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5巻
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しおりを挟む1 探求都市マラリス
午後の暖かな日差しを浴びながら、俺こと陵陵は乗合馬車から降り立った。
激しい揺れのせいで尻が痛い。整備された街道でも、この乗り物は長時間の移動には向いていないようだ。
後に続いてハーフエルフのトエルと、歴戦の戦士アルさんも降りてきた。俺と違って二人は特にリアクションもない。この辺りは慣れの問題なのだろうか。
腰をさすりつつ、俺はぐっと伸びをして言う。
「ふぅ、やっと着いたねー」
探求都市マラリス。
俺たちパーティが、商業都市ブリードの次の目的地として定めた場所だ。
町の外れだというのに、どこも人でごった返している。おまけに種族も多様で、傍目には魔物と区別のつかない者すらいた。ここでは、俺やアルさんのような人族の方が少数派らしい。
それに加えて、武装した人間が多い。おそらくは冒険者や傭兵といった職に就いているのだろう。中にはゴロツキにしか見えない輩までいる始末である。治安の良さは期待できそうにない。
新たな町の様子を観察しながら、俺たちは移動を開始した。
(早くちゃんとした拠点を確保しないとなぁ……)
時折聞こえてくる喧騒に、俺は眉を顰めて苦笑する。今まで見てきた中でも、群を抜いてスリルのありそうな町だ。
以前トエルが仕入れてきてくれた情報によると、ここに勇者一行が来訪してくるらしい。これは、転生者である俺としては見逃せない案件である。
帝都で出会った勇者アシュリーさんのように今回の勇者も俺と同じ日本人だった場合、有益な情報を得られる可能性がある。異世界人に出会う機会なんて滅多にないだろうから、チャンスを逃さないようにしなければ。
尤も勇者に会うという目的を抜きにしても、楽しめそうな町だ。
はてさて、どんな愉快な奴と出会えるのやら。刺激に溢れた日々が送れることを祈ろうか。
そう思案していると、軽く肩を叩かれた。
トエルだ。
彼女が前方を指差しながら告げる。
「あそこの宿屋はどうでしょうか。場所も良さそうですよ」
「ほう、どれどれ……」
そこにあったのは立派な門構えの巨大な建物だった。形状はどことなく日本の旅館の趣に近い。たくさんの冒険者が出入りしており、なかなかの盛況ぶりである。
近くにいた人に尋ねたところ、ここは冒険者ギルドが運営する宿屋らしい。
手続きが煩雑な代わりに、安全性は保障されているのだとか。泊まる場所に困ったら選んでおいて損はないそうだ。冒険者ギルドも隣接しているので、利便性という意味でもいいかもしれない。
他に案もなかったので、この宿屋を利用することにした。幸いにも、ブリードでオークションに参加するために貯めていた金がたっぷりと残っている。その気になれば、長期間だって泊まれるだろう。
とりあえず三人で受付に行き、宿泊手続きをしてもらうことにした。
渡された誓約書にサインをして従業員に返却する。誓約内容を要約すると、館内で揉め事を起こした場合、賠償金を請求するというものだった。冒険者の宿泊客が多いので、そういった措置が取られているのだろう。
その後は、持ち物検査とステータスのチェックを受けた。ここで問題が見つかると泊まらせてもらえないそうだ。
尤も、俺たちパーティにとっては何ら問題ない。トエルとアルさんにやましい事情はないし、俺は見られていいようにステータスをしっかりと偽装してある。さらに、見つかるとまずい物はチート本に収納してあるので、そちらも完璧だ。
三人のチェックが終わったところで、ようやく宿泊を許可してもらえた。
従業員の男が、爽やかな営業スマイルをたたえて礼をする。
「お待たせしました。それではお部屋へ案内させていただきます」
「あ、お願いします」
