐き出すアンネに苦笑しながら、俺は再びモニターに視線を移す。
目を凝らせば、ほとんどの映像にトクメーが確認できた。言わずもがな、俺の権能で生み出した分身である。混戦が予想される今回の戦争において、彼らの存在は大きい。分身は数人単位で各階層に分けてあるから、不測の事態が起きようとも上手く対処してくれるはずだ。
頼もしい駒の様子を眺めながら、俺は缶ジュースに手を伸ばす。
「まあ、体裁よりも目的の達成を優先しないとね。これから大変な仕事があるんだから、今のうちに休んでおいて……おっと、敵さんのお出ましみたいだ」
まだ複雑そうな顔をしているアンネを宥めていると、モニターの一つに変化が起きた。
画面端からぞろぞろと帝国軍らしき集団が雪崩れ込んできたのだ。
間髪容れずに放たれた矢や魔法が、血統団側に降り注ぐ。監視カメラのアングル的に全体は見えないものの、相手がかなりの規模で攻めているのは理解できた。なるほど、あれなら細かい連携なんて関係ないだろうからな。即席で集めた冒険者も合わせた先制攻撃としては上出来か。
画面の向こうで始まった戦争を横目に、椅子から立ち上がる。浅層が接敵したのなら、俺もそろそろ動くべきだ。残念ながら怠惰に過ごせるのもここまでらしい。
椅子の背もたれに掛けてあったロングコートを羽織り、アンネの肩を叩く。
「ほら、せっかくの宴なんだ。思う存分に楽しもうぜ」
「そうやって笑える偽神サマが羨ましいわ……」
呆れ返りつつも、準備を整えているアンネは偉いと思う。普段の軽いノリとは裏腹に、なんだかんだで真面目な性格のようだ。
監視室で待機させておく分の分身を生み出してから、俺たちは部屋を後にした。ここからは互いにすべきことがあるので、アンネともお別れである。
「それじゃあ、頑張れよ。くれぐれも例の仕事はしくじらないように」
「任せときなさいって。ちゃちゃっとこなして、戦線に出向いてあげるから」
「へぇ、言うようになったじゃないか」
最後に軽口を言い合い、俺たちはそれぞれ違う通路を進んでいく。
ここからはいつどこが戦場になるか分からない。気を引き締めておかないと、不意を突かれそうだ。もちろん相応の対策はしているものの、警戒するに越したことはない。この機を狙って偽神の意志が紛れ込んでくる可能性もあるからね。
そんなことを考えながら、俺はナイフを片手に歩く。
(次に寝られるのはいつになるのかな……)
最近は徹夜が多いので、まとまった睡眠を取りたいものである。
まあ、それが永眠とならないように気を付けなければ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
岩肌の目立つ暗い通路。あちこちから響いてくる戦闘音をBGMに、俺は目的の場所を目指す。こうしている間にも無数の命が散っては生き返っているのだろう。方法は違えども、団員と帝国軍はどちらも不死の力を獲得している。さぞ凄惨な殺し合いに発展しているんじゃないかな。
耳を澄ませながら歩いていると、少し先の曲がり角に人影が見えた。
「見送りか? こんな時まで徹底するとはさすがだね」
「本来ならば偽神様に同行したいくらいです」
咄嗟に構えたナイフを下ろし、俺は優雅に礼をするサラに話しかける。
彼女はわざわざ俺に挨拶をするためだけに戦線から抜けてきたようだ。そんな暇があるのなら一人でも多くの帝国軍を仕留めてほしいのだが、本音は一応呑み込んでおく。今更文句を言っても意味はないし、彼女なりの忠誠心を否定するのは良くないだろうからね。
立ち止まるのもなんなので、そのままサラを連れて通路を進む。ある程度会話をして満足したら、現場に戻ってくれると思いたい。
「それで、戦況はどんな感じかな?」
「私の知っている限りでは順調です。そこからも確認できますよ」
俺の問いかけに対し、サラはそっと前方を指差す。
そこは右側の壁の一部が削られ、隣接する大部屋が覗けるようになっていた。先ほどからやけにうるさいと思ったら、そこから音が聞こえていたらしい。
さっそく近付き、室内の様子を覗いてみた。
(んー、いいね。ちゃんと殺れてるじゃないか)
