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3巻

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 1 帝都


 露店の立ち並ぶ通りを、たくさんの人々が行き交う。
 威勢いせいのいい商人が魔道具を宣伝し、その近くを冒険者たちの集団が雑談しながら過ぎ去った。建物の陰には、衛兵の目を盗んで怪しげな取引を行っている者もいた。
 面白そうな光景がいくつも見られた。まさに国の中央として相応ふさわしい活気である。
 晴れ渡る空の下、俺ことみささぎりょう、エルフと獣人のハーフであるトエル、歴戦の戦士アルさんから成る俺たちパーティは、武闘大会本戦に挑むべく帝都の街並みを進んでいた。
 俺は街の喧騒に驚きながら、感嘆の声を漏らす。

「へぇ、なかなかすごいね」
「こんなに賑やかとは思わなかったです……」

 トエルがそう言うのも無理はない。
 この世界の町や村は数えるほどしか訪れていないものの、帝都が特別なのは容易に理解できた。とにかく人が多く、建物が乱立しているのだ。
 城門から直進した位置にあるこの道は、いわゆるメインストリート的な通りなのかもしれないが、それにしたって騒然としすぎだ。
 通りの混み具合に半ば呆れながら、俺たちは歩き続けた。
 俺の前を行くアルさんが、喧騒の理由を解説する。

「武闘大会が開催されているのも、影響していると思うがな」
「なるほど。お金の巡りはよくなりますからねー」

 俺たちが参加する武闘大会は、国内最大のイベントだ。
 それを目当てに、国内外から参加者や観戦客がやって来るらしい。宿泊施設は満室となり、武具や飲食物、土産みやげ物などが瞬く間に売れていく。

(やっぱり単純な娯楽ではないってことかな)

 民衆の息抜きという側面を持ちつつも、経済の活性化といった面もある。この武闘大会はそうした事情もあって継続して開催されているのかもしれない。
 武闘大会を中心にした世の中の回り方に感心しながら、俺たちは適当な軽食屋に入った。
 そして一番の懸念事項を片付けるべく俺が提案する。

「それじゃあ、まずは宿探しから始めますかー」

 それぞれの料理を注文してから、話し合いを始める。
 今の段階だと、武闘大会がどれくらいの期間にわたって開催されるのか分からない。そうなると、寝泊まりできる場所の確保が大事になってくる。ただでさえ帝都には人が多いというのに、武闘大会目当ての来訪者が急激に押し寄せているのだ。呑気のんきに構えていたら、野宿なんて羽目にもなりかねない。
 三人で希望する宿屋の条件を出し合っていると、頼んだ料理がやって来た。白身魚のスープや、切り分けられたステーキ、カリカリに焼かれたパンなど、割高な値段に見合ったボリュームだ。
 話し合いを一旦中断し、各々が料理を堪能たんのうし始めた。

(それにしても、店内の光景が凄まじいな……)

 スパゲッティのような食べ物を口にしながら、さりげなく周囲を観察する。
 店内を埋め尽くすのは、様々な種族の客たちだった。
 トエルのように獣耳けものみみ尻尾しっぽがついただけで他は人間そのままの者もいれば、まるっきりモンスターのような姿をした者もいる。和やかに会話をしていなかったら、魔物と間違えて攻撃してしまいそうだ。
 そんなことを考えつつぼんやりと辺りを見回していると、一人の亜人と目が合ってしまった。

「あ、やばっ」
「………………」

 慌てて視線を逸らすも、その亜人は無言で席を立ってこちらに近付いてくる。
 そいつの全身は青緑色のうろこでビッシリと覆われており、巨大なトカゲといった外見である。身に着けている鎧や背中の剣を見るに冒険者だろうか。
 無意識に凝視してしまったのが、彼の気にさわったのかもしれない。
 爬虫類はちゅうるい的な顔つきからは感情が読み取れず、彼が何を考えているか分からない。が、俺は咄嗟とっさに手元のステーキナイフを手に取った。
 トラブルは、多少強引にでも阻止しなければならない。凶器を手の陰に隠しながら、俺は目の前に立った亜人の男を見上げる。

「何か……?」

 緊迫した空気の中、慎重に問いかけると、亜人の男は静かに口を開いた。

「帝都、初メてなのカ? 良カッたラ、良イ店を紹介すルぞ」

 どうやら俺の警戒心は杞憂きゆうだったらしい。
 独特のイントネーションやアクセントで聞き取りづらかったものの、彼の発言の意味は伝わった。言語が違ってもなんとなく理解できたのは、この〈神製の体〉のおかげなのかもしれない。
 彼に敵意がないことを理解した俺は、笑みをたたえて亜人の男に同じテーブルを勧めた。


【スキル〈言語:緑鱗族りょくりんぞく〉を獲得しました】


 亜人の男と会話しているうちに、妙なスキルを得た。
 効果を確認してみたところ、こいつを発動すれば該当する種族の言葉の理解が容易になるようだ。試しに使ってみると、亜人の男の言葉に紛れていたぎこちない発音がきれいになくなった。この系統のスキルを集めることができれば、異種族との意思疎通も楽になると思う。
 こうして亜人の男と食事と会話を楽しみ、がっちりと握手をしてから別れた。

「いやぁ、いろいろすみませんね。ありがとうございました!」
「これくらい気にすんな! 困ったときはお互い様ってやつさ」

 ダンジョンでエンカウントしてもおかしくないモンスターのような外見だったけど、話してみれば気さくな人だったよ。
 彼は帝都を拠点にしている冒険者だそうで、美味しい食事処や隠れ家的な雑貨店、掘り出し物のある武具店など、お得な情報をたくさん教えてくれた。
 また、この辺りには「衛兵から見放されたスラム街」があるらしい。個人的には非常に気になる所である。これだけの情報が食事をおごっただけで知れたのは幸運だろう。
 彼が教えてくれたことを記載したメモを手に、俺たちは再び通りを進んだ。

「さっきは決まらなかったけど、歩きながら宿だけ決めておこうか」

 俺がそう言うと、トエルが答える。

「そうですね。さっきの緑鱗族の方のイチオシもありますし」

 三人で雑談をしながら、お薦めされた宿屋に向かう。
 多くの冒険者とすれ違ったが、初心者からベテランまで様々な者たちがいた。まあ、これだけ大きな都市なら冒険者の需要なんていくらでもあるんだろうな。
 思考が脱線しているうちに俺たちは宿屋に到着した。

「いらっしゃい」
「三人ですけど、長期間泊まれますかね?」
「あぁ、代金さえ払ってくれれば問題ないよ」

 やけに姉御あねごはだ女将おかみさんにチップを含めた料金を払い、部屋に案内してもらう。
 二階の隅にあるその部屋は、俺たちが悠々ゆうゆうと寝泊まりできるだけの広さだった。あと数人増えても楽々と暮らせそうだね。少し奮発した甲斐かいはあったようである。

「さて、どうしようか」

 そうつぶやいたものの、これといった予定がない。
 しいて言うなら、本戦出場のため明日帝都の門前に集合するくらいか。出場者は、そこで説明を受けるらしい。

「俺は冒険者ギルドで情報収集すべきだと思うな」

 俺がベッドに寝転がって考えていると、アルさんが意見をくれた。
 確かにその通りだ。少なくともここで怠惰たいだに過ごすよりは有意義な気がする。上手くいけば、大会出場者の情報が手に入るかもしれない。
 そうと決まれば話は早い。部屋に荷物を置いて、俺たちは冒険者ギルドに移動した。
 意気揚々と室内に入り、掲示板を確認する。


『野菜畑に出没するきばウサギの討伐』
『近頃目撃された魔族の調査』
『失踪した男爵の目撃証言の収集』


 掲示板には数えきれないほどの紙が貼られていた。目をらすと、その一枚一枚に概要が記載されているのが分かる。
 そうして掲示板をにらむこと数秒。
 俺は無意識のうちに眉をひそめ、舌打ちを漏らしていた。

