クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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むかし歩いた道(8)

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「でも、史郎さんがあなたのお仕事の先輩だなんて、本当に何かご縁があるのかしらね」

 しみじみと呟く母の言葉に、私はチラッとシロ先輩を見た。すると、ばちりと目が合った。途端に心臓が跳ねる。私は、慌てて目を逸らした。シロ先輩の顔がまともに見られない。

 その後も、おしゃべりな母の相手をシロ先輩は嫌な顔もせずにしてくれた。何となく手持ち無沙汰になった私は、母が用意してくれた菓子をポリポリとかじりながら二人を眺める。

 シロ先輩は案外、うちの家族と相性が良いのかもしれない。ぼんやりとそんなことを思い、何を考えているんだと、一人赤面する。

 調子良く母がお茶のお代わりを勧めるうちに、あっと言う間に時間は過ぎていった。シロ先輩が帰ると言った時には、母はかなり名残惜しそうな顔をしていた。

 シロ先輩を送るため玄関へ行く。靴を履いて振り返ったシロ先輩に続いて靴を履こうとしたところでバランスを崩した私は、思いがけずシロ先輩の腕の中に倒れ込む。「あらぁ」と母の華やいだ声が聞こえたけど、恥ずかしすぎて、勝手にはしゃいでいる母を制する余裕がない。

 どうしたらいいのか分からないまま、シロ先輩の腕の中からそっと目線を上げると、至近距離でシロ先輩と見つめ合う形になった。シロ先輩は、じっと私を見つめている。

「大丈夫か?」

 心配そうな声で尋ねられ、私は慌ててコクコクとうなずく。すると、シロ先輩の手が優しく背中を支えてくれた。ドキドキしながらも、心地良さにうっとりしていると、背後から母の声がかかる。

「ごめんなさいね、史郎さん。そそっかしい子で。これからもよろしくお願いしますね」

 シロ先輩は私の身体を支えてくれていた腕を離すと、ゆっくりと母の方へ向き直った。

「はい」

 シロ先輩は深々とお辞儀をして我が家を後にした。シロ先輩と並び歩きながら、私の耳にはシロ先輩の短い返事がいつまでもこだましていた。

 短い一言に私の心は乱される。どこをどう歩いたのか全然分からない。それでも歩き慣れた道だから、足は自然に動き、気がつくとあの神社に来ていた。

 もう日が落ちかけていて、空には夕焼けが広がっている。赤く染まった鳥居の前で立ち止まったシロ先輩が、私の方を振り返った。鳥居を抜けた夕陽がシロ先輩の横顔を照らしている。

 私は息を飲んだ。歩き慣れた道を歩いてきたはずなのに、まるで別の場所みたいだ。世界が輝いて見える。その中でシロ先輩が一際鮮やかに光を放っていた。
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