夏の大三角関係

田古みゆう

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 どれだけの間、私は波音に心を奪われていたのだろうか。様変わりしている目の前の景色に驚き、足がすくんで動けずにいると、不意に、ガシリと肩を掴まれた。

 ビクリとした私に構わず、その人は私の手を取ると、力強く歩き出す。砂に足を取られながら、彼に引きずられるようにして私は砂浜から抜け出した。

 階段を数段上り、先導する彼がようやく足を止めたので、私も足を止めて振り返る。先ほどまで私が突っ立っていた場所は、もう海になっていた。

「満潮になると言っただろっ! どうして、動かなかったんだっ!」

 初めて聞いた晴彦さんの声は、少し低くて怒気を含んでいた。威圧を感じるその視線に思わず口籠る。

「あの……」

 そんな私に構わず、晴彦さんは怒りのままに捲し立てる。

「死のうとか考えていたのか? だったら、この海でそういうことはするな! お前が何処でどうなろうが俺の知ったことじゃないが、この海を汚すようなことはやめろ! いいか! 分かったな!」

 一方的なその言い草に、私は頭にきて思わず言い返した。

「そんなに怒鳴らなくたっていいじゃないですか! 確かに、ちょっとぼんやりとしていて危なかったかもしれないけど、別に死ぬつもりなんてありませんよっ!」

 私の豹変ぶりに、晴彦さんは目を見開き、ポカンと口を開ける。そんな彼のそばにいつの間にかやって来ていた白鳥さんが、クスクスと可笑そうに笑う。

「無事で良かった。ねぇ、晴彦」

 呆然としながら、晴彦さんが私に問い掛けてきた。

「お前、死ぬつもりじゃなかったのか?」
「だから、違うって言ってるじゃないですか」

 私の素っ気ない物言いに、自分の勘違いに気がついた晴彦さんは、ジロリと白鳥さんを睨んだ。

「おい、白鳥。どういうことだよ! こいつ、死ぬつもりなんかなかったじゃないか?」
「僕は別に、この子が死ぬかもなんて言ってないだろ。ただ、『あの子、大丈夫かな?』って晴彦に聞いただけじゃないか。それなのに、晴彦が血相を変えて引き返しただけだろ」

 飄々とした白鳥さんの言葉に、晴彦さんはギリっと音がしそうなほどに歯噛みした。繋がれたままになっていた手にも力が入り、思わず私の口から声が漏れる。

「痛っ」
「あっ、悪りぃ」

 バッと私の手を離し、気まずそうに頭を掻いたその姿は、先ほどまでの威圧などどこにもなく、それどころか少し頼りなげに見えて、どこか可愛らしかった。

 私は、思わずプッと吹き出してから、それを誤魔化すように、笑みを深めた。
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