クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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むかし歩いた道(5)

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 私は少し考える。特に予定もなくブラブラとしていただけなので、これといって目的はない。

 だからと言って、このままシロ先輩と別れてしまうのは惜しい気がした。仕事で毎日会っているのにそんなことを思うなんて、私の気持ちは自分で思っていた以上に重症らしい。

 どうしたものかと迷っていたら、しびれを切らしたのか、シロ先輩の方から口を開いた。

「この辺って、カフェとかねぇの?」

 そうか。その手があったかと、私の頬が思わず緩む。しかし、それはそれで問題であることに思い至る。

(でも、シロ先輩をどこに連れて行けばいい?)

 この辺りにはカフェと呼べるような場所はない。昔からある喫茶店は少し歩けばあるが、そこは近所の主婦の憩いの場所となっているようなところで、デートをする雰囲気ではない。それに、もしも、近所の人にシロ先輩と一緒にいるところを見られたりしたら、近所でどのような噂が飛び交うか、わかったものではない。そう思うと不安がよぎる。

 グルグルと考え込んだ末に、私はとんでもないことを口走っていた。

「あ、あの。シロ先輩が良ければ、うちへ来ませんか?」

 言ってから、自分の発言にハッとする。

(しまった! 私、何言ってんの?!)

 自分の迂闊さに頭を抱えたくなった。いくら何でも、いきなり実家に誘うなんて、引かれてもおかしくない。恐るおそるシロ先輩の様子を窺うと、これでもかと言うほどに目を見開いて固まっていた。シロ先輩の反応を見て、私は慌てて言い訳を口にする。

「いや、あの。この辺りってカフェとか無いんですよ。なので、お茶をするなら家しかないかなぁと思って……。あ、でも、シロ先輩にも予定がありますよね? 何かの用事でこの辺りへ来たって言ってましたし……」

 あたふたと言い募る私の言葉を遮ったのは、プッと吹き出したシロ先輩の笑い声だった。一体どうして笑われているのかと、困惑しながらシロ先輩を見ると、おかしさを堪え切れないといった様子で肩を震わせている。

 ひとしきり笑った後、ようやく落ち着いたシロ先輩は、まだ収まらない笑みを浮かべたまま私を見た。それから、フッと表情を和らげると、優しい声で言った。

「ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、シロ先輩は私から少し離れ、ポケットからスマホを取り出した。どこかへ電話をかけ始めたシロ先輩の後ろ姿をぼんやりと見つめながら待っていると、程なくして電話を終えたシロ先輩が戻ってきた。

「さ、お前んちに行こうぜ」
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