クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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真実はすぐそばに(7)

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 翌日、いつもより早く家を出た。会社の自分の席でシロ先輩を待つ。心臓の鼓動は、緊張のせいか普段よりも早い。

 やがて、いつものようにシロ先輩がやってきた。

「お、クロ。早いな」

 私は、深呼吸をする。そして、ゆっくりと口を開いた。震えそうになる声をなんとか抑えながら言う。

「シロ先輩、お話があります。今日、お時間ありますか?」

 シロ先輩は不思議そうに私を見つめる。それから、何かを察したように、ああと肯いた。シロ先輩は自分のデスクに着くと、パソコンを起動させた。私は、シロ先輩の方を見つめたまま動かない。シロ先輩の視線は、モニターに向けられている。私からは、彼の横顔が見えるだけだ。しばらくしてシロ先輩は、いつもと同じ落ち着いた口調で言う。

「じゃあ、昼飯外に行くか。少し遅くなるけどいいか? そのまま外回りの予定にしよう」

 私は大きく息を吸って、「はい」と答えた。私の返事を受けて、シロ先輩は課で共有している予定表の内容を書き換える。私とシロ先輩の午後の予定は揃って外回りとなった。

 シロ先輩は、相変わらず落ち着いているように見える。でも、私は知っている。彼が動揺している時ほど、落ち着き払っていることを。私もそんなポーカーフェイスを身に付けたいと思うけれど、なかなか上手くいかない。緊張で強張った頬を手で揉みほぐしながら、ふぅと息を吐く。

 シロ先輩がキーボードを叩く音が聞こえる。カタカタという音を聞きながら、私はぼんやりと、隣の席のシロ先輩の手を見る。シロ先輩の大きな手。シロ先輩の指先。シロ先輩の肩。シロ先輩の横顔を眺める。

 シロ先輩が仕事モードの顔になっている。そんなシロ先輩を見ていると、私だけが、こんなにもドキドキしていることが悔しくなってきた。だからと言って、シロ先輩も同じ気持ちになれなんてことは言わないし、言えないけれど、やっぱりちょっとだけ悔しくて、少し恨めしい。

 そんなことを考えていたら、いつの間にかシロ先輩がこちらを向いていて、私を見ていた。私がシロ先輩に見惚れていたことがバレた気がして、ドキッとする。

 シロ先輩が、声を硬くして言う。

「ぼーっとしてないで、午前中にやること片付けとけよ」

 仕事モードのシロ先輩の目がじっと私の目を捉える。私は慌てて、「はい」と答えると、急いで机の上に書類を広げ目を落とした。今すぐにでもシロ先輩に話を聞きたい衝動に何度も駆られるが、グッと我慢して目の前の仕事に集中する。
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