9 / 155
クロとシロ(9)
しおりを挟む
外はすっかり暗くなっていた。ガラスに映る自分の顔を見ると、そこには情けないほど暗い表情をした女の顔がある。
(しっかりしろ!)
私は自分の両頬を両手でぎゅっと押し潰す。ぷにっと突き出た唇が間抜けだった。
(こんなんじゃダメだ。もっと前向きに考えないと……)
私は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。それから、ゆっくりと深呼吸をして気分を落ち着けると、バッグの中から買ったばかりのリップクリームと手鏡を取り出した。
リップをサッと塗って、手鏡の中の自分と向かい合う。よし、大丈夫。
もう一度大きく息を吸って吐いて、最後に笑顔を作る。うん、完璧だ。これならきっと、いつも通りの私に見えるはず――。
そう思って顔を上げた瞬間、席へ戻ってくるシロ先輩と目が合った。
私は慌てて手鏡とリップクリームを鞄にしまう。いくら気心が知れた仲とはいえ、男の人に化粧直しをしているところを見られるのは恥ずかしかった。
軽く後悔をして気まずそうにする私をよそに、シロ先輩は特に気にした様子もなく戻ってくると、席には座らずに言った。
「もうそろそろ行くか?」
「えっ? ああ、はい」
私は小さく返事をすると、荷物を纏める。それから、伝票を持って先にレジへと向かったシロ先輩の背中を追いかけた。
会計を済ませて外へ出ると、生暖かい風が頬を撫でた。夜空を見上げると、星はほとんど見えない。代わりに、都会の明るいネオンの光が目に飛び込んできた。ネオンの光に誘われるように人々が行き交う。まるで、街全体が生き物のように動いているように見えた。その光景はいつ見ても不思議で幻想的だと思う。
隣に立つシロ先輩も同じことを思ったのだろう。
「相変わらず、ここは賑やかなところだよな」
そう言って笑う。私たちは人の流れに乗って駅へと歩き出した。
「あの、ごちそうさまでした」
「いいってことよ。こっちはクロの奢りだしな」
シロ先輩はそう言って小さなスイーツの箱を持ち上げて笑う。よく笑う先輩の横顔を眺めながら、私はどこか寂しさを感じていた。
こんな当たり前の日常がなくなってしまうかも知れない。そう思うと、私は無意識のうちに下唇を噛んでいた。
しばらく無言で歩いていると、ふいにシロ先輩が口を開く。
「リップ、変えたのか?」
「えっ?」
先輩は不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「いや、なんか朝と違う気がして」
私はシロ先輩の言葉を聞いてドキッとする。まさか指摘されるとは思わなかったのだ。
(しっかりしろ!)
私は自分の両頬を両手でぎゅっと押し潰す。ぷにっと突き出た唇が間抜けだった。
(こんなんじゃダメだ。もっと前向きに考えないと……)
私は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。それから、ゆっくりと深呼吸をして気分を落ち着けると、バッグの中から買ったばかりのリップクリームと手鏡を取り出した。
リップをサッと塗って、手鏡の中の自分と向かい合う。よし、大丈夫。
もう一度大きく息を吸って吐いて、最後に笑顔を作る。うん、完璧だ。これならきっと、いつも通りの私に見えるはず――。
そう思って顔を上げた瞬間、席へ戻ってくるシロ先輩と目が合った。
私は慌てて手鏡とリップクリームを鞄にしまう。いくら気心が知れた仲とはいえ、男の人に化粧直しをしているところを見られるのは恥ずかしかった。
軽く後悔をして気まずそうにする私をよそに、シロ先輩は特に気にした様子もなく戻ってくると、席には座らずに言った。
「もうそろそろ行くか?」
「えっ? ああ、はい」
私は小さく返事をすると、荷物を纏める。それから、伝票を持って先にレジへと向かったシロ先輩の背中を追いかけた。
会計を済ませて外へ出ると、生暖かい風が頬を撫でた。夜空を見上げると、星はほとんど見えない。代わりに、都会の明るいネオンの光が目に飛び込んできた。ネオンの光に誘われるように人々が行き交う。まるで、街全体が生き物のように動いているように見えた。その光景はいつ見ても不思議で幻想的だと思う。
隣に立つシロ先輩も同じことを思ったのだろう。
「相変わらず、ここは賑やかなところだよな」
そう言って笑う。私たちは人の流れに乗って駅へと歩き出した。
「あの、ごちそうさまでした」
「いいってことよ。こっちはクロの奢りだしな」
シロ先輩はそう言って小さなスイーツの箱を持ち上げて笑う。よく笑う先輩の横顔を眺めながら、私はどこか寂しさを感じていた。
こんな当たり前の日常がなくなってしまうかも知れない。そう思うと、私は無意識のうちに下唇を噛んでいた。
しばらく無言で歩いていると、ふいにシロ先輩が口を開く。
「リップ、変えたのか?」
「えっ?」
先輩は不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「いや、なんか朝と違う気がして」
私はシロ先輩の言葉を聞いてドキッとする。まさか指摘されるとは思わなかったのだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
※7月22日第2章完結。
※カクヨムにも投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~
華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。
突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。
襲撃を受ける元婚約者の領地。
ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!!
そんな数奇な運命をたどる女性の物語。
いざ開幕!!

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です

拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる