スターチスを届けて

田古みゆう

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10.3月19日 (1)

10.3月19日 (1) p.6

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 今年度最後の成績表を手に、生徒たちは、楽しそうに、成績を見せ合ったり、これからの休みの計画を口にしながら、それぞれ教室を飛び出していく。

 そんな中、最後まで教室に残った浩志と優は、成績表を見せ合うことも、休みの計画を口にすることもなく、ただ、窓辺にもたれ掛かりながら、2人して中庭を見下ろしていた。

 少し前までは、茶色一色の殺風景だった中庭には、緑の絨毯が広がり始めている。

 せつなが執着していたあの花壇にも、柔らかそうな緑がそこかしこに見えた。

(もうあんなに、緑が広がってる。……植物の成長って早いんだな。全然気にしたことがなかった。でも、まだ花は咲いてないか)

 浩志がぼんやりとそんなことを考えていると、隣にいる優が、控えめに声を出した。

「ねぇ、成瀬」
「ん?」
「小石川先生、なんか変だったよね?」
「ああ。そうだな」
「せつなさんの名前聞いて、驚いてたよ?」
「ああ。そうだな」
「生徒の名前聞いて、あんな風に驚くかな?」
「……さぁな」
「せつなさんってさ、一体何者なんだろう?」
「……さぁな」

 優の問いに、浩志は、花壇に視線を向けたまま、短く答える。

 小石川の反応を見てから、彼の心の中にも同じ疑問がずっと渦巻いていた。逸る気持ちを抑えて、担任の話を聞き流し、解散になるのを今か今かと待っていたのだが、いざ、その時が来ると、何故だか尻込みをしてしまい、小石川の元へ行くのを躊躇ってしまっていた。

「行こう! 成瀬。小石川先生、待ってるよ」

 少し力を込めた優の言葉は、まるで浩志の背中を押そうとしているようだった。彼女には、彼の緊張とも、躊躇いとも言えない、モヤモヤとした気持ちが見えているかのようだった。

 浩志は、もう一度花壇を見つめる。幾分か大きめの真新しい制服を着た少女は、やはり、今日も花壇には姿を現さない。

 彼は、まるで、なにかを覚悟するかのように小さく息を吐き出すと、少しばかり頷いた。

「……行くか」

 机の上に無造作に置かれた鞄を手に取り、彼は、扉へと歩き出した。いつもなら、その後ろ姿を騒がしく追いかける優も、今日は、言葉少なについて行く。

 蒼井せつなという少女について、小石川はどんなことを口にするのだろうか。

 今から語られるであろう事実を前に、2人の周りには、重苦しい緊張が漂っていた。
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