上 下
71 / 92
4.とうもろこし色のヒカリの中で

p.71

しおりを挟む
「そうなの?」
「はい。でも、残念ながら気づくのが遅かったようで、心配してくれていた人を悲しませたままになってしまいました」
「それは?」
「母です。きっと、僕のことを心配していたと思います。でも、もう僕は母と話をする事が出来ません」
「それって……? そう、そうなのね」

 母は目を伏せる。何かを考えているようだった。

 その時、脱衣所の方から乾燥が終わったことを知らせる電子音が聞こえてきた。

「あら? 服が乾いたようね」

 母は席を立ち、脱衣所の方へと足早に向かった。

 僕は、母が好きだというオクスス茶をコクリと飲む。

 うまく話せただろうか。少しでも僕の気持ちは伝わっただろうか。

 ボンヤリと考えていると、乾燥したての僕の服を抱えて母がリビングへと戻ってきた。

 手渡された服はまだ暖かく、いつまでもこの暖かさに包まれていたいという思いが頭を過ぎる。

 温もりを感じていると、咳払いが一つ聞こえてきた。視線を向けると、事務官小野が無表情のまま腕時計を指でコツコツと叩いた。

 そろそろ本日の業務終了時間ということだろうか。

 僕は慌てて着替えを済ませると、母に声をかけた。

「服、ありがとうございました」

 借りていた服を母に手渡す。

「いいのよ。気にしないで」
「あの、僕はそろそろ……」
「ああ、そうね。私も夕飯の準備をしなくちゃ」

 母は、チラリと壁に掛かっている時計へと目をやる。つられて僕も室内へと視線をめぐらした。

 もう僕がこの空間に足を踏み入れることはないだろう。

 母と連れ立ち玄関へと来ると、僕は心の中で我が家に別れを告げた。

「それじゃあ、僕はこれで……」
「……あなたと話せて良かったわ。ありがとう」

 テッテレ~~

 僕は笑顔で母に一礼すると、玄関のドアを押し開けた。

 雨は上がり、外はとうもろこし色をした光に包まれていた。

 自宅を出ると、事務官小野が相変わらずの事務的な声で研修の終わりを告げる。

「では、これにて本日分の研修を終了とする。まずは宿泊所へ戻る」

 そう言うと事務官は、こちらの気持ちの整理など全く考慮せず、両手を軽く上げるとそれぞれ左右の指を一度ずつパチンパチンと鳴らす。

 僕の周りの景色は瞬時に消え去り、白一色の世界へと様変わりした。

 自室として充てがわれている部屋の中央辺りで立ち尽くす僕の対面に立つ小鬼が、事務官の足元から声を掛けてきた。

「お疲れ様でした~。古森さ~ん」
「ああ。うん」

 少し惚けた返しをする僕を引き締めるように、事務官の声がする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

~巻き込まれ少女は妖怪と暮らす~【天命のまにまに。】

東雲ゆゆいち
ライト文芸
選ばれた七名の一人であるヒロインは、異空間にある偽物の神社で妖怪退治をする事になった。 パートナーとなった狛狐と共に、封印を守る為に戦闘を繰り広げ、敵を仲間にしてゆく。 非日常系日常ラブコメディー。 ※両想いまでの道のり長めですがハッピーエンドで終わりますのでご安心ください。 ※割りとダークなシリアス要素有り! ※ちょっぴり性的な描写がありますのでご注意ください。

妹の方が良いから婚約破棄?私も貴方の弟の方が良いと思います

神々廻
恋愛
私、エミリア・スミスは面白味の欠片も無く、馬鹿でアホな王子の婚約者をしております。 ですが、私よりも妹に惚れたそうで婚約破棄を言い渡されましたの 未来の王妃なんて妹に務まる訳が無いのですがね...... それに、浮気しているのが殿下だけでは無いのですよ?私、殿下の大っ嫌いな弟と恋仲ですの!婚約破棄して幸せになりましょう!

