上 下
248 / 404

新人魔女には少し難しい助言の話(8)

しおりを挟む
 いつのまにか彼女の涙は止まっていた。

「人ひとりに出来ることなど本当にささやかなものですよ。例えば美味しいご飯を家族のために作るとか、家の前を綺麗に掃き清めるとか、出かけたついでに誰かのお使いを引き受けるとか、そんな小さなことくらいです」

 ミーナの言葉にエルナは、「そんなことは……」と言いかけて口を噤む。そんなエルナにミーナは優しく微笑みかけた。

「過度な期待を向けられた相手は、いつかその期待の重さ故に潰れてしまうでしょう。もしかしたら、大賢者と言われ類稀なる能力をお持ちのあのお方は平気かもしれませんが、貴女ご自身はいかがでしょうか?」

 エルナはハッとしたように目を見開き少し考え込むそぶりを見せた。ミーナの言葉にエルナは自身の胸に手を当てる。そして真っ直ぐに彼女の目を見つめ返した。その瞳には先ほどまでのような迷いはないように見える。やはりこの少女は聡明だ。

「誰かを想い行動に表すのは、そんな小さなことで良いのです。それで救われる人はいるのですから。誰かを想う時こそ、無理をせず自然体でいることが大切だと存じます」

 もうきっと大丈夫。そう思い、ミーナは静かに言葉を終わらせた。エルナはミーナに向かって深く頭を下げた。

「ミーナ先生、御助言をいただきありがとうございます。わたくし……いろいろと考え違いをしていたのかもしれませんね」

 ミーナの願いが通じたのか、エルナは肩の荷を下ろしたような清々しい笑顔で頷いた。

 そんな二人の会話を黙って聞いていたリッカだったが、頃合いを見計らったように興味津々といった様子で問いかける。

「あの、ミーナさんとお姉様は一体何のお話をされているのですか?」
わたくし、少し気を張り過ぎていたようなのです。それをミーナ先生にご心配いただいたのですよ」

 エルナの言葉にリッカはなるほどと頷いた。それから少し眉根を寄せる。

「そうですよ。お姉様は少し頑張りすぎです。先日も、ダンス練習を個人的になさろうとしていましたし。貴族教育など適当に受けておけば良いのです。どうせ、そのうち嫌でも身につくことなのですから」

 リッカのあっさりとした物言いにミーナは思わず苦笑する。それから、少し顔をしかめながらリッカを諭した。

「あら、リッカ様。そのように仰られては、わたくし、立場的に大変困ってしまうのですけれど」

 講師にそう言われ、リッカは慌てふためく。そんな新人魔女を取り囲みながら、ミーナとエルナはクスクスと笑い合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...