クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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去り行く背中を追いかける(2)

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「お前、それ、わざと?」

 シロ先輩が呟いた。質問の意味が分からず首を傾げると、シロ先輩が私の腕を取ってグイッと私の体を引き寄せた。次の瞬間、私はシロ先輩の腕の中に収まっていた。シロ先輩の顔が目の前にある。シロ先輩の吐息が顔にかかる。私を見つめるシロ先輩の瞳が揺れているのが分かる。

 その瞳に吸い寄せられるように私は、ゆっくりとシロ先輩に顔を近づけた。唇が触れ合いそうになった時、シロ先輩が私から顔を逸らした。そして、囁いた。

「ちょっと待て。クロ」

 私は、ハッとした。自分がしようとしていたことに気がつき、どうしたらいいのか分からなくて、シロ先輩の顔を見られない。そのままするりとシロ先輩の腕の中から抜け出ると、私は逃げるように走り出した。

 シロ先輩の制止の声を振り切って走る。心臓が激しく脈打っている。

(私は、今、何をしようとした?)

 自分のしたことが理解できない。いや、本当は分かっている。でも、認めたくない。認められない。勢いであんな事をしてしまって、これからどんな顔をしてシロ先輩に会えばいいのか分からない。

 後悔がグルグルと頭の中を巡る中、無我夢中で走っていると、背後からガシリと腕を掴まれた。まさかと思って振り返ると、そこには肩で息をするシロ先輩がいた。

(追ってきた!)

 予想外の事態に頭が混乱する。

 捕まってしまったと無意識にそう思った瞬間、私は観念した。このまま逃げても仕方がない。そう覚悟を決めて立ち止まったけれど、顔を上げる勇気はなくて、そのまま俯く。そんな私の腕を掴んだまま、シロ先輩が大きなため息を漏らした。

 私はゴクリと唾を飲む。シロ先輩のため息の意味を知るのが怖い。緊張しながらシロ先輩の言葉を待つ。どんな罵倒だって甘んじて受け入れるしかない。そう思い身構えていると、頭上から降ってきた声は意外にも優しいものだった。

「お前さ、アレ、どういう意味?」

 恐るおそる顔を上げてみると、シロ先輩は苦笑いを浮かべていた。ホッとして力が抜ける。と同時に、今度は羞恥心が襲ってくる。穴があったら入りたい。

 私が何も言わず視線を彷徨わせていると、シロ先輩がまた大きく息を吐き出す音がする。

「なあ、何とか言えよ」

 催促されて、私は小さな声で答える。

「ごめんなさい」

 消えいりそうな声をようやく絞り出すと、シロ先輩に遮られる。

「違う。そういうことじゃない」

 シロ先輩が真剣な表情でじっと私の目を見つめる。視線が逸らせない。
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