クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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卒業すんなよ(8)

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 往来する人の流れをつい目で追っていると、母親に手を引かれている小学生くらいの女の子のポシェットに目が止まる。

 彼女の肩から提げられたそれからは、小さなぬいぐるみがちょこんと顔を覗かせていた。

 その光景に頬を緩ませつつ、私は大切な思い出の一端を引き出す。

「ずっと以前にも、シロ先輩と似たような言葉をくれた人がいるんですよ。その時も、今みたいに励まされました」

 笑顔で語る私に、シロ先輩は少し期待を込めた目を向けてくる。

「もしかして、そいつも、あのマンガが好きだったとかっていう話か?」

 そんなシロ先輩に、私はまたまた苦笑いを返す事になった。

「あ~。それはどうですかね? ボクって言ってたし、たぶん同年代くらいの男の子だと思うので、もしかしたら、読んでいたかも知れないですね」
「知り合いじゃないのか?」

 私の曖昧な答えに、シロ先輩は不思議そうな顔になる。

「知り合いというか、ちょっと変わった文通相手なんです。直接会ったことは一度もなくて……」
「ふ~ん。そいつとも、卒業以来、疎遠になったのか?」
「いえ、その子とは、小学生の頃の一時期、手紙のやりとりみたいな事をしていただけで、ほとんど交流はなかったんですよ」
「それでも、そいつはクロの中に残ってるんだな?」
「え? まぁ、そうですね」

 シロ先輩の言葉に私が頷くと、先輩は、満足そうな、でもどこか不満気な顔を見せる。

「ほら。卒業したって、大人になったって、クロが必要だと思った縁は、お前の中に残ってるじゃないか」
「え?」
「お前が疎遠になったって言ってる奴らを思い浮かべてみろ。そいつらの中に、クロが大切だと思える思い出はあるのか?」
「う~ん。正直、あまり……」

 眉根を寄せて答える私に、シロ先輩は、呆れたような声を出す。

「なんだよ。それじゃ、お前の中でとっくに答えは出てるじゃないか。悩むこと無かったな」
「え?」

 シロ先輩は、ビシリと言い放つと、腕時計をチラリと確認する。

「そろそろ時間だ。もう食べないなら、行くぞ」
「ああ、はい」

 先輩の言葉に、慌てて荷物を手にして立ち上がろうとした矢先、シロ先輩がボソリと言葉を落とした。

「ってか、俺からは、卒業すんなよ」
「えっ?」

 シロ先輩の言葉は、不意にワッと湧き上がった女子高生達の笑い声にのまれて、あっという間に消えてしまった。

 一足先に伝票を手に席を立ったシロ先輩を急いで追いかける。

「先輩。なんて言ったんですか?」
「……なんでもねぇよ」
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