58 / 124
秋の章
秋の章(12)
しおりを挟む
「ただいま~」
玄関で帰ったことを告げるが、お母さんからの返事はない。いつもならば、のんびりと間伸びした声が迎えてくれるのだが。
明かりがついているので、家にはいるはずだ。不思議に思いながら、靴を脱ぎ、いつも通りリビングルームのドアを押し開ける。しんとした部屋の中央、ソファにぼんやりと腰を下ろすお母さんがいた。
「お母さん、ただいま」
声をかけると、ハッとしたようにこちらを向いたお母さんが、慌てて笑顔を作ってみせた。
「あら。つばさおかえり。早かったのね」
「え? いや。どっちかっていうと、いつもより遅いんだけど」
「え?」
互いの言葉に、互いが不思議そうに首を傾げてから、壁にかけられている時計に目をやった。時計の針は19時を過ぎている。いつもは17時頃に帰宅するので、2時間ほど遅い帰りだった。
「あら本当。いつの間にこんな時間に」
お母さんは、慌てて立ち上がる。パサリと何かがお母さんの膝から落ちた。近寄り、拾い上げる。何かの写真のようだった。
「お母さん、コレ何?」
白黒のそれを何気なく見る。あまり鮮明でないその写真は、小さな赤ん坊が二人向かい合って身体を丸くして眠っているように見える。
「それは……」
お母さんは、しばらくの間何も言わずに、私の手の中にある写真を凝視していたが、やがて、私の手からそっと写真を受け取ると、寂しそうな笑みを見せた。
「つばさ。お腹は空いてる?」
突然の質問の意図が分からず、不思議に思いながら、首を振る。
「ううん。実は今日、焼き芋を食べてきたの。だから、まだそれほど」
「そう。じゃあ、少し話しましょうか」
お母さんはそう言うと、リビングと続いているダイニングへ向かう。私は訳もわからずお母さんの背中を追った。
「座って。お茶を淹れるわ」
言われるがまま、いつもの自分の席に座ると、程なくして温かいハーブティーの入ったカップが私の前にコトリと置かれた。
「ありがとう」
カップを手に取り、両手で包む。じんわりとした温もりが、指先から伝わってくる。どこかホッとするその温もりを感じながら、正面に座ったお母さんを見れば、やっぱりなんだか寂しそうだった。
「どうしたの、お母さん?」
私の声は届いているはずなのに、お母さんは、それには答えず、自身のカップに口をつける。コクリコクリと静かにお茶を飲み、カップを静かに机の上に置いた。そして、ようやく口を開いた。
玄関で帰ったことを告げるが、お母さんからの返事はない。いつもならば、のんびりと間伸びした声が迎えてくれるのだが。
明かりがついているので、家にはいるはずだ。不思議に思いながら、靴を脱ぎ、いつも通りリビングルームのドアを押し開ける。しんとした部屋の中央、ソファにぼんやりと腰を下ろすお母さんがいた。
「お母さん、ただいま」
声をかけると、ハッとしたようにこちらを向いたお母さんが、慌てて笑顔を作ってみせた。
「あら。つばさおかえり。早かったのね」
「え? いや。どっちかっていうと、いつもより遅いんだけど」
「え?」
互いの言葉に、互いが不思議そうに首を傾げてから、壁にかけられている時計に目をやった。時計の針は19時を過ぎている。いつもは17時頃に帰宅するので、2時間ほど遅い帰りだった。
「あら本当。いつの間にこんな時間に」
お母さんは、慌てて立ち上がる。パサリと何かがお母さんの膝から落ちた。近寄り、拾い上げる。何かの写真のようだった。
「お母さん、コレ何?」
白黒のそれを何気なく見る。あまり鮮明でないその写真は、小さな赤ん坊が二人向かい合って身体を丸くして眠っているように見える。
「それは……」
お母さんは、しばらくの間何も言わずに、私の手の中にある写真を凝視していたが、やがて、私の手からそっと写真を受け取ると、寂しそうな笑みを見せた。
「つばさ。お腹は空いてる?」
突然の質問の意図が分からず、不思議に思いながら、首を振る。
「ううん。実は今日、焼き芋を食べてきたの。だから、まだそれほど」
「そう。じゃあ、少し話しましょうか」
お母さんはそう言うと、リビングと続いているダイニングへ向かう。私は訳もわからずお母さんの背中を追った。
「座って。お茶を淹れるわ」
言われるがまま、いつもの自分の席に座ると、程なくして温かいハーブティーの入ったカップが私の前にコトリと置かれた。
「ありがとう」
カップを手に取り、両手で包む。じんわりとした温もりが、指先から伝わってくる。どこかホッとするその温もりを感じながら、正面に座ったお母さんを見れば、やっぱりなんだか寂しそうだった。
「どうしたの、お母さん?」
私の声は届いているはずなのに、お母さんは、それには答えず、自身のカップに口をつける。コクリコクリと静かにお茶を飲み、カップを静かに机の上に置いた。そして、ようやく口を開いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
悪役令嬢にはブラック企業で働いてもらいます。
ガイア
ライト文芸
ライヴァ王国の令嬢、マスカレイド・ライヴァは最低最悪の悪役令嬢だった。
嫌われすぎて町人や使用人達から恨みの刻印を胸に刻まれ、ブラック企業で前世の償いをさせられる事に!?
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
パパLOVE
卯月青澄
ライト文芸
高校1年生の西島香澄。
小学2年生の時に両親が突然離婚し、父は姿を消してしまった。
香澄は母を少しでも楽をさせてあげたくて部活はせずにバイトをして家計を助けていた。
香澄はパパが大好きでずっと会いたかった。
パパがいなくなってからずっとパパを探していた。
9年間ずっとパパを探していた。
そんな香澄の前に、突然現れる父親。
そして香澄の生活は一変する。
全ての謎が解けた時…きっとあなたは涙する。
☆わたしの作品に目を留めてくださり、誠にありがとうございます。
この作品は登場人物それぞれがみんな主役で全てが繋がることにより話が完成すると思っています。
最後まで読んで頂けたなら、この言葉の意味をわかってもらえるんじゃないかと感じております。
1ページ目から読んで頂く楽しみ方があるのはもちろんですが、私的には「三枝快斗」篇から読んでもらえると、また違った楽しみ方が出来ると思います。
よろしければ最後までお付き合い頂けたら幸いです。

藤堂正道と伊藤ほのかのおしゃべり
Keitetsu003
ライト文芸
このお話は「風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-」の番外編です。
藤堂正道と伊藤ほのか、その他風紀委員のちょっと役に立つかもしれないトレビア、雑談が展開されます。(ときには恋愛もあり)
*小説内に書かれている内容は作者の個人的意見です。諸説あるもの、勘違いしているものがあっても、ご容赦ください。
【完結】ツインクロス
龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
フリー台本[1人語り朗読]男性向け|女性向け混ざっています。一人称などで判断いただければと思います
柚木さくら
ライト文芸
※140字で書いたものですが、本文に挿絵として画像をつけてますので、140字になってません💦
画像を入れると記号が文字数になってしまうみたいです。
⬛︎ 報告は任意です
もし、報告してくれるのであれば、事前でも事後でもかまいませんので、フリー台本用ポストへリプ|引用|メンションなどしてれると嬉しいです
⬛︎ 投稿について
投稿する時は、私のX(旧twitter)のユーザー名かIDのどちらかと、フリー台本用Tag【#柚さく_シナリオ】を付けてください
❤︎︎︎︎┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❤︎
【可能なこと】
⬛︎タイトルの変更
◾︎私の方で既にタイトルをつけている場合があります。もし他に付けたいタイトルがあれば変更していただいてかまいません (不可なものには不可の記載します)
⬛︎ 一人称|二人称|口調|性別|語尾|読み方の変更
◾︎読み方の変更とは、一部を方言にしたり、英語にしたりとかです。
【ダメなこと】
⬛︎大幅なストーリーの変更
⬛︎自作発言(著作権は放棄していません)
⬛︎無断転載
⬛︎許可なく文章を付け加える|削る
※どうしても加筆や減筆をしないとしっくり来ないなどの場合は、事前に質問してください
✧• ───── ✾ ───── •✧
【BGMやSEについて】
⬛︎私が書いたものに合うのがあれば、BGMやSEなどは自由につけてもらって大丈夫です。
◾︎その際、使用されるものは許可が出ている音源。フリー音源のみ可
【投稿(使用)可能な場所】
⬛︎ X(旧twitter)|YouTube|ツイキャス|nana
◾︎上記以外の場所での投稿不可
◾︎YouTubeやツイキャス、nanaで使用される(された)場合、可能であれば、日時などを教えて貰えると嬉しいです
生配信はなかなか聞きにいけないので💦
【その他】
⬛︎使用していただくにあたり、X(旧twitter)やpixivをフォローするは必要ありません
◾︎もちろん繋がれたら嬉しいのでフォローは嬉しいです
⬛︎ 予告無しに規約の追加などあるかもしれません。ご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる