雲の上は、いつも晴れだった。

田古みゆう

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春の章

春の章(1)

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《四月二十八日 月曜日 はれ》


 下界の生活を始めて、今日で一カ月。

 私は、『白野つばさ』という十五歳の少女の生活を送っている。 

 司祭様のお話の後、突然庭園ガーデンから落とされ、目が覚めた時には、白野家の一人娘としての生活が始まっていた。

 両親も周りの人たちも、突然下界に現れた私という存在を当たり前のように受け入れている。きっと、大樹か司祭様のお力添えがあったのだろう。

 白野家の父親、つまり私のお父さんは、朝から晩まで仕事に出ていてほとんど家にいない。今日も既に仕事に行ったらしく、姿は無い。

 お母さんは専業主婦。のんびりとした性格なのか、マイペースに日々家事をこなしている。

 そんなマイペースなお母さんが、食卓で朝食を食べていた私に、のんびりと声をかけてきた。

「あら、つばさ。まだごはん食べてたの?」
「うん」
「でも、今日は少し早く学校へ行くって言ってなかったかしら?」
「あっ!!」

 忘れていた。今日は、授業が始まる前に補習を受けることになっていたのだ。

 私は、壁にかけられている時計に目をやった。急げばまだ間に合う時間だ。

「ごちそうさま! 行ってきます!!」

 食べかけの朝食をそのままテーブルに残し、足元にあった鞄を掴むと、私はダイニングを飛び出した。

「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」

 相変わらずのんびりとした声が背中越しに聞こえてきた。

 あの人の周りはいつでも時間がゆっくりと過ぎているみたいだ。近くにいると、私の時間まで次第にゆっくりゆっくりと流れてしまう。おかげでこの一カ月、何度慌てたことか。

 今日だってそうだ。

 朝からちゃんと予定通りに支度を進めていたはずなのに、こうやって急ぐはめになったのは、きっと朝食のとき、食卓にお母さんがいたからだ。

 そんなことを考えながら、家を出て、学校へ向かって走り出す。

 庭園ガーデンにいた頃は、私の時間もゆっくりと流れていた。お母さんのように、ゆっくりのんびりとして、慌てることなんてなかった。もちろん走ったことも無い。開花の時間さえ守れば、あとは自由だった。

 でもこの下界では、時の流れるスピードがとても速い。次から次へと予定が組まれていて、自由なんて全然無い。

 庭園ガーデンから見ていたころは、下界のいろんな変化が見えていたのに、いざ下界で生活してみると、景色も時間もどんどん過ぎていって、変化を感じるどころではない。周りのスピードについていくことで精一杯だ。

 庭園ガーデンでの時を懐かしく思いながら、全速力で走る。
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