雲の上は、いつも晴れだった。

田古みゆう

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夏の章

夏の章(14)

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「美味しい」

 お茶の暖かさに、ほっと息を吐き、思わず私の口から溢れた言葉に、司書がニコリと笑みを見せる。それから、自身もコクリと一口お茶を口にすると、静かに口を開いた。

「お茶には鎮静作用があるの。だから、私は、心が騒ついている時なんかは、特に温かいお茶を飲むようにしてるのよ」
「確かに、なんだかほっとします」

 司書の言葉に頷きながら、私は、もう一口お茶を飲んだ。すっと、気持ちが凪いでいく様な気がする。

「落ち着くわよね。おかわりもあるから、雨が止むまでゆっくりしていくといいわ」
「ありがとうございます。でも……」

 仕事の邪魔になるだろうからと誘いを丁重に断ろうとした私を、司書は笑顔のまま、首を振って制した。

「あなたは、もう少し肩の力を抜いた方がいいわ」
「肩の力を抜く?」
「そう。力が入りすぎていて、表情まで硬くなってるのが、丸わかりよ」

 司書の指摘に、私は、思わず手を頬に当てる。
 
「さっき、葉山さんには聞きすぎだって言ったけど、あなたの顔や、そのずぶ濡れの姿は、誰が見たって、何かあったなと心配になるわよ」

 無言で俯いた私に、司書は優しく語りかける。

「話せないことなら、無理に全てを話す必要はないけど、ここには、あなたの話を聞いて、必要なら味方になってくれる友達がいるんだから、もう少し肩の力を抜いてもいいのよ。ね、葉山さん」

 そう言って、司書は、遠慮がちにこちらへ視線を送っていた緑の肩をポンと叩く。その力に促されたかのように、緑が大きく頷いた。

「うん。私、どんなことでも、つばさちゃんの話聞くから」

 緑は真剣な眼差しを少しも逸らさずに、真っ直ぐに私を見ている。その瞳を見つめ返しながら、私の凪いだ心に、また少し波紋が出来る。

 本当は、自身の心の中を黒く染めたものの事など、口にしたくはない。無かったことにしたい。

 特に、いつも明るく、周囲の人を照らしているこの友人には、私が黒い感情を持った事を知られたくはなかった。

 でも、真っ直ぐに私を見つめ、私からの言葉を待っている彼女を見つめていたら、話を聞いてもらいたいという気持ちも生まれた。

 私の心に生まれた黒いモヤを、彼女の明るさで弾き返して欲しい。

 そんな思いのままに、私は、ポツリと言葉を溢した。

「私の話を聞いても、嫌いにならないでね」
「もちろん、ならない」

 力強く頷いてくれた緑の瞳に促される様にして、私は、これまでの出来事をポツリポツリと話し始めた。
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