「ったく、今になって騒ぐわけか……」

 そんな俺にトエルとアルさんが言う。

「あの、これはもしかしてミササギさんの」
「だろうな。ミササギ以外、考えられない」

 三人で顔を見合わせ、掲示板に目を走らせる。


『謎の殲滅者せんめつしゃの調査依頼』

【内容】
 ゲーナの町付近で目撃された殲滅者の調査。
 現時点では正体不明。
 仮に魔物もしくは魔族だった場合、討伐も許可される。

【報酬】
  得られた情報、もしくは討伐の証拠の有無に依存する。

【特筆事項】 
 全身に赤い電流を帯びている。
 対象は大量の魔物を単独で殲滅しているため注意が必要。
 雷と炎の魔法を扱うことが確認されている。

【参加資格】
  メインレベル30以上での受注を推奨すいしょう


 ゲーナの近くで目撃された赤い雷の化け物が危険視されているらしい。なんでも魔物や魔族の可能性があるそうで、その場合は討伐の許可も出ているのだとか。
 そう、俺である。
 謎の殲滅者とは、「朱雷しゅらいモード」になった俺のことを指しているのだろう。
 どうして俺が悪役のような扱いを受けなくてはいけないのか。頑張って町を守ったのに。
 まあ、外見的に異様さが目立つからな。誤解されても仕方ない。きっと護衛クエストで一緒にいた冒険者あたりが吹聴ふいちょうしたに違いない。傍迷惑はためいわくなことをしてくれるものだ。

(はぁ、なんかやる気がせたな……)

 さすがにクエストを受ける気になれず、俺は数分ほどでギルドから出た。アルさんも「ちょうどいいものがなかった」と言って何も受注しなかった。
 しかし、これからは朱雷モードを使えば冒険者にも狙われるかもしれないな。まあ、そのときは相手には覚悟してもらうか。俺に挑んできたことを一生後悔させてやる。

「それじゃ、ここからは自由行動でいいかー」

 ギルドから出ると、俺はそう宣言した。
 やるべきことは終わったのだから、わざわざ三人で動くこともあるまい。
 トエルとアルさんも行きたい場所があるそうで、軽く言葉を交わしてからそれぞれ別の方向へと消えていった。

(さて、どこに行こうかなぁ……)

 明日までは自由時間で、完全な単独行動。武闘大会本戦が始まればのんびりできないだろうから、今のうちに帝都を堪能するつもりだ。
 亜人の男の情報をまとめたメモを眺めながら、俺は人混みを縫うように進んでいった。


【スキル〈回避〉を獲得しました】


 通りをずかずかと歩いてくる冒険者を避けるうちに、新たなスキルを手に入れた。名称の通り、回避率が上昇するらしい。戦闘面で有用そうだ。
 思わぬ収穫に喜んでいると、巨大な建造物に遭遇した。

「へぇ、なかなか立派じゃないか」

 汚れ一つない白亜はくあの壁。その頂点で燦々さんさんと輝く金色のオブジェ。開け放たれた重厚な扉を持つそこは、いわゆる教会と呼ばれる場所だ。
 建物の外観をひと通り観察した俺は、その前を熱心に掃除していた女の子に話しかけてみた。

「あの、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「この中を見せてもらうことってできますか?」
「は、はい、大丈夫です。中の者にも伝えておきます!」

 女の子は慌ただしくそう言うと、パタパタと足音を立てて教会内に入っていった。興味本位で言ってみただけだったが、忙しい時間帯だったかな。だとしたら申し訳ないことをしてしまった。
 頭を掻きつつ、俺は、見るからに神聖そうな建物内に足を踏み入れる。
 すると、入り口側の長椅子に腰かけていたらしき人影から声をかけられた。

「冒険者の方ですね。何かご用でしょうか」

 濃紺のゆったりとしたローブに身を包んだ長身の女性であった。いわゆるシスターと言われる職業だろうか。彼女の柔和にゅうわな笑みに俺は愛想笑いを返す。

「ちょっと覗いてみただけなんですよ」
「そうだったんですか。あ、そうだ……あ、あの、会ったばかりの方にこんなことを頼むのはどうかと思うのですが、あのですね、遺体の、埋葬を手伝ってもらうことって……できないでしょうか」

