雲の上は、いつも晴れだった。

田古みゆう

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冬の章

冬の章(23)

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「……アーラ。起きてください、アーラ」

 私を呼ぶ凛とした声にうっすらと目をあけると、覗き込むようにしてこちらを見ている二つの影があった。

 ぼんやりしていると再び凛とした声に呼びかけられる。

「アーラ。起きてください」

 次第に頭がはっきりとしてきた私は、その聞き覚えのある声に弾かれたように体を起こした。

「し、司祭様! お、お久しぶりです」

 傍の影の一つに勢いよく頭を下げてから、視界に入るふかふかとした物に、はてと首を傾げた。

 自分に掛けられたふかふかとした布団に眉を顰めていると、すぐ近くでフリューゲルの声がした。

「アーラ、きみは事故に遭ったんだよ? 覚えているかい?」

 その言葉を聞いた途端、けたたましいクラクションが再び頭の中で鳴り、迫り来る車の影を鮮明に思い出した。

「そうだ! 私、車に轢かれそうになって……」

 勢いよくフリューゲルの声がした方へ顔を向けた私は、そこで言葉を切った。声を出すことも忘れて口をポカンと開けたまま、パチパチと瞬きを繰り返す。

 そんな私を可笑そうにクスクスと見ていたフリューゲルは、しばらくすると澄まし顔を作って軽く片手を上げた。

「やあ、アーラ」
「ふ、フリューゲル……、あなたその格好……」

 目の前にいるのは確かにフリューゲルなのだが、その姿はまるっきり変わっていた。フリューゲルの背後には大きな羽があり、頭上には金の環が輝いている。

「は、羽……あなた羽が、それに金の環も」

 驚きを隠しきれない私に向かってフリューゲルは少し胸を張ってみせる。その堂々とした姿は、どこか司祭様に似ていた。

「突然のことで驚いたことでしょう。フリューゲルはNoelノエルから天使へと成長したのですよ。アーラ」

 フリューゲルの隣に立つ司祭様の声は、相変わらず落ち着いている。お顔にはあの柔和な笑みを浮かべていて、私のように慌てた様子はない。司祭様は私の手を取ると、優しくそっと包み込み、愛おしそうに繋がった手を見つめた。

「あ、あの……司祭様?」

 どうしたら良いのかわからなくて、おずおずと司祭様に声をかけると、司祭様はようやく私の手を解放してくれた。

「お久しぶりですね。アーラ」
「はい。司祭様。お久しぶりです」

 司祭様のおっとりとした口調が懐かしく、むやみに逸っていた私の気持ちもゆったりと落ち着いてくる。

「貴方は、フリューゲルのことばかりを気にしていますが、今のご自分の状況を理解していますか?」
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