105 / 124
冬の章
冬の章(31)
しおりを挟む
庭園でいつも見せる凛としたお顔で、司祭様は私たちを交互に見やる。
「貴方方の絆がそれだけ深かった。それだけのことです。どちらが悪いということはありません」
「私達の絆……」
止まることなくハラハラと零れ落ちる涙を、司祭様はそっと指先で拭ってくださった。そして、じっと私の顔を見つめる。司祭様の瞳が直ぐそばにある。これまで、司祭様のことを何度となく見上げてきたが、こうして真っ直ぐにそのお顔を拝見したことはなかったなと思う。
相変わらず整った綺麗なお顔を少しだけ曇らせて、司祭様は口を開く。
「アーラ。貴方には大変な思いをさせてしまいましたね。ですが、今回のことは、貴方が本来の魂のもとへスムーズに戻るためには、必要な事だったのだと思います」
「園芸を学ぶことがですか?」
「いいえ。学ぶことは、本来フリューゲルが行うことでした。貴方に必要なことは羽ばたくこと。つまり、庭園から巣立っていくことです」
司祭様の言葉に、私は小さく下唇を噛んだ。ここまで司祭様が仰るのだから、私が庭園に戻ることはもう難しいのだろう。
「通常、魂本体が生活をしていた場所にココロノカケラは現れますから、ココロノカケラが昇華し元の魂と融合しても、特に乖離はおきないでしょう。しかし、貴方の場合は、魂とココロノカケラの有り様があまりにも違い過ぎました。ですから、魂とココロノカケラのすり合わせをゆっくり行うことは、貴方がこれから白野つばさとして生きていくためにも、必要なことだったのだと思います」
「白野つばさとして生きていく……」
「そうです。貴方は消えてしまうわけではありません。白野つばさの一部になるのです」
私は自分の両手の掌をぼんやりと見る。この体はアーラである自分のものか。それとも、私の本体と言われる、白野つばさのものか。昇華したココロノカケラはどうなるのだろうか。司祭様は消えないという。本当だろうか。
どんなに考えても、すぐに自分が納得できるだけの答えなど出るはずもない。だけど、私がアーラでいられる時間にはもう限りがある。今確認しておかなくてはいけないことならば、すぐに頭に浮かんだ。
「司祭様、私が庭園で過ごした記憶は、私がアーラだったという記憶は、これから先も白野つばさの中に残るでしょうか?」
「……おそらく、残らないでしょう」
私の問いに、司祭様は寂しげに首を振った。
「貴方方の絆がそれだけ深かった。それだけのことです。どちらが悪いということはありません」
「私達の絆……」
止まることなくハラハラと零れ落ちる涙を、司祭様はそっと指先で拭ってくださった。そして、じっと私の顔を見つめる。司祭様の瞳が直ぐそばにある。これまで、司祭様のことを何度となく見上げてきたが、こうして真っ直ぐにそのお顔を拝見したことはなかったなと思う。
相変わらず整った綺麗なお顔を少しだけ曇らせて、司祭様は口を開く。
「アーラ。貴方には大変な思いをさせてしまいましたね。ですが、今回のことは、貴方が本来の魂のもとへスムーズに戻るためには、必要な事だったのだと思います」
「園芸を学ぶことがですか?」
「いいえ。学ぶことは、本来フリューゲルが行うことでした。貴方に必要なことは羽ばたくこと。つまり、庭園から巣立っていくことです」
司祭様の言葉に、私は小さく下唇を噛んだ。ここまで司祭様が仰るのだから、私が庭園に戻ることはもう難しいのだろう。
「通常、魂本体が生活をしていた場所にココロノカケラは現れますから、ココロノカケラが昇華し元の魂と融合しても、特に乖離はおきないでしょう。しかし、貴方の場合は、魂とココロノカケラの有り様があまりにも違い過ぎました。ですから、魂とココロノカケラのすり合わせをゆっくり行うことは、貴方がこれから白野つばさとして生きていくためにも、必要なことだったのだと思います」
「白野つばさとして生きていく……」
「そうです。貴方は消えてしまうわけではありません。白野つばさの一部になるのです」
私は自分の両手の掌をぼんやりと見る。この体はアーラである自分のものか。それとも、私の本体と言われる、白野つばさのものか。昇華したココロノカケラはどうなるのだろうか。司祭様は消えないという。本当だろうか。
どんなに考えても、すぐに自分が納得できるだけの答えなど出るはずもない。だけど、私がアーラでいられる時間にはもう限りがある。今確認しておかなくてはいけないことならば、すぐに頭に浮かんだ。
「司祭様、私が庭園で過ごした記憶は、私がアーラだったという記憶は、これから先も白野つばさの中に残るでしょうか?」
「……おそらく、残らないでしょう」
私の問いに、司祭様は寂しげに首を振った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
悪役令嬢にはブラック企業で働いてもらいます。
ガイア
ライト文芸
ライヴァ王国の令嬢、マスカレイド・ライヴァは最低最悪の悪役令嬢だった。
嫌われすぎて町人や使用人達から恨みの刻印を胸に刻まれ、ブラック企業で前世の償いをさせられる事に!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ネットで小説ですか?
のーまじん
ライト文芸
3章
ネット小説でお金儲けは無理だし、雄二郎は仕事始めたし書いてなかったが、
結局、名古屋の旅行は行けてない。
そんな 中、雄二郎が還暦を過ぎていたことが判明する。
記念も込めて小説に再び挑戦しようと考える。
今度は、人気の異世界もので。
しかし、書くとなると、そう簡単でもなく

