クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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クロとシロ(1)

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 社会人になって三年目。就職した当初は、社会に出て右も左も分からない状態で毎日が不安と緊張の連続だった、私、矢城やぎ明日花あすかも今では仕事にも慣れてきて、それなりに企画営業という仕事をこなしている。ようやく自分なりにやりがいを感じられるようになってきた。

 今日もコンビを組むシロ先輩こと、八木やぎ史郎しろうと午前中に取引先を回り、一緒にランチを食べて午後からまた次の取引先へ……という予定になっていたのだけど――。

「ごめんなさいね。せっかく来てもらったのに、急用ができちゃって」
「いえいえ、大丈夫ですよ! またの機会にプレゼンさせてください」

 申し訳なさそうに謝るクライアントに向かって、シロ先輩は笑顔で首を横に振った。

 取引先の会社を出て、駐車場まで戻る途中、シロ先輩のにこやかな笑顔はスッと消えた。

「……チッ」

 小さく舌打ちをする音が聞こえた気がして横を見ると、シロ先輩は眉間にシワを寄せながら苛立たしげな表情をしていた。

(うわぁ……機嫌悪いなあ)

 思わず苦笑する私を見て、シロ先輩はハッとしたように顔を逸らし「すまん」と小さく漏らした。バツが悪そうな顔をしながら頭を掻くので、私も顔を顰めて見せる。

「全然いいですよ。内心、私もチッて思いましたし! だって今日の予定、向こうの都合に合わせて無理やり空けたんですよ!」

 わざと声のボリュームを上げて言うと、シロ先輩は困ったような顔になった。

「まぁ……仕方ないけどな。俺達の仕事は、クライアントの都合で振り回されることが多いから……」
「そうなんですけどねー。なんかなぁ……。よし! 先輩、気晴らしに甘い物でも食べて帰りましょ?」

 私は努めて明るい声を出した。本当はすごく腹が立っていたけど、怒ったところでどうしようもないことは分かっている。それに、こんなにイライラした気持ちのままでは、どのみち仕事にならないと思っての提案だったのだが……。

「いや、急いで会社に戻ろう」

 シロ先輩は私の提案を一蹴した。

「えっ!? なんでですか!?」

 予想外の返答に驚く私に、シロ先輩は言った。

「もうすぐ会議の時間だろ。今日は参加出来ないって言ってきたけど、今ならまだ間に合う。ほら、行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってくださいよぉ~!!」

 シロ先輩は私の返事を待たず、スタスタと歩き始めた。

 仕事に関しては、案外真面目な人なんだよなと、仕方なくその後を追いかける。車に乗り込みエンジンをかけた時、ふと思い出したことがあった。
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