スターチスを届けて

エピローグ

エピローグ ｐ．１

　夢想に耽っていた浩志を、ポケットに入れていたスマートフォンが現実へと引き戻した。

　振動を伴って、ポケットの中で騒がしく鳴るそれを慌てて取り出すと、着信が来ていることを知らせている。彼は、表示されている婚約者の名前を認めると、勢い良く通話のボタンを押した。

「河合っ！」
『わぁ！　びっくりした～。珍しい。もう起きてるの？　そろそろ起こさなきゃと思って、電話したんだけど』
「あ？　ああ、そうか」

　浩志の戸惑い気味の声に、電話口の優は可笑そうに茶々を入れる。

『ふふ。……って言うか、何？　河合って？　まるで昔みたいに』
「あ！　いや、実は……」

　彼らの話を遮るように、春特有の生暖かい風が、浩志の髪を揺らして駆け抜ける。電話越しに風の音を聴いた優は、不思議そうに声を上げた。

『あら？　外にいるの？　何か用事？』
「ああ、別に用事とかではないんだ。何だか、目が覚めたから、散歩がてら歩いていただけ。それで……」
『そうなの？　じゃあ、予定を少し早めましょうか？　今、どこ？』
「学校の桜並木のところ」
『じゃあ、少し早めのランチにしましょ。１１時に、いつものカフェでどう？』
「わかった」
『で、何？　何か言いたそうだけど？』
「いや……会ってからでいい」
『そお？　実は、私も話があるの！　楽しみにしてて。じゃあ、またあとで』

　いつもの様に、自分の言いたい事だけを捲し立てると、優は電話を切ってしまった。

　呆気なく切れてしまったスマートフォンは、すでにホーム画面を映し出している。あっという間の事に、彼が苦笑いを浮かべる。そこまでが、彼らのお決まりの流れだった。

　浩志が、スマートフォンを再びポケットにしまう前に時刻を確認すると、１０時半を少し過ぎたところだった。ここからのんびりと歩いても、約束の時間には余裕で間に合う。彼は、待ち合わせ場所へ向かうべく、ゆっくりと歩き出した。

　今日の陽気はふんわりと暖かく、キラキラと降り注ぐ日射しは、まるで真綿に包まれているような心地よさだった。ぶらぶらと歩くには最適の気候だ。時折吹き過ぎる風が、どことなく春の甘い香りを連れてくるのも、また良かった。

　ぶらぶらと歩きながら浩志は、春の陽気を楽しんでいた。時折立ち止まり、街道の花を愛でたり、深呼吸をして春を味わう。

　合間に、優の話とはなんだろうかと、答えの分からない事に思いを馳せながら、浩志は、駅前のカフェを目指した。