物腰の柔らかい従業員に従い、俺たちは歩き始めた。ロビーから廊下へ出て、三階の角部屋で足を止める。
振り返った従業員が鍵を渡してきた。
「これがお部屋の鍵です。外出の際は受付に預けてください」
そう言って彼は颯爽と階段を下りて消える。きっと忙しい時間帯なのだろう。丁寧に部屋まで案内してくれただけでもありがたい。
鍵を弄びながら、俺は思わずつぶやく。
「へぇ、随分とレベルが高いねー」
すると、アルさんがいつもの調子で答えた。
「当然だ。冒険者と信頼関係を築くのは、ギルドにとって重要だからな。そこが運営する宿となれば、相応の場所にもなる」
確かに冒険者ギルドは、冒険者がいるからこそ成り立つ組織である。彼らが冒険者を手厚く扱うのは、何ら不思議な話ではない。
ただ、トエルとアルさんによれば、儲からないのでこういったギルド運営の宿屋は少ないそうだ。個人的には、もっと広がってほしいものだと思う。快適に過ごせる拠点は大歓迎だからね。
そんなことを考えつつ、俺は部屋の鍵を開けた。
2 募る期待
部屋に荷物を置いた俺たちは、一旦外出することにした。
ロビーに鍵を預け、意気揚々と町の通りに戻る。
相変わらず冒険者の往来が激しい。どこもかしこも柄の悪い奴らばかりだ。少し遠くでは喧嘩する声も聞こえてくる。期待を裏切らない治安の悪さだな。
早くもうんざりし始めた俺とは対照的に、前を行くトエルは機嫌が良さそうである。
「ミササギさんはどんなお店が見たいですか?」
「そうだね……本屋とか武器屋かな」
話し合った結果、三人で買い物をしようということになっていたのだ。
前の町では俺の単独行動が多かったからね。たまには親睦を深めるのもいいかもしれない。
俺の何気ない返答に、アルさんが反応する。
「ほう、武器屋か。いいじゃないか」
これは話が長くなるパターンだ。直感でそう察した俺は、すかさず言葉を返す。
「殺しに凶器は必要ですからねー。ほら、ちょうどありましたよ。入りましょう」
噂をすればというべきか、すぐ武器屋が見つかった。語り足らず、少し残念そうなアルさんを尻目に、俺はそそくさと店内へと入った。
客のいない店内に所狭しと並べられた武器の数々。商品はどれも手入れが行き届いているようだ。磨き抜かれた鉄の輝きが眩しい。
顎を撫でて店内を眺めていると、快活な声が響いた。
「へいらっしゃい」
使い古された革のエプロンにだぼだぼのズボン。頭にバンダナを巻いた鬼族の女が、机に寄りかかってこちらを見ている。
それにしてもデカい。とにかくデカい。身長は二メートルを優に超していた。がっしりとした体格も相まってすごい迫力だ。たぶんここの店主だろうが、戦いの最前線にいる方がよほどしっくり来る風貌である。
鬼族の店主がニヤリと口角を上げる。僅かに覗く白い牙。笑顔すら怖いよ。
彼女がのそのそと近づいてきて言う。
「どれも自慢の逸品だよ。好きなのを選びな」
脅されるのかと思ったら、普通に歓迎してくれたようだ。
まあ、脅してくるわけなんてないと常識で考えれば分かることだが、こんな見た目の人と対峙したら、身構えてしまうのも仕方ないと思う。
「すごいですよミササギさん! 強そうな武器ばかりですっ」
そんな俺の内心など露知らず、トエルがぐいぐいと袖を引いてくる。そんなに急かさずとも、武器はどこかに逃げたりしないのにね。
それにしてもトエルのような女の子が武器を見てきらきらと目を輝かせているのは、何というか面白いな。彼女の無邪気な姿に少し和む。
「魔法金属を用いたロングソードか。ふむ、炎の宝玉を埋め込んで威力を……」
商品を鑑定する低い声。
アルさんである。とても満足気な顔だ。トエルと違ってリアクションは薄いものの、喜んでいるのが手に取るように分かる。
俺も二人に倣って商品を見て回ることにした。
簡素なハルバードに、凶悪なフォルムのメイス。前面にスパイクを付けた大盾なんて代物まである。珍しい武器が多いのは店主の趣味なのか。
風変わりな品々を眺めつつ、俺はぽつりと呟く。
「ちょっと変わってるけど、強そうな武器ばかりだね……」
「そりゃそうさ。私の実戦経験を活かして、丹念に作り上げているからね」
いつの間にか隣にいた店主が誇らしげに言った。
彼女は棚に置かれた無数の武器を、慈愛に満ちた目で眺めている。結構な美人さんだが、鬼族のビジュアルが強すぎて迫力しか感じられない。
ユニークな店主に愛想笑いを返していると、気になる武器を発見した。
「おー、これはいい」
くの字に湾曲した刃に、ずっしりとした重量感。柄に施された彫金は魔術的な効果を持っているのだろう。
その形状は前世にあったククリナイフそのものであり、試しに握ってみると手によく馴染んだ。
あらゆる武器が扱いやすくなる俺のユニークスキル〈神製の体〉の補正もあるが、ククリナイフ自体が使い手のことを考えて作られているのだろう。
感心する俺に、店主が腕組みを外して笑いかけてくる。
「そこまで気に入ってもらえるとは嬉しいね。どいつもこいつも、この子の良さが分からなくて辟易していたんだ」
「まあ、そうでしょうね……」
彼女の愚痴に、俺は同意を示す。
この世界の冒険者はメジャーな武器を使用する傾向があった。前衛職なら剣や槍、後衛職なら魔法媒体として杖を持つ者が多い。
トエルのようにレイピアという比較的マイナーな武器を使う方が珍しい。様々な武器を扱う俺みたいな人間なんて、かなりの変わり種だった。
普通に考えて、一つの武器の扱いに習熟するのは妥当な判断だと言える。あれこれと手を出したら、器用貧乏になるのがオチだからね。
さらに付け加えるなら、クセのある武器は、大抵修理や手入れが面倒だ。
そういった事情もあり、マイナーな武器が不人気なのは当然の話だったりする。命を預ける武器で奇をてらう必要なんてない。
だからこそ、ここの店に変わった商品が多いことに驚いたのだ。売り上げのことだけを考えるなら、もっと普通の武器を陳列すればいいのに。
俺が首を傾げていると、近くの棚を見ていたアルさんが呟く。
「こんなもので攻撃されると厄介だな……」
彼の視線を追うと、そこには鎖で繋がれた小さな二つの鉄球があった。
両端のそれを振り回して使うのだろうか。扱いづらそうという感想しか出てこない。下手をすれば自滅してしまいそうだ。
しかし、傍らの店主が興奮気味に語ってくる。
「そいつに魔力を流すと、両端の鉄球から重力魔法が発動するんだ。互いに反発し合うから、とんでもない威力の打撃が繰り出せる。ただし、とんだじゃじゃ馬だよ」
とりあえず無茶苦茶な武器だというのはよく分かった。
店主曰く。
閃きのままに作ったが、自身でも上手く操れなかった、とのこと。一体なぜそんな代物を売りに出しているのか。いろいろと理解に苦しむよ。
その後も、風変わりな武器をたくさん見せてもらった。どれもここ以外ではお目にかかれないような物ばかりである。滅多に客が来ないらしく、鬼族の店主もじっくりと解説してくれた。ここにあるものは全て、自身のアイデアを参考に彼女が製作したのだとか。
結局俺は、気に入った武器をいくつか購入することにした。その中にはククリナイフや鉄球二つを鎖で繋げたもの――「重力ボール」も含まれている。この武器の発想自体はいいと思うんだよね。あとは、細かな改良と使い手の慣れでどうとでもなりそうだし。
誰も使いたがらない武器は、逆に言えば、対策を打たれづらい。重力ボールの軌道なんて、そうそう予測できるものではないだろう。
上機嫌な店主に代金を渡した俺は、トエルとアルさんと共に店を後にした。
ちなみに二人は何も購入していない。特に欲しいものがなかったんだってさ。まあ、よほどの物好きでなければ、今使っている武器を使い続ける方が堅実か。
手に入れた新たな凶器のラインナップに、俺は密かに心を躍らせる。
(さて、どこで試そうかなー……)
