スターチスを届けて

田古みゆう

文字の大きさ
上 下
37 / 116
10.3月19日 (1)

10.3月19日 (1) p.1

しおりを挟む
 月曜日。修了式が行われる中学2年の最後の登校は、常日頃、遅刻魔と化している彼でも、時間を守るようだった。

 浩志は、タラタラと学校へと続く坂道を上っている。

 1ヶ月前に比べると、随分と柔らかくなった朝の空気が、眠くて蕩けそうになっている彼を包み込む。

 暖かくなった空気を、ふわりとかき混ぜるように風が通り過ぎると、街路樹たちが一斉にささやき始めた。

 サワサワと小さく響く音に、あくびを噛み殺しながら、顔を上げると、正門に見慣れた人影がある事に、浩志は気がついた。

 坂を上りきり、正門前で佇む優の姿を、正面から視界に入れる。

 先日の公園での別れが脳裏に蘇り、彼女になんと声をかければ良いのだろうかと、しばし思案する。

 彼は、気まずさから、かける言葉が見つからず、意味もなく「あ~」と軽く声を出す。視線を彷徨わせていると、校舎にかけられた、校内スローガンの幕が、風に揺られてバタバタと音をたてていた。

『おはようは 距離を縮める 合言葉』

 正門から見えるように掲げられているそのスローガンは、まるで、彼に主張しているかのように、大きな文字をくねらせている。

 「……あの」

 とりあえずは、挨拶をしなくてはと思い立ち、彼が口を開きかけた。しかし、一瞬早く、優が、殊更大きな声で挨拶をする。

 「成瀬! おはよう!」

 おそらくは、彼女も先日の事を気にしていたのだろう。挨拶をしたその顔は、笑顔で満たされているが、それはどこか強張っているように見えた。

 なんとか、浩志との間に出来てしまった溝を埋めようとした、彼女なりの行動だったのだろう。
 
 そんな彼女の心持ちが嬉しくもあり、また、周りの目がある中での待ち伏せに恥ずかしくもあり、浩志は、素直に挨拶をすることがなんだか照れくさくて、顔を伏せた。

「……おう……」

 挨拶とも相槌とも取れない声を出しながら、優へ小さく頷くと、彼はそのまま彼女の横をすり抜けた。

 そんな彼の素っ気無い態度であっても、彼との接触が嬉しかったのか、彼女の笑顔は、幾分和らぎ、少し先に正門を潜った彼の背中を飛び跳ねるようにして追いかける。

「ねぇ、成瀬? 私、あれから考えたんだけどね……」

 優は、浩志の隣に並びながら、声をかける。

「何を?」
「蒼井せつなさんのこと」
「せつなのこと?」

 浩志は下駄箱につくと、靴を履き替えながら、不思議そうに優の顔を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ダフネはアポロンに恋をした

空原海
ライト文芸
「うっ、うっ。だって働いてお金稼がないと、あなたが帰ってきたとき、何も貢げない……」 「貢ぐなっつってんだろ! 薄給のくせしやがって!」  わけありイケメンチャラ男な日米ハーフホストと、ぽんこつチョロインお嬢さんの恋物語。  それからその周囲の人々のクズっぷりだったり、恋愛だったり、家族の再生だったり。  第一章が不器用な子世代のラブストーリー。  第二章がクズな親世代の浮かれ上がったラブゲーム。  第三章以降は、みんなで大団円♡ ※ 「小説家になろう」で掲載している同シリーズの章立てに手を加え、投稿しております。完結済み。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

婚約破棄から~2年後~からのおめでとう

夏千冬
恋愛
 第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。  それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!  改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

僕の彼女はアイツの親友

みつ光男
ライト文芸
~僕は今日も授業中に 全く椅子をずらすことができない、 居眠りしたくても 少し後ろにすら移動させてもらえないんだ~ とある新設校で退屈な1年目を過ごした ごくフツーの高校生、高村コウ。 高校2年の新学期が始まってから常に コウの近くの席にいるのは 一言も口を聞いてくれない塩対応女子の煌子 彼女がコウに近づいた真の目的とは? そしてある日の些細な出来事をきっかけに 少しずつ二人の距離が縮まるのだが 煌子の秘められた悪夢のような過去が再び幕を開けた時 二人の想いと裏腹にその距離が再び離れてゆく。 そして煌子を取り巻く二人の親友、 コウに仄かな思いを寄せる美月の想いは? 遠巻きに二人を見守る由里は果たして…どちらに? 恋愛と友情の狭間で揺れ動く 不器用な男女の恋の結末は 果たして何処へ向かうのやら?

【完結】何度でも、僕はまた君に恋をする。

高瀬船
ライト文芸
平凡な生活に、平凡な人生。 ただいつもの様に生きていく為に仕事をして、食事を食べて、眠る。そしてまたその一日を繰り返す。 ただ淡々と日々を過ごしていた大隈理仁(おおくまりひと)はある日自分の家の隣に越して来た女性に目を奪われる。 真っ直ぐに背筋を伸ばして颯爽と歩く姿に見惚れ、顔を合わせる事が出来た日は何処か浮かれ、はしゃぐ心臓に苦笑してしまう程。 そんな平凡で、つまらない毎日がその女性と出会った事で輝き、煌めく毎日になって行く。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない

野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。 そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。 これは足りない罪を償えという意味なのか。 私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。 それでも償いのために生きている。

処理中です...