オリハルコンゴーレムが重火器を乱射しながら突進し、帝国軍を蹴散らす。圧倒的な防御力の前では、少々の斬撃や魔法などは掠り傷にすらならない。全身鎧を着た屈強な兵士があっけなく吹き飛ばされていた。
力任せに切り開かれた隙間に身を捻じ込ませるのは、大量のアンデッド。持ち前のタフネスさを駆使して強引に接近し、致命傷を食らえば自爆する。もちろん無抵抗な相手にも容赦なく襲いかかるので、なお性質が悪い。たとえ魔法の嵐が直撃しようとも、彼らは本能のままに歩を進める。俺が見ている間にも、帝国軍の防御陣営を数の力で押し潰そうとしていた。
(あぁ、ここで本隊が切り込むって寸法ね)
そうして帝国軍を弱らせたところで、ようやく団員たちが登場する。
先ほどから遠距離からペチペチと地味な攻撃ばかりしているなと思ったら、この時を待っていたようだ。実に堅実で手際のよいやり方を選んでいる。分身が入れ知恵をしていたおかげかな。
指導の成果が出ていることに内心でほくそ笑む。
銃火器を携えた団員たちは、にじり寄るようにして攻め立てていた。彼らの射撃によって帝国軍は次々と斃れてゆく。ゴーレム、ゾンビと続いて銃火器の一方的な制圧。帝国軍にまともに反撃できる術などあるはずがない。やはりアシュリーさんの主張は揉み消されてしまったみたいだね、かわいそうに。
蹂躙される帝国軍を見下ろしながら、俺は口角を吊り上げた。
「どうやらヘビーペッパーの役目はなさそうですね」
「予備戦力だからそれでいいのさ。使わないに越したことはない」
隣にいたサラの呟きに、俺は淡々と答える。
ヘビーペッパーというのは、俺が作製した殺戮兵器の一つだ。この地下空間の中で比較的広いスペースを持つ階層には必ず設置してある。この大部屋も例外ではなく、血統団陣営の中央に鎮座しているのが確認できた。
ヘビーペッパーの外見を表現するなら、「SFチックな人型ロボット」という言葉が相応しい。無駄な装飾のないスリムなフォルムは実用性を重視したため。こいつ一体だけでオリハルコンゴーレム十数体をスクラップにできる。
要はチート性能の兵器が奥の手に残っているということだ。はてさて、帝国軍はどれだけのヘビーペッパーを稼働させてくれるのやら。
「ファッキン・ファンタジイイィィッ!!」
ダメ押しとばかりに分身も頑張っていた。時々意味不明なことを叫びながら殺戮の限りを尽くしている。
分身ごとに性格の違いが生じるのは知っていたが、俺と同じ姿で奇行を晒すのはやめてほしい。いや、ガンガン殺しまくってくれるのはいいんだけどさ。団員たちが突撃銃を持ったままドン引きしてるから。
微かな頭痛を感じたので、大部屋からそっと目を逸らした。
「……とにかく、私の心配は杞憂で済みそうだな」
他の階層も似た状況に陥っているに違いない。用意した戦力で無事渡り合えているようで何よりである。
俺はサラの方を振り返り、ニヤリと笑った。
「後のことは私にお任せを。偽神様の望む展開へと誘導いたします」
「よし、頼んだ。私はそろそろ行くよ」
「ご武運を」
頭を下げるサラに頷き、俺は再び通路を歩きだす。
血統団の戦闘が上手くいかなかったら計画が頓挫していた。だが、これで心置きなく作業に集中できそうだ。何事も不安要素を取り除くのは大切だと身に染みて学んだよ。
扉を抜けて光源のない通路に足を踏み入れる。
(さぁて、今までの経験の集大成を披露する時かな……)
ナイフを弄びながら、俺は静かに笑う。
帝国軍を撃退し、偽神の意志を殺す。我ながらとんでもないイベントに首を突っ込んでしまったものだ。難易度ベリーハードじゃ済まされないね。
まあ、物事なんてなるようにしかならない。不安がるだけ無駄である。
早くすべてを終わらせて祝杯でもあげよう。
松明の光も届かない闇の中、気が付けば俺は駆けだしていた。
5 宴の始まり
どこか圧迫感を覚える閉鎖空間。
天井を覆う岩盤からは、ぱらぱらと砂塵が落ちてくる。
むせ返るような混戦の最中。
地下深くのとある階層で、俺こと戦闘狂は殺戮を演じていた。
「ほら、もっとかかってこいよ!」
振り下ろされた剣をヌンチャクで弾き、回し蹴りで数人の兵士を薙ぎ払う。蹴りの直撃を食らった奴らは、仲間によって後方へと退避させられた。たぶん医療班のような部隊でも随伴させているのだろう。どのみち皆殺しにされるというのに、なんて無駄なことを。
飛来する魔法を拳で壊しながら、俺は深々と溜息を吐き出した。
(ったく、もっと張り合いのある人間はいないのか……)
初めての実戦だというのに、ちっとも殺し合いの実感が得られない。これは俺にとって由々しき事態である。一方的な殺戮になりすぎて刺激が足りないのだ。
オリジナルの俺には、兵器作製をもう少し自重してほしかった。別にやり方としては間違っていないが、何もここまで悪質なラインナップにする必要はないと思う。たぶんあいつは遠慮というものを知らないんだろうな。
見える範囲だけでも数体のオリハルコンゴーレムが無双している。団員のほとんどは、後方からの射撃に徹するばかり。
もはや作業と表現しても差し支えのない状況だった。
「隙だらけだぞ!」
「お前がな」
真正面から突っ込んできた冒険者風の男を殴り倒し、頸椎を踏み砕く。大きく痙攣した男は、地面にめり込んで息絶えた。
惨状に息を呑む敵対者たちを尻目に、俺は露骨に舌打ちを漏らす。
これも俺を苛立たせる原因の一つだ。偽神討伐に参加した奴らは極めて玉石混淆。数人の団員を相手取って戦える者がいれば、このように愚直な行動しかできない者もいる。
俺はこんなモノを潰すために鍛練を積んできたわけじゃない。いい加減、ふざけるなと癇癪を起こしたくなるのも当然だろう。
早くも血に染まっているヌンチャクを振り回しつつ、俺は短く切り揃えた髪を掻き上げた。
(あっ、忘れてた。一応アレも試してみるか)
ふと使おうとしたまま忘れていた能力を思い出す。
実験する機会がなかったせいでずっと持て余していたんだった。
タイミング的にもちょうどよかったので、すぐにその能力を選択する。
【スキル〈供物の捧げ〉を発動しました】
身体を捻ったり、手足をプラプラと動かしてみたりする。
さっそく使ってみたものの、感覚的には特に変化を感じられない。まあ、スキルの効果は事前に確認してあるのでこうなることは予測していた。
周囲を適当に見回し、実験台になりそうな奴を探す。
「んー、あいつらでいいか」
少し先の地点で、オリハルコンゴーレムと戦っている冒険者の集団を発見した。
かなりの混戦にもかかわらず、彼らは連携を崩すことなく奮闘中のようだ。見れば結構な数のアンデッドやゴーレムの残骸が近くに転がっている。
そこまで把握できたところで、俺は口角を吊り上げた。あまりにも弱い奴が相手だとスキルを確かめづらいだろうし、何より俺自身が殺し合いを楽しめない。彼らなら少しは退屈しのぎになりそうである。
黒いチャイナ服の袖をまくり上げて、俺は堂々と近付いていく。
そして十分な距離を詰めてから、気軽な口調で話しかけた。
「よう、俺も遊びに交ぜてくれよ」
付近の敵を一掃した件の冒険者たちは、殺意と共に俺に視線を向けてくる。ふむ、どれもなかなかの眼光だ。
いい獲物が見つかったことに満足しながら、俺はヌンチャクの鎖を揺らす。
「お前が、偽神だな……」
勘のいい奴が紛れていたらしい。
前列で大剣を握るそいつの呟きに、俺は笑顔で手を振って答える。
「半分正解って感じか。まあ、お前らが気にする必要はないさ」
ここで馬鹿正直に真実を教える義理も暇もない。
さらに警戒心を強める冒険者たちを前に、俺は両腕をだらりと下げる。下手に構えるよりも自然体でいる方が動きやすい。
気分よく口笛を吹きながら、俺は一歩ずつ前に進んだ。
焦らずゆっくりと。相手にプレッシャーを与えていくだけでいい。
そうすればきっと相手から……
「くっ、――〈火球〉ッ」
「おい! 勝手に魔法を……!」
ほら、来た。焦って陣形を乱すチキン野郎が。
冒険者たちの間に微かな動揺が走ったのが見て取れた。
俺は飛来してきた真っ赤な炎の塊を避け、静から動へと全身をシフトする。
目標はもちろん魔法を撃ってきた奴だ。
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