せっかく購入したからには、実戦で使い心地を確かめたい。幸いにもこの町は治安が悪い。獲物には事欠かないだろう。いやはや、そういう意味では素晴らしい場所だね。
そんなことを考えながら口笛を吹いていたら、トエルが俺を見ていた。
彼女がジト目で言う。
「また物騒なことを考えていましたね?」
「そんなまさか。俺は平和主義者だよ。物騒なんてとんでもない」
「ハァ……」
へらへらと笑って肩を竦めたら、なぜか溜め息を吐かれた。
ちょっとしたジョークを飛ばしただけなのにね。
アルさんも苦笑気味に首を横に振っていた。一番好戦的な人にそんなリアクションをされるのは心外なのだが。少なくとも俺にとやかく言う資格はないと思う。
そんなやり取りをして歩いているうちに古書店を見つけたが、残念ながら欲しいと思える本はなかった。一応、何冊か買っておいたが。
店員曰く、この町では書物の需要がないので品数は揃えていないそうだ。戦闘に用いる魔導書などはそこそこ売れるそうだが、それ以外の普通の書物はさっぱりらしい。
古書店を出た俺たちは、そのまま適当な食堂に入り、人でごった返した店内でなんとか席を確保する。
俺は辺りを見回しながらぼやいた。
「いやー、これはしばらくかかりそうだね」
喧騒に次ぐ喧騒。屋外の席まで埋まっている。凄まじい勢いで増えるオーダーに、店員もてんてこ舞いといった状態だった。
試しに注文したら、声が通らずに無視された。
まあ、これはしばらく待つしかない。
仕方がないので買ったばかりの本を開いて読み始めた。ついでに周囲の会話を盗み聞きすることも忘れない。
【スキル〈並列思考〉を発動しました】
がやがやとうるさいものの、集中すればしっかりと聞こえてくる。
意識を前方の冒険者二人に向けた。
「……で、勇者一行が到着したんだってさ」
「知ってる。美人を侍らせてたよ」
「ったく、羨ましい限りだぜ」
噂の勇者は、すでにこの町へ来ていたらしい。
勇者が現れれば、当然町は騒ぎになるに違いない。買い物中にそのような様子は見られなかったので、きっと離れた場所にいたのだろう。大きな町だからその可能性は十分にあった。
彼らの会話は続く。
「探求都市に来たってことは、迷宮に挑むんだろうな」
「そうじゃなきゃ、この町に来た意味が分からねぇよ。はぁ、迷宮が荒らされる前に小銭でも稼ごうぜ」
話はそれで終わったようで、冒険者たちは席を立ってしまった。せっかく「迷宮」や「勇者」といった気になる単語が出てきたというのに。
俺が盗み聞きに勤しんでいる間に、トエルが店員を呼んでくれた。
忙しさのピークは越えたようで、エプロンを着けた女性が駆けてくる。軽く息の上がった様子を見るに、かなり働き詰めているらしい。きっと休む間もないのだろう。
店員さんに同情しつつ、俺たちはそれぞれ料理を注文した。
食事が到着するまでの間に、今後の予定について二人と話す。
「この町でしたいことって、何かありますかね」
俺の問いに真っ先に答えたのは、アルさんだった。
「町の住人が話していた『生きた迷宮』というのに挑戦してみたいな」
「生きた迷宮……?」
何とも奇妙なワードだ。興味が惹かれる。
俺の内心を察したアルさんが、すぐに詳しく解説をしてくれた。
生きた迷宮というのは、「迷宮」と名が付いているが、分類的には魔物の一種らしい。
ただ、あまりにも巨大な上にまともな自我もないので、ダンジョンとして捉えられているのだとか。
生きた迷宮は、侵入者を食らう。
ダンジョン内に魔物を生成し、侵入者を襲わせて殺すのだ。そうしてできた死体から魔力を養分として吸い取るのだという。
ご丁寧に獲物を誘い込む餌として、宝物も用意しているんだってさ。
そこまで聞いて、俺はふと首を傾げる。
「えっと、その生きた迷宮ってどこにあるんですか?」
トエルが手を挙げて発言した。
「この町の中の至る所に生息しているみたいですよ。道中でもいくつかあったみたいです」
「そうなんだ……気付かなかったな」
ダンジョンの近くを通りかかっていればすぐ気付くと思うのだが、おかしいな。そう思って、情報収集のために、店内の会話に聞き耳を立ててみる。
すると、生きた迷宮はこの町の観光名所兼、資金源となっていることが判明した。
町全体で冒険者へのサポートを充実させ、代わりにお金を落としてもらおうという寸法なのだろう。武具の修理や新調、消耗品や食糧の購入といった諸々を考えると、冒険者目当ての産業はかなり大きい気がする。
そんなことを考えていると、注文した料理がやってきた。
目の前に置かれたスープと焼き魚を見て、俺はひとまず思考を中断する。
「まあ、話は後にしようか」
「料理が冷めちゃいますからね」
「そうだな」
俺の意見に、トエルとアルさんも賛同してくれた。
腹が減っては戦ができぬ。何をするにしても、まずは空腹を満たすのが先決だろう。
味は普通だがボリューミーな食事を腹に詰め込み、ぬるい水をぐいっと呷る。店内は大忙しといった様子だし、さっさと退散した方がよさそうだ。
水のおかわりをもらって俺は言った。
「やっぱさ、アルさんの言ってた生きた迷宮に潜ってみたいよね」
二人も食い気味に頷く。
突然何かに気付いたらしくハッとした表情を見せたトエルが、頬に指を当ててぽつりと呟いた。
「ただ、今日は消耗品の購入と町の散策に充てて、明日から挑戦するべきだと思います」
トエルの意見を採用して、今日は諸々の購入に費やし、明日から生きた迷宮に挑戦することになった。
3 挑戦の始まり
翌日、短時間の睡眠を取った俺は、トエルとアルさんと共に生きた迷宮へ赴く。
その名も「妖精の森」。
町の中心近くにある人気のダンジョンで、誰でも手軽に挑める難易度ということで、ここに決定した。
事前に集めた情報によると、地下三十層からなるフロアで構成されており、バリエーションに富んだ環境が待ち受けているらしい。
この生きた迷宮で生成されるのは、冒険者に害を及ぼす妖精。こいつらは侵入者を魔法で迎撃し、時には持ち物を盗んで妨害してくるのだとか。
なかなか楽しませてくれそうだと期待を膨らませているうちに、目的の迷宮に到着した。
そこにあったのは、巨大なホール。
高さは五階建てくらいだろうか。無骨だが非常に堅牢な印象を受ける。国の中心地である帝都ですら、ここまでしっかりした建造物は稀だろう。
それよりも気になることがある。
俺は、首を傾げて呟いた。
「ここが生きた迷宮……?」
俺たちが建物を見上げている間に、他の冒険者がぞろぞろと迷宮へ入っていっていた。
しかしそこには、戦いの直前特有のピリピリとした雰囲気がないのだ。
むしろ穏やかな会話すら交わされている始末。いくら呑気な連中だとしても、ここまで緩いテンションはおかしいんじゃないだろうか。
俺の疑問に答えてくれたのは、トエルだった。
「ここは冒険者の支援施設ですね。生きた迷宮の真上に建てられているんです。様々な種類のお店が設置されているみたいですよ」
「なるほど。お金をかけてるんだねー」
説明を聞きつつ、その支援施設とやらに入ってみる。
なるほど、見える範囲だけでもたくさんの店が並んでいた。
通りでも見たような消耗品の販売所から、ドロップした素材の換金所。魔法による傷の治療サービスまである。
驚いたことに、転移魔法で他の生きた迷宮への移動も可能らしい。
エントランスにあった案内板を確認してみると、他にも便利そうな店がいくつもあるようだ。さながら冒険者専用のショッピングモールのようである。
これだけ設備が整っているとなれば、ダンジョン攻略をするつもりがなくとも時間は潰せるだろう。
そう感心しながら、人混みを掻き分けて進み、階段を下りていく。
応援ありがとうございます!
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