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閑話 マーティン侯爵 16

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 あの毒殺未遂事件から、どれくらい経った?

 あの悪女の家族は行方不明になっているようだし、悪女はエドワーズ公爵が殺さない復讐をしていると、陛下が言っていた。
 あの事件の後、貴族派筆頭のキャンベル公爵家が取り潰しになったことで、貴族派は静かになっている。

 私の方は相変わらず、陛下の側近として忙しい毎日を送っていた。時々、彼女を思い出しては、心が痛むのを我慢しながら。

 パーティーの時に、あんな近くにいながら、彼女を守ることが出来なかった…。私は彼女の前では、本当に無力な男らしい。


「イーサンとクラーク嬢の婚約が解消されてしばらく経つが、まだイーサンが荒れているらしいぞ。」

 陛下は、書類を確認しながらエドワーズ公爵の話をし始める。従兄弟で幼馴染の公爵のことを、陛下なりに心配しているようだ。

 あのパーティーで見た2人は、悔しいほどにお似合いだった。美しいソフィア嬢を愛おしそうに見つめるエドワーズ公爵。エドワーズ公爵なら、きっとソフィア嬢を幸せに出来るだろうと思った。
 今は辛いが、私は黙って2人の幸せを祈ろうと思ったのに。

「本当に気の毒だと思います。」

「イーサンが、領地の魔物討伐に行ったらしいが、行動を共にした騎士達は苦労したようだ。一人で魔物を百人斬りして、地獄絵図だったとか。無茶をし過ぎてしまうから、止めるのが大変だったと聞いた。」

 あのエドワーズ公爵も1人の男なのだなと思う。
 愛する人を毒殺されそうになっただけでも辛いのに、いつ目覚めるのかも分からず、婚約が解消になったなんて。私なら、精神に異常をきたすもしれない。



 そんな忙しい日々を過ごしていたある日。

「ディラン!クラーク嬢が目覚めたらしいぞ。先程、クラーク侯爵が報告に来てくれた。まだ体を起こすことは出来ないようだが、意識はしっかりしていると言っていた。良かったよな!」

 ソフィア嬢が目覚めた?

「陛下!それは本当ですか…?」

「クラーク侯爵が嬉しそうに報告してくれた。嘘をつくはずはないだろう。」

「そうですか……。良かった…。」

「……ディラン?泣いているのか…?」

 無意識に涙が流れていたようだ。
 私はこんなに涙脆い人間だったか?悪魔の陛下の前でみっともない姿を見せてしまったな。

「…失礼しました。ソフィア嬢が目覚めて良かったと思います。」

「ディランが涙するほど、嬉しいことなのだろう。」

 珍しいことに、悪魔はそれ以上は何も言って来なかった。
 目覚めたということは、いつか体調が戻れば、また彼女の姿を見れる日は来るかな。そしたら、エドワーズ公爵も、また彼女と婚約を結び直すことが出来るだろう。
 彼女には、絶対に幸せになってもらいたいのだ。

 しかし、エドワーズ公爵とソフィア嬢の婚約の話は聞かれることはなかった。ソフィア嬢の体調は順調に回復していると聞いているのに。
 