冥界区役所事務官の理不尽研修は回避不可能 〜甘んじて受けたら五つの傷を負わされた〜

田古みゆう

文字の大きさ
64 / 92
4.とうもろこし色のヒカリの中で

p.64

しおりを挟む
「あの、シュークリームですが……」
「うん?」
「二等分にするということでは、ダメだったのでしょうか?」
「えっ?」

 母は小首を傾げたまま、しばし固まってしまった。

「ですから、残り一つのシュークリームを、半分ずつ息子さんたちが食べればよかったのではないかと……」
「あなた……」

 僕の遅すぎる提案を、固まったまま驚きの顔で聞いていた母が、ポツリと声を漏らした。

「はい?」
「もしかして……、お兄ちゃんなの?」

 母の言葉に、今度は僕が身を固くして驚く。

 これまでの研修でも、見知った相手と言葉を交わしてきたが、彼らは僕を「古森衛」として認識していなかった。今回もそういうことだろうと漠然と思っていたのだが、ラスボスは、やはりこれまでとは違うのだろうか。

 突然のことに、僕は動揺を隠せず不自然に口をパクパクとしながら、事情を知っていそうな冥界区役所職員の二人に視線を向ける。しかし、二人ともが母の言葉に驚いたかのように目を見開いていた。

 どうやらこの出来事は、彼らにとっても想定外の出来事のようだ。彼らからの助言が得られないとなると、この状況はどのように対処すべきなのだろうか。

 あまりの驚きに思考が追い付かずにいるのに、それでも、僕の口は僕の意思とは関係なく言葉を発していた。

「ど……どうして、それを?」

 つい先程、カモミールティーで潤したはずの喉からはカラカラの声が出た。

 そんな僕にはお構いなしに、母は嬉しそうに手を叩く。

「やっぱり~! うちの子と同じようなこと言うから、びっくりしちゃったわ~」
「えっ?」
「うちの子もよく言うのよ。弟と半分でって。しかも、自分の取り分までなんだかんだ理由つけられて弟に取られちゃうの。結局、本人は食べれずじまい。あなたも、実はそうなんじゃない?」
「えっ?……あの……」

 母は少し呆れたように微笑みながら、僕を見る。どうやら母は、僕を保の兄として認識している訳ではなく、下に兄弟のいる他人として話をしているようだ。

 僕は、他人として振る舞い続けることに安堵しつつも、どこか寂しい気持ちになっていることに気がつかないフリをする。

 冥界区の二人も、話の流れから状況を察したのか、胸を撫で下ろしているのが視界の端に映った。

 母は、さぞかし複雑な表情をしているであろう僕に、真っ直ぐに視線を合わせてくる。

「あのね、お兄ちゃんだからって、我慢することないのよ」
「えっと……」

 母の真意が分からず、僕の反応は鈍くなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...