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10.3月19日 (1)
10.3月19日 (1) p.1
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月曜日。修了式が行われる中学2年の最後の登校は、常日頃、遅刻魔と化している彼でも、時間を守るようだった。
浩志は、タラタラと学校へと続く坂道を上っている。
1ヶ月前に比べると、随分と柔らかくなった朝の空気が、眠くて蕩けそうになっている彼を包み込む。
暖かくなった空気を、ふわりとかき混ぜるように風が通り過ぎると、街路樹たちが一斉にささやき始めた。
サワサワと小さく響く音に、あくびを噛み殺しながら、顔を上げると、正門に見慣れた人影がある事に、浩志は気がついた。
坂を上りきり、正門前で佇む優の姿を、正面から視界に入れる。
先日の公園での別れが脳裏に蘇り、彼女になんと声をかければ良いのだろうかと、しばし思案する。
彼は、気まずさから、かける言葉が見つからず、意味もなく「あ~」と軽く声を出す。視線を彷徨わせていると、校舎にかけられた、校内スローガンの幕が、風に揺られてバタバタと音をたてていた。
『おはようは 距離を縮める 合言葉』
正門から見えるように掲げられているそのスローガンは、まるで、彼に主張しているかのように、大きな文字をくねらせている。
「……あの」
とりあえずは、挨拶をしなくてはと思い立ち、彼が口を開きかけた。しかし、一瞬早く、優が、殊更大きな声で挨拶をする。
「成瀬! おはよう!」
おそらくは、彼女も先日の事を気にしていたのだろう。挨拶をしたその顔は、笑顔で満たされているが、それはどこか強張っているように見えた。
なんとか、浩志との間に出来てしまった溝を埋めようとした、彼女なりの行動だったのだろう。
そんな彼女の心持ちが嬉しくもあり、また、周りの目がある中での待ち伏せに恥ずかしくもあり、浩志は、素直に挨拶をすることがなんだか照れくさくて、顔を伏せた。
「……おう……」
挨拶とも相槌とも取れない声を出しながら、優へ小さく頷くと、彼はそのまま彼女の横をすり抜けた。
そんな彼の素っ気無い態度であっても、彼との接触が嬉しかったのか、彼女の笑顔は、幾分和らぎ、少し先に正門を潜った彼の背中を飛び跳ねるようにして追いかける。
「ねぇ、成瀬? 私、あれから考えたんだけどね……」
優は、浩志の隣に並びながら、声をかける。
「何を?」
「蒼井せつなさんのこと」
「せつなのこと?」
浩志は下駄箱につくと、靴を履き替えながら、不思議そうに優の顔を見た。
浩志は、タラタラと学校へと続く坂道を上っている。
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サワサワと小さく響く音に、あくびを噛み殺しながら、顔を上げると、正門に見慣れた人影がある事に、浩志は気がついた。
坂を上りきり、正門前で佇む優の姿を、正面から視界に入れる。
先日の公園での別れが脳裏に蘇り、彼女になんと声をかければ良いのだろうかと、しばし思案する。
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『おはようは 距離を縮める 合言葉』
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「……あの」
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「……おう……」
挨拶とも相槌とも取れない声を出しながら、優へ小さく頷くと、彼はそのまま彼女の横をすり抜けた。
そんな彼の素っ気無い態度であっても、彼との接触が嬉しかったのか、彼女の笑顔は、幾分和らぎ、少し先に正門を潜った彼の背中を飛び跳ねるようにして追いかける。
「ねぇ、成瀬? 私、あれから考えたんだけどね……」
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「何を?」
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