僕のごちそう

田古みゆう

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ボクのごちそう

ボクのごちそう p.1

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 ボクはあの日、空腹を少しでも満たしたくて公園のベンチに座り、空を見上げていた。

 空を覆う雲から綿菓子のような雪がちらちらと舞い落ちてくるから、それをなんとか口の中へ誘い込む。この時期は、風が頬を刺すように冷たくて、虫や動物や、それこそ、人なんてなかなか外にいない。だからボクは、仕方なく雪で空腹を紛らわせていたんだ。

 そんなボクをおにいさんは遠巻きに眺めていたね。ボクはおにいさんの視線に気がついていたけれど、敢えて気がつかないふりをした。

 ずっと見つめられるから、思わず視線を合わせてしまいたくなったけど、何とか我慢。だって、久しぶりの人だもの。もっと、もっと、惹きつけなくちゃね。

 ボクは気のない素振りで、美味しくもない雪を無心で食べる。おにいさんの関心を誘うように、ボク自慢のイチゴ色の唇におにいさんが興味を持ってくれるように。意識して、パクパクと口を閉じたり開いたりする。

 あの日以来、ボクはいつも同じ時間に、同じ公園のベンチに座り、いろいろなものを食べた。草、虫、魚……

 おにいさんが、毎日のようにボクを見ているのを知っていたから、おにいさんが近づいてくるよう、ボクは、必死に自慢のイチゴ色の唇を動かしてアピールを続けたんだ。

 その甲斐あって、おにいさんは、ボクに近づいてきてくれたね。最初は、キャンディやチョコレートなんて小さなもので、ボクの気を惹いて。

 甘いものをいくつもポケットに忍ばせたおにいさんは、美味しそうな匂いを纏っていた。少し離れたところからでも、甘い匂いがボクを刺激する。だから、消化液が溢れそうになるけれど、不審がられて、せっかくのチャンスを不意にすることはできない。ゴクリと消化液を飲み込んで、いつもどうにか我慢していたんだ。

 ボクの我慢をよそに、おにいさんの手土産は、次第に質と量を増やしていき、それに比例するかのように、ボクたちは距離を縮めていった。

 いつしか、おにいさんはいつでもボクのすぐ隣にいるようになった。

 おにいさんの持ってくる食べ物はもちろん美味しいけれど、ボクには、どうしても食べたいものがあった。けれど、まだ、もう少し我慢。手を伸ばしてもすり抜けられない距離まで惹きつけなくては。それまでは、他の物を食べて気を紛らわす。

 おにいさんは、ボクが醸し出すフェロモンがとても好きなんだよね。だからボクは、おにいさんが近づいてくると、殊更匂い立つよう、体をおにいさんに近づける。
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