 シスターは心苦しそうにそう言うと、仰々ぎょうぎょうしく頭を下げてきた。
 突然の、それも埋葬という珍しいお願いに、若干驚きながらも詳しく尋ねてみると、彼女はおずおずと説明してくれた。
 一昨日から遺体の埋葬依頼が急激に増え、人手が足りなくなってしまったらしい。おそらく予選会場から帝都に向かう街道に出現し、殺戮さつりくの限りを尽くしたデュラハンの犠牲者だろう。
 ともかく人を埋葬するというのは重労働である。女性のシスターたちだけでは、手に負えないのも仕方ない。そこで、偶然ここを覗いていた俺に手伝いを頼んだというわけだね。
 俺はロングコートの袖をまくって胸を張る。

「えぇ、いいですよ。ここを訪れたのも何かのご縁ですし」
「ありがとうございます、助かります」

 シスターは、教会の奥の方へと俺を招き入れてくれた。
 俺は並べられた長椅子の間を通り抜け、狭い通路を歩いていく。

「ここは教会の中庭。遺体安置所になっています」

 案内されて到着したのは、広々とした空間だった。
 き出しの地面は柔らかく、最近掘り返したような跡がある。鉄柵に囲われているものの、外からでも全体が見えるようになっていた。
 積み上げられた木製の棺桶の山を眺めながら、俺はデュラハンのもたらした被害の甚大じんだいさ、そして、これからやらなきゃいけない作業量に驚いていた。

「はぁ、結構大変そうですね」
「遺体には聖水を振りかけて、ひとまずの処置はしてあります。ですが、早くとむらわなければ……」

 沈鬱ちんうつ面持おももちでシスターが呟く。
 遺体を放置したままにしておくと、アンデッド化してしまうらしい。俺は何気なにげに死体を回収し続けていたが、割と重要なことだったのかもしれない。彼女の話によると、中庭の土には様々な工夫がほどこされているので、ここに埋めておけば遺体はアンデッド化しないそうだ。
 かくして俺は、遺体の埋葬に励むことになった。
 渡された道具では効率が悪かったので、こっそりと軍用シャベルを引用して使う。これにより作業はスムーズに進んでくれた。並べられた棺桶の数だけ、地面に長方形の穴を空け続けていく。


【スキル〈採掘〉を獲得しました】


 人数分の穴が完成した頃、新規スキルを手に入れた。その名の通り採掘の技量が上がるそうなのだが、効果が地味すぎはしないだろうか。どういった場面で使えばいいのだろう。軍用シャベルを肩に担ぎ、俺は首を傾げて嘆息する。
 その後も、シスターの指示に従って次々に埋葬した。
 俺が埋葬している間、シスターは目をつむって祈りを捧げていた。優しく微笑む姿は、本当の聖母のようで、見ているだけで敬虔けいけんな気持ちにさえなった。同じ聖職者でも、どっかの電波さんとは大違いである。
 目を開けたシスターが、俺にそっと告げる。

「では、最後の仕上げになります。あなたも一緒に祈りましょう」

 この世界での正しい祈り方なんて分からないので、シスターの真似をしてみた。


【スキル〈祈念きねん〉〈死体処理〉を獲得しました】


 なんだか妙なスキルを二つ手に入れた。
〈祈念〉は先ほどの〈採掘〉よりも、さらに使いどころはなさそうだ。しかし、死体の加工や扱いが上手くなるという〈死体処理〉は、面白そうな能力である。まあ、どちらも役立つ日が来るのを祈っておこう。
 俺が祈り終えるのを見届け、シスターがうやうやしく礼を言う。

「これで埋葬は終了です。本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえ、俺が勝手に訪問したんですから気にしなくていいですよ」

 使えなさそうだとはいえ、この短時間で変わったスキルが三つも獲得できたのだ。俺は信心深くないのだが、たまにはこうしたボランティアに参加するのも悪くないなと思った。
 すずめの涙ほどの報酬をもらい、俺は教会を後にする。

「さて、次はどこに行こうかなー」

 まだまだ時間はたっぷりとある。
 宿屋に帰るまで気の済むまで遊び倒したい。何か面白そうな場所はないかと、俺は昼下がりの帝都をのんびりと彷徨さまようのだった。




 2 笑う男


 ここは、通りから外れた路地に面する飲み屋である。
 雑然とした店内には至る所に酒樽が積まれ、芳醇ほうじゅんな香りが鼻孔をくすぐる。隠れ家と称されるのも納得のおもむきだ。
 客もまばらな店の隅、俺は一人、あおっていた。
 酒ではなく果実水なのは、灰色のオールバックが良く似合うマスターが、かたくなに酒を飲ませてくれなかったためである。まあ、仕方ない。そもそも俺は未成年だし。
 数種のつまみを口にして、俺が大人しくくつろいでいると……

「隣、いいですか?」

 背後から、優しげな声で話しかけられた。
 振り向くと、見覚えるある男が立っていた。彼は胡散臭うさんくさい笑みを浮かべて、俺の様子をうかがっている。

「あなたは……」
「いやー、予選お疲れ様でした。楽しませてもらいましたよ」

 そう言って男は優雅な一礼を披露した。随分と慇懃いんぎんな態度だな。俺が何も言わないでいると、すっと俺の隣の席に腰を下ろす。
 武闘大会予選で司会をしていた男である。激闘に次ぐ激闘の中にあって、終始にこやかに進行していた彼のことは、妙に記憶に残っていた。
 しかし何の用だろうか。彼にこんなふうに馴れ馴れしく話しかけられる心当たりなんてないのだが。
 俺が怪しんでいるのを察したのか、司会の男が口を開く。

「ここ、僕の行きつけなんですよ。それはさておき……どうでしたか、予選は?」

 自分でグラスにワインを注ぎながら、男は世間話でもするように軽く切り出した。その瞳にはこちらの出方を探っているような、用心深い気配がちらついていたが。
 彼の意図が掴めない。
 俺は、月並みな返しで茶を濁すことにした。

「大変でしたよ。運が良かったです」
「ほう、運が良かったと。そうですか。あれだけ大暴れした方の発言とは思えませんね」
「――――っ!」

 俺は、反射的にふところのナイフに手をやった。
 脅したり、余計なことを吹聴したりするつもりなら、こいつを殺してやろう。そのときはこの店の人間も巻添えにして皆殺しだ。飲み屋ごと盛大に燃やしてやる。
 そこまで考えたところで、司会の男が手で制してきた。

「おっと、怖い顔をしないでください。僕はあなたに迷惑をかけるつもりはないんですから。そうだ、あなたに、一つ面白い提案があるんです。きっと気に入るはずです」

 俺はナイフから手を離し、果実水で喉をうるおした。

「……聞きましょうか」

 ひとまず軽率な動きはひかえた方が良さそうだ。その気になればいつでも殺せるのだ。今は俺の〈直感〉が、彼を生かしておくべきだと告げていた。
 殺意を霧散むさんさせると、俺は視線で話の続きを促す。
 男は笑みを浮かべて頷くと、ワインを飲み干して立ち上がった。

「しかし、ここでは少々具合が悪い。歩きながらお話ししましょう」
「俺は全然構わないですよ。これからどうしようか迷っていたところなので」

 目の前にいる男なら、このどうしようもない退屈を解消してくれそうだ。
 俺は飲み屋のマスターに代金を払うと、司会の男と共に店を出た。慣れた様子で進む男の後について、人通りの少ない路地へと入っていく。
 男が、振り向くことなく俺に言う。

「予選三回戦では、大変ご苦労をかけました。おかげで被害の拡大が防げました」
「デュラハンのこと、ですよね?」
「えぇ、部下から報告をもらいましてね。正直、あのような魔物が紛れ込んでいようとは、まったく想定外でした……」

 道すがら、武闘大会予選で起きたことについて話した。
 あの壮絶な出来事の連続だった予選は、そうそう忘れられない。最後に現れたデュラハンには、絶体絶命のピンチにまで追い込まれたからな。
 なお、デュラハンの出現は、運営側にとって不測の事態だったらしい。秘密裏に討伐隊まで組まれており、俺が奴を殺していなければ、早急に出動していたそうな。
 そういうことならもう少し早く動いてくれればよかったのに。討伐隊が出れば、俺が無駄に苦労する必要もなかったのではと感じる。

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