10 / 155
クロとシロ(10)
しおりを挟む
「なんか失くしたみたいで。同じのが売ってなかったんで別のにしてみたんですけど……変ですかね?」
「うーん……」
シロ先輩は少し考えるような仕草を見せた後、ボソリと言った。
「いや、似合ってると思うぞ」
その一言に、私は目を見張る。これまで何度となくリップを変えてきたけれど、今まで一度もシロ先輩から褒められたことなどなかった。それどころか、いつも私をからかってばかりの人なのだ。そんな先輩からのストレートな褒め言葉だから、すごく嬉しかったし、なんだか照れ臭かった。
私は思わずニヤけそうになる顔を必死に抑える。
「ありがとうございます。でも、そんなにジロジロ見ないでくださいよ。私、そんなにいい女ですかぁ?」
「はぁ? 何言ってんだお前。別に見てねえよ!」
シロ先輩はぶっきらぼうに言うと、そっぽを向いてしまった。
私がその様子をおかしそうに見ていると、彼は大きなため息をついた。それから、ゆっくりと視線をこちらに向けると、困ったように眉尻を下げた。
「お前さあ、無理すんなって」
「えっ……?」
突然の言葉に動揺する私を見て、シロ先輩は苦笑いを浮かべる。
「俺が会社を辞めるかもって話したときから、ずっと暗い顔してるだろ? まあ、こんな言い方したら怒るかもしんねーけど、俺は結構嬉しいんだよ。だって少なくとも、クロには必要とされてるってことだろ?」
私は小さく首を縦に振った。その通りだったからだ。
「当たり前じゃないですか! 私は……」
「なら、それで十分だ。お前はもう十分一人前だと思うけど、それでもクロが必要だって言うなら、俺は、もうしばらく仕事続けるよ」
シロ先輩はそう言って私の頭をポンと叩いた。それから、優しい眼差しでこちらを見る。
「辞めるのはいつでもできるけど、今すぐに辞めたら、後悔するような気がすんだよ」
「シロ先輩……」
シロ先輩は優しく笑った。
「ほら、早く帰ろうぜ」
駅へ向かって再び歩き出したシロ先輩の背中が、いつもより大きく見える。
いつか私たちは別々の岐路に立つかも知れない。でも、それは今すぐのことじゃない。だったら、それまでに私はもっと大人になろう。
気持ちを切り替えるように、小さく深呼吸をした。それから、シロ先輩を追いかけて走り出す。追いつくと、隣を並んで歩いた。
いつも先輩の背中を見ていると思っていたけど、本当はいつの間にか並んで歩けるようになっていたんだな。
先輩の横顔を見つめながら、私はそんなことを思った。
「うーん……」
シロ先輩は少し考えるような仕草を見せた後、ボソリと言った。
「いや、似合ってると思うぞ」
その一言に、私は目を見張る。これまで何度となくリップを変えてきたけれど、今まで一度もシロ先輩から褒められたことなどなかった。それどころか、いつも私をからかってばかりの人なのだ。そんな先輩からのストレートな褒め言葉だから、すごく嬉しかったし、なんだか照れ臭かった。
私は思わずニヤけそうになる顔を必死に抑える。
「ありがとうございます。でも、そんなにジロジロ見ないでくださいよ。私、そんなにいい女ですかぁ?」
「はぁ? 何言ってんだお前。別に見てねえよ!」
シロ先輩はぶっきらぼうに言うと、そっぽを向いてしまった。
私がその様子をおかしそうに見ていると、彼は大きなため息をついた。それから、ゆっくりと視線をこちらに向けると、困ったように眉尻を下げた。
「お前さあ、無理すんなって」
「えっ……?」
突然の言葉に動揺する私を見て、シロ先輩は苦笑いを浮かべる。
「俺が会社を辞めるかもって話したときから、ずっと暗い顔してるだろ? まあ、こんな言い方したら怒るかもしんねーけど、俺は結構嬉しいんだよ。だって少なくとも、クロには必要とされてるってことだろ?」
私は小さく首を縦に振った。その通りだったからだ。
「当たり前じゃないですか! 私は……」
「なら、それで十分だ。お前はもう十分一人前だと思うけど、それでもクロが必要だって言うなら、俺は、もうしばらく仕事続けるよ」
シロ先輩はそう言って私の頭をポンと叩いた。それから、優しい眼差しでこちらを見る。
「辞めるのはいつでもできるけど、今すぐに辞めたら、後悔するような気がすんだよ」
「シロ先輩……」
シロ先輩は優しく笑った。
「ほら、早く帰ろうぜ」
駅へ向かって再び歩き出したシロ先輩の背中が、いつもより大きく見える。
いつか私たちは別々の岐路に立つかも知れない。でも、それは今すぐのことじゃない。だったら、それまでに私はもっと大人になろう。
気持ちを切り替えるように、小さく深呼吸をした。それから、シロ先輩を追いかけて走り出す。追いつくと、隣を並んで歩いた。
いつも先輩の背中を見ていると思っていたけど、本当はいつの間にか並んで歩けるようになっていたんだな。
先輩の横顔を見つめながら、私はそんなことを思った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

王妃の愛
うみの渚
恋愛
王は王妃フローラを愛していた。
一人息子のアルフォンスが無事王太子となり、これからという時に王は病に倒れた。
王の命が尽きようとしたその時、王妃から驚愕の真実を告げられる。
初めての復讐ものです。
拙い文章ですが、お手に取って頂けると幸いです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~
華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。
突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。
襲撃を受ける元婚約者の領地。
ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!!
そんな数奇な運命をたどる女性の物語。
いざ開幕!!

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる