桜の木に背を預けて

田古みゆう

文字の大きさ
上 下
6 / 8

p.6

しおりを挟む
――もっと近づきたい。

 そんな衝動が沸き起こる。僕は自分の中の欲望を抑えることが出来ず、言葉よりも先に足を踏み出そうとした。だが、それよりも先に彼女が口を開いた。

「ごめんなさいね。これから会議があるの。だから、もし急ぎでないのなら、また今度来てもらえると嬉しいんだけど、どうかしら?」

 優しく諭すような口調で彼女は言う。しかし、その声音とは裏腹に、彼女は僕に対して警戒心を抱いているようだった。

――そうだ。いきなり知らない男が来たら誰だって驚くし、怖いに決まってる。

 彼女の態度を見て、僕はようやく冷静さを取り戻した。

――もう少しで迷惑をかけるところだった。危なかった。

 彼女に会えたことで、僕はすっかり舞い上がっていたようだ。反省しながら、彼女に頭を下げる。

「すみません。急に押しかけて……。あの、東雲先輩に話があります。朝、あなたがいた桜の木の下で待ってます。会議が終わってからでいいので来てください」

 それだけ伝えると、僕はペコリと頭を下げその場を離れるため歩き出した。

「ちょっと待って」

 背後から呼び止められ振り返ると、彼女が困った顔で立っていた。

――皆の前で声をかけてしまったから、公開告白のようで迷惑だっただろうか?

 咄嗟に口にしてしまったことを少し後悔し、不安になる。しかし、彼女の口から発せられたのは意外な言葉だった。

「私、今日は桜の木になんて行っていないわよ。誰かと間違えてるんじゃないかしら?」

 僕は一瞬、頭が真っ白になった。それから徐々に思考が追いついてくる。そして、今度は血の気が引いていくのを感じた。

――どういうことだ? 僕は確かにあの桜の木に寄りかかる彼女をこの目で見たのに。それなのに、彼女はそんなところには行っていないと言う。これは一体……。

 混乱する僕の目の前で、彼女は申し訳なさそうに「それじゃあ」と言うと、そそくさと部屋の中へ戻っていった。その後ろ姿を呆然と見つめる。

――確かに桜の木の下にいたはずなのに。あれも夢だったというのか……。

 僕は、彼女の後ろ姿が消えた後もしばらくその場に立ち尽くしていた。僕と彼女の間には、教室のドアなんて薄い物じゃなくて、もっと分厚い見えない壁が立ち塞がっているように感じられた。どれだけ手を伸ばしても届かない。それが酷く悲しかった。

 僕はふと我に返り、踵を返す。

――帰ろう。

 そう思って歩き出したのだが、足取りが重い。まるで、鉛でもついているかのようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

物置小屋

黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。 けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。 そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。 どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。 ──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。 1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。 時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。 使いたいものがあれば声をかけてください。 リクエスト、常時受け付けます。 お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...