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

甘え嬢ずな海部江さん。
あさまる
ライト文芸
※最終話2023年2月18日投稿。(完結済)
※この作品には女性同士の恋愛描写(GL、百合描写)が含まれます。
苦手な方はご遠慮下さい。
人は接する者によって、態度を変えている。
それは、多かれ少なかれ、皆そのはずだ。
どんな聖人君子でも、絶対の平等などありえない。
多かれ少なかれ、二面性があり、それが共存して一つの人格となっている。
それは皆が持っているものだ。
そのはずなのだ。
周囲の視線。
それが一変した。
尊敬や羨望の眼差し。
それが嘲笑や蔑視へ変わった。
人間とは、身勝手な生き物で、自身の抱いたイメージとかけ離れた者を見るとそれを否定する。
完璧主義の押し付け。
二面性を認めず、皆は彼女に完璧を求めた。
たとえそれが本人の嫌がる行為であっても善意の押しつけでそれを行うのだ。
君はそんな子じゃない。
あなたには似合わない。
背が高く、大人びた見た目の海部江翔子。
背が低く、幼い印象の雨枝真優。
これは、そんな二人の少女の凸凹な物語。
※この話はフィクションであり、実在する団体や人物等とは一切関係ありません。
誤字脱字等ありましたら、お手数かと存じますが、近況ボードの『誤字脱字等について』のページに記載して頂けると幸いです。
毎週土曜日更新予定です。
※また、タイトルの読み方は『あまえじょうずなあまえさん。』です。

告白から始まる恋
希望
ライト文芸
俺の名前は九条隆司だ。どこにでもいる高校生だ。まぁそんなことはどうでもいい。今日も桃川さんが可愛くて仕方がない。楽しそうに談笑をして顔を浮かべる仕草や真剣に授業を聞いている横顔。明るく振る舞っていて、何人もの男を勘違いさせて赤くするところとか、どんな小さなことにも相談に乗るところとか、鞄のなかをぶちまけて焦ってそれをしまう天然さとか、とりあえず可愛いのだ。悶絶死するレベル。後あざといところとかな。
だがそんな俺も桃川さんとは挨拶を交わす程度の仲だ。つまり友達じゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる