弁当 in the『マ゛ンバ』

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その思い、歌にのせて

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「うんうん! 受験勉強を頑張っているひーちゃんには、やはりご褒美が必要だよね。お喜びください! 『ご褒美を出そう法案』が先程、可決されました。しかも満場一致まんじょういっちです!」

 高校三年生となり、受験も追い込みとなった十二月の夕方。
 三者面談を終わらせた私へと、あやしげな法案成立のお知らせが隣から伝えられた。

「……それはおめでとうございます。現状において私とお母さんの二人で、どう満場が一致したのか疑問だけど」
「だって、私の脳内会議での法案だから。あ、でも確かにひーちゃんが賛成してくれなきゃ、……ふぅ。満場一致じゃないね。非満場一致に訂正いたします~!……ふぅ~」

 会話の合間に入る母の呼吸音は、ちょっと苦しそうだ。

 丘陵地帯にある私達の町は坂が多い。
 最寄りのバス停から家へ帰るために、私と母は二人で並びながら坂道を歩いていた。
 そんな私達を後ろから追い越すように、落ち葉を踊らせながら風が吹き抜けていく。

 通学のために毎日ここを歩く私と違い、学校行事がなければ母はこの道を通ることはない。
 そんな彼女には、この長い坂を登るのはなかなか大変そうだ。
 ポケットにあるヘアゴムを出すふりをして、私はゆっくりと歩き始める。
 その行動の意図いとに気づいたのだろう。
 母は「あっ!」と小さく呟くと、不満げに口をとがらせた。

「大丈夫だよ! フーフー言っているのは、呼吸が苦しいからではなくて……。その、息を吹きかけてるだけだから」

 予想外な言葉に横を見れば、自分の手袋に向かい、フーフーと息を吹きかけている母の姿がみえる。

「じゃあ、なんで手袋しているのに、息を吹きかけているの?」
「えー、だって指先が寒いから。だからあったかい息を掛けて指先に熱を回復してるんです~」

 かしこいでしょ? と言わんばかりの顔で母は見つめてきた。

「でもさ。それって吐いた息の水蒸気が付いて、むしろ冷えてくるんじゃない?」
 
 おりしも吹きつけるのは、容赦なく冷たい風。
 それにより、彼女の指先の体温は奪われつつあるようだ。
 あわててコートのポケットに手を差し込んだ母は、涙目になっている。

 ――うん、今日もこの人は残念だ。
 私のため息は、白く空にのぼって消えた。

「それでね。大学の進路も順調に決まりつつあることをお祝いしまして。今日の夕飯は外で食べましょう! お店はもう決めちゃいました」
「あ、そう。別に私はどこでもいいよ」
「つ、つれない。そこは『え、どこに決めたの? 教えて!』という母子の会話がなされる流れだよ! 仕方ないなぁ。ここはクイズ方式にて、店のヒントを差し上げましょう」

 にやりと笑うと、母は突然に歌いだす。

「♪ふっふふ~ん! 焼くぜ焼くぜ~、その身を焦が……」
「ちょっと待って! 何、その食欲を根こそぎ奪おうとする歌は! あと、なんで歌う必要があるの!」

 私がまくし立てるのを、きょとんとして母が見つめてくる。

「いや、クイズって楽しい方がいいかなぁって」

 確かに、歌い主はとても楽しそうだ。

「それでは続けま~す。♪焼けろよ鳥~、どうして焼き鳥はあるのにぃ~、焼き牛って無いのぉ~」
「……それは、焼肉と呼ぶからだよ。そしてお店は、焼き鳥屋さんなのね」
「正解です! ちなみに『合格をとりにいく』というゲン担ぎも兼ねてま~す! というわけで今日は『鳥日和とりびより』で晩ごはんです!」

 母の言葉に、香ばしくタレが絡んだ、焼き鳥の串が頭に浮かぶ。

「私、先に行って席を取っておくね。ひーちゃんは着替えて追いかけてきて~」

 誰のゲン担ぎだか忘れている母は、子供のように駆け出していった。
 そんな彼女の後を追いかけるように吹く風を背中に感じながら、私はゆっくりと家へと帰っていく。
 私服に着替え、コートをはおり店へと向かう。
 きっと母は、私が来るまでに我慢が出来ずに先に食べ始めているに違いない。
 さて、その時の言い訳は何というのだろうな。

 こぼれた笑いを心地よく感じながら、店の扉を開き母を探す。
 熱い焼き鳥にふうふう息を吹きかけ頬張っていた母は、私を見つけた途端、バツの悪そうな顔をむけてきた。
 持っている串と、私を交互に見ている姿に思わず吹き出してしまう。
 それを見た母は、同じように笑うと、自分の隣の席を嬉しそうに指差すのだった。
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