124 / 124
エピローグ
イロドリ
しおりを挟む クィートは結局『叔父さんがとても元気だと確認できたからそれでいい』などと言い残して屋敷まで行かずに、忙しいバルクと共にそのまま帰って行ってしまった。明らかにヴィオにちょっかいを出していた様子だったので、後で問い詰めてやろうと思っていたが、先に察して逃げられた形だ。
昔から悪い奴ではないが何かと間が悪く、人との距離の取り方が早急で大胆なクィートにセラフィンは久しぶりにかき回された結果となった。
その晩のこと。セラフィンはヴィオが湯を使っているのひと時、二人の寝室として使われている眺めの良い客間のテラスで風に吹かれながら、軍の寮で起こした事件から今までの日々を思い起こしていた。
先週軍に所属する若者が多く住まう寮で起きたオメガによるヒート未遂事件はオメガの人権にかかわる問題であると同時に軍も絡んでいるため、新聞やラジオで大きく報道されるようなことはなかった。多くの怪我人が出たがそもそもは鍛え上げられた若者たちであったため、骨にひびを入れたセラフィン意外に重篤な怪我人はいなかったということがまずは大きいだろう。
責任が問われるべきはヴィオがオメガであると知っていて寮に招き入れ、監督責任を怠ったカイということになるが、あらかじめ従弟のヴィオの入室許可は取っていたということ、ヴィオの不意の発情で不安定になった彼のフェロモンにより偶然カイがラット(オメガフェロモンに誘発されるアルファの錯乱状態)を起こしていたと認定されたため罪に問われることはなかった。
オメガの発情は初期には非常に不安定なもので制御しきれるものではないというのが見識者による意見だったからだ。実際には事実とは異なるが、警察官であるジルと親族の後ろ盾が多い軍にも大きな繋がりを持つモルス家の兄のバルクの二人が暗躍してくれていたことは間違いない。しかし応援を呼び軍と共に現場を収集してくれた功労者のジルとはあの日以来会えていない。なんとなくセラフィンと距離を置こうとしていると察して、あえてセラフィンも連絡を取ることを控えていた。
そして今日、バルクはカイと面談した内容をセラフィンに知らせに来てくれたのだ。
不問の部分も多いとはいえ、それでも大暴れして滅茶苦茶にしてしまった寮のロビーの片づけなどを含めて一週間の謹慎を余儀なくされたカイと会ったバルクは、彼がよく知る男に似た端正な面差しに苦悩に滲ませていた。
『あの子の気持ちが俺にはないのにどうしても手に入れたくて……。アルファとフェル族の本能に負けて、ヴィオを傷つけてしまったことを後悔してもしきれない。俺がこの先ずっとヴィオから拒絶されたとしてもそれは自業自得だ。今さらヴィオが誰を選ぶかに口出しなどできる立場ではないとはわかってる。だがドリの里にとってはヴィオが大切な子である事実は変わらない。ヴィオに無理強いをした俺が言えた義理ではないが、ヴィオの後悔がない様に慎重に導いてやって欲しい」
もはや身体にはセラフィンとの格闘のダメージすらないカイだが、心はセラフィンが懸念していたとおり、愛するものを傷つけた事実と向き合い、静かに己の所業を悔いていた。それでも年長の従兄弟らしくヴィオをよろしくお願いしますと、バルクとその向こうにいるセラフィンに深々と頭を下げてきたのだそうだ。
(カイ、俺だってお前の気持ちはよくわかる。そしてお前が言うこともよくわかる。ヴィオが背負ったものはドリの里の長い歴史そのもの。山深い里で皆が守り抜いてきた伝統と文化。それをここですべて霧散させてしまってよいものなのか)
もちろんセラフィンはヴィオが背負っているものすべて一緒に負う覚悟で彼に手を伸ばした。ヴィオはその手を取ってくれた。
これからヴィオに起こることの全ては二人の問題だというのに、ヴィオは今だ胸の内の全てはセラフィンに明らかにしてくれていない。
(今日こそ……。ヴィオの気持ちを全て聞き出してやりたい)
セラフィンは部屋の中を振り向いたが、ヴィオはまだ戻ってはきていないようだ。
二人の寝室ということになっているこの明るい色調の愛らしい部屋はかつてセラフィンとソフィアリの子供部屋だった部屋ではなく、ヴィオが来るというので慌てて用意され彼が一人で使っていた客間でもない。新たにジブリールがマリアと模様替えを施した客間である、やや気恥しいほど少女趣味な愛らしい額も描かれた色鮮やかな花々の絵画も、淡いクリーム色に花々がデザインされた壁紙に大きな天蓋付きのベッドも、もはや新婚夫婦の部屋のような設えで、最初にこの部屋に入った時はあまりに綺羅綺羅しい空間に男二人で絶句してしまったものだ。