エリスローズの瞳に映るもの

永江寧々
恋愛
海沿いの美しい国アクティーで暮らすエリスローズは国から【ゴミ捨て場】と呼ばれるスラム街で生まれた。 スラム街の人間は貧困街の人間からでさえ差別を受け、街に上がることさえ許されない。 荷役人夫の父親、娼婦の母親、弟二人と妹一人の六人で過ごすスラム街の生活はエリスローズにとって苦痛ではなかった。 今日食べる物どころか明日を心配する生活だが、愛情溢れる両親のおかげで毎日が幸せだった。 愛する家族がいれば朝から夜中まで働くことだって苦痛ではなかった。家族のためならなんでもする。 そんなエリスローズのもとを訪ねた一人の男から提案を受けた。 【王太子妃が行方不明であり、一ヶ月後に行われるパレードに代わりに出席しろ】と。 給金が出ると聞いて行く覚悟を決めたエリスローズは両親の反対を押し切って入城する。 字の読み書きさえできないスラム街出身だと聞いても差別をしない王太子の優しさに触れ、愛情を受けるがエリスローズは恋をしないと決めていて── エリスローズの王太子妃身代わり人生が幕を開ける。 ※近親愛的な部分がありますので、苦手な方はご注意ください。 ※ショタおねショタ的な物が苦手な方もご注意ください。 ※暗いお話です。 ※ご指摘くださいます皆様、本当にありがとうございます。承認不要だと書いてくださるのでお礼が書けず、ここに書かせていただきます。 本来当方が気付かなければならないことを見逃している間違いや矛盾などありましたら教えてくださり助かっています。お読みくださっている方々には大変申し訳ないです。 どうぞ懲りずに今後もお付き合いいただけますと幸いです。 ※7月3日が最終話アップとなります。

働きたくないから心療内科へ行ったら、色々分からなくなった

阿波野治
ライト文芸
親に「働け」と口うるさく言われることに嫌気が差し、診療内科へ診察に赴いたニートの僕。医師から「不安を和らげるお薬」を処方されたり、祖父が入院する病院で幼女と会話をしたりするうちに、色々分からなくなっていく。

意味が分かると怖い話 完全オリジナル

何者
ホラー
解けるかなこの謎ミステリーホラー

赤と青のヒーロー

八野はち
ライト文芸
死にたい俺が出会ったのは、ヒーローになりたい女の子だった 幼い頃の過去を引きずる高校二年生の青井翼は、毎日ただ家と学校を往復するだけの日々に辟易していた。 そんなある日、隣の席になった学校一の問題児、星野茜に弱みを握られ、毎日のようにヒーロー活動とやらに振り回されることに。 「私はヒーローになりたいんだ。私の相棒になってよ」 傷を抱えた少年と、夢見がちな少女が紡ぐ感動系青春ストーリー。

こちら、輪廻転生案内課!

天原カナ
キャラ文芸
ここはあの世。 死んだ人が住む世界。 記憶をなくした八巻茜は、あの世の役所で働くことになる。 配属先は、輪廻転生案内課。 そこは名前の通り、輪廻転生の案内をする部署だった。 死んだ人間は60年間あの世で過ごし、輪廻転生する。 その案内するのが茜の仕事となった。 上司にあたる神代や、個性豊かな部署の仲間たち、そして同期の天真に囲まれて、茜は仕事を覚えていく。 早く転生したい人、転生したくない人、いろんな思いが交差する部署で、茜はいつか記憶が戻ることを期待しながら、今日も元気に出社する。

あおいはる。~冬のハイドアンドシーク

恵世実雨
ライト文芸
31人の女子高生が織りなす青春群像劇「あおいはる。」 来年に受験を控えた、二年の冬休みは始まったばかり。そんな中やってくる、大晦日。 あと数時間で、今年が終わるという中、思い思いの時間を過ごす彼女たちが感じる、得も言われぬ感傷。 自分という存在も、明日という日々の輪郭も、曖昧なまま時間だけが過ぎていく。 それでも、もうすぐ訪れる新年に、ほんの少しの期待を抱いてしまいそうになる。 こういうのを、人は「希望」と呼ぶのだろうか。それとも──

処理中です...