今ヴィオは事実上セラフィンの婚約者として扱われ、今まで以上に丁重にモルス家でもてなされる。そのことは掛け値なしに嬉しいことであるので二人は母たちの心遣いをありがたく受け取ることにした。
昔から悪い奴ではないが何かと間が悪く、人との距離の取り方が早急で大胆なクィートにセラフィンは久しぶりにかき回された結果となった。
その晩のこと。セラフィンはヴィオが湯を使っているのひと時、二人の寝室として使われている眺めの良い客間のテラスで風に吹かれながら、軍の寮で起こした事件から今までの日々を思い起こしていた。
先週軍に所属する若者が多く住まう寮で起きたオメガによるヒート未遂事件はオメガの人権にかかわる問題であると同時に軍も絡んでいるため、新聞やラジオで大きく報道されるようなことはなかった。多くの怪我人が出たがそもそもは鍛え上げられた若者たちであったため、骨にひびを入れたセラフィン意外に重篤な怪我人はいなかったということがまずは大きいだろう。
責任が問われるべきはヴィオがオメガであると知っていて寮に招き入れ、監督責任を怠ったカイということになるが、あらかじめ従弟のヴィオの入室許可は取っていたということ、ヴィオの不意の発情で不安定になった彼のフェロモンにより偶然カイがラット(オメガフェロモンに誘発されるアルファの錯乱状態)を起こしていたと認定されたため罪に問われることはなかった。
オメガの発情は初期には非常に不安定なもので制御しきれるものではないというのが見識者による意見だったからだ。実際には事実とは異なるが、警察官であるジルと親族の後ろ盾が多い軍にも大きな繋がりを持つモルス家の兄のバルクの二人が暗躍してくれていたことは間違いない。しかし応援を呼び軍と共に現場を収集してくれた功労者のジルとはあの日以来会えていない。なんとなくセラフィンと距離を置こうとしていると察して、あえてセラフィンも連絡を取ることを控えていた。
そして今日、バルクはカイと面談した内容をセラフィンに知らせに来てくれたのだ。
不問の部分も多いとはいえ、それでも大暴れして滅茶苦茶にしてしまった寮のロビーの片づけなどを含めて一週間の謹慎を余儀なくされたカイと会ったバルクは、彼がよく知る男に似た端正な面差しに苦悩に滲ませていた。
『あの子の気持ちが俺にはないのにどうしても手に入れたくて……。アルファとフェル族の本能に負けて、ヴィオを傷つけてしまったことを後悔してもしきれない。俺がこの先ずっとヴィオから拒絶されたとしてもそれは自業自得だ。今さらヴィオが誰を選ぶかに口出しなどできる立場ではないとはわかってる。だがドリの里にとってはヴィオが大切な子である事実は変わらない。ヴィオに無理強いをした俺が言えた義理ではないが、ヴィオの後悔がない様に慎重に導いてやって欲しい」
もはや身体にはセラフィンとの格闘のダメージすらないカイだが、心はセラフィンが懸念していたとおり、愛するものを傷つけた事実と向き合い、静かに己の所業を悔いていた。それでも年長の従兄弟らしくヴィオをよろしくお願いしますと、バルクとその向こうにいるセラフィンに深々と頭を下げてきたのだそうだ。
(カイ、俺だってお前の気持ちはよくわかる。そしてお前が言うこともよくわかる。ヴィオが背負ったものはドリの里の長い歴史そのもの。山深い里で皆が守り抜いてきた伝統と文化。それをここですべて霧散させてしまってよいものなのか)
もちろんセラフィンはヴィオが背負っているものすべて一緒に負う覚悟で彼に手を伸ばした。ヴィオはその手を取ってくれた。
これからヴィオに起こることの全ては二人の問題だというのに、ヴィオは今だ胸の内の全てはセラフィンに明らかにしてくれていない。
(今日こそ……。ヴィオの気持ちを全て聞き出してやりたい)
セラフィンは部屋の中を振り向いたが、ヴィオはまだ戻ってはきていないようだ。
二人の寝室ということになっているこの明るい色調の愛らしい部屋はかつてセラフィンとソフィアリの子供部屋だった部屋ではなく、ヴィオが来るというので慌てて用意され彼が一人で使っていた客間でもない。新たにジブリールがマリアと模様替えを施した客間である、やや気恥しいほど少女趣味な愛らしい額も描かれた色鮮やかな花々の絵画も、淡いクリーム色に花々がデザインされた壁紙に大きな天蓋付きのベッドも、もはや新婚夫婦の部屋のような設えで、最初にこの部屋に入った時はあまりに綺羅綺羅しい空間に男二人で絶句してしまったものだ。
今ヴィオは事実上セラフィンの婚約者として扱われ、今まで以上に丁重にモルス家でもてなされる。そのことは掛け値なしに嬉しいことであるので二人は母たちの心遣いをありがたく受け取ることにした。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

時のコカリナ
遊馬友仁
ライト文芸
高校二年生の坂井夏生は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

愛されない皇子妃、あっさり離宮に引きこもる ~皇都が絶望的だけど、今さら泣きついてきても知りません~
ネコ
恋愛
帝国の第二皇子アシュレイに嫁いだ侯爵令嬢クリスティナ。だがアシュレイは他国の姫と密会を繰り返し、クリスティナを悪女と糾弾して冷遇する。ある日、「彼女を皇妃にするため離縁してくれ」と言われたクリスティナは、あっさりと離宮へ引きこもる道を選ぶ。ところが皇都では不可解な問題が多発し、次第に名ばかり呼ばれるのはクリスティナ。彼女を手放したアシュレイや周囲は、ようやくその存在の大きさに気づくが、今さら彼女は戻ってくれそうもなく……。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
翠碧色の虹
T.MONDEN
ライト文芸
虹は七色だと思っていた・・・不思議な少女に出逢うまでは・・・
---あらすじ---
虹の撮影に興味を持った主人公は、不思議な虹がよく現れる街の事を知り、撮影旅行に出かける。その街で、今までに見た事も無い不思議な「ふたつの虹」を持つ少女と出逢い、旅行の目的が大きく変わってゆく事に・・・。
虹は、どんな色に見えますか?
今までに無い特徴を持つ少女と、心揺られるほのぼの恋物語。
----------
↓「翠碧色の虹」登場人物紹介動画です☆
https://youtu.be/GYsJxMBn36w
↓小説本編紹介動画です♪
https://youtu.be/0WKqkkbhVN4
↓原作者のWebサイト
WebSite : ななついろひととき
http://nanatsuiro.my.coocan.jp/
ご注意/ご留意事項
この物語は、フィクション(作り話)となります。
世界、舞台、登場する人物(キャラクター)、組織、団体、地域は全て架空となります。
実在するものとは一切関係ございません。
本小説に、実在する商標や物と同名の商標や物が登場した場合、そのオリジナルの商標は、各社、各権利者様の商標、または登録商標となります。作中内の商標や物とは、一切関係ございません。
本小説で登場する人物(キャラクター)の台詞に関しては、それぞれの人物(キャラクター)の個人的な心境を表しているに過ぎず、実在する事柄に対して宛てたものではございません。また、洒落や冗談へのご理解を頂けますよう、お願いいたします。
本小説の著作権は当方「T.MONDEN」にあります。事前に権利者の許可無く、複製、転載、放送、配信を行わないよう、お願い申し上げます。
本小説は、下記小説投稿サイト様にて重複投稿(マルチ投稿)を行っております。
pixiv 様
小説投稿サイト「カクヨム」 様
小説家になろう 様
星空文庫 様
エブリスタ 様
暁~小説投稿サイト~ 様
その他、サイト様(下記URLに記載)
http://nanatsuiro.my.coocan.jp/nnt_frma_a.htm
十分ご注意/ご留意願います。
名もなき朝の唄〈湖畔のフレンチレストランで〉
市來茉莉(茉莉恵)
ライト文芸
【本編完結】【後日談1,2 完結】
写真を生き甲斐にしていた恩師、給仕長が亡くなった。
吹雪の夜明け、毎日撮影ポイントにしていた場所で息絶えていた。
彼の作品は死してもなお世に出ることはない。
歌手の夢破れ、父のレストランを手伝う葉子は、亡くなった彼から『給仕・セルヴーズ』としての仕事を叩き込んでもらっていた。
そんな恩師の死が、葉子『ハコ』を突き動かす。
彼が死したそこで、ハコはカメラを置いて動画の配信を始める。
メートル・ドテル(給仕長)だった男が、一流と言われた仕事も友人も愛弟子も捨て、死しても撮影を貫いた『エゴ』を知るために。
名もなき写真を撮り続けたそこで、名もなき朝の唄を毎日届ける。
やがて世間がハコと彼の名もなき活動に気づき始めた――。
死んでもいいほどほしいもの、それはなんだろう。
北海道、函館近郊 七飯町 駒ヶ岳を臨む湖沼がある大沼国定公園
湖畔のフレンチレストランで働く男たちと彼女のお話
★短編3作+中編1作の連作(本編:124,166文字)
(1.ヒロイン・ハコ⇒2.他界する給仕長の北星秀視点⇒3.ヒロインを支える給仕長の後輩・篠田視点⇒4.最後にヒロイン視点に戻っていきます)
★後日談(続編)2編あり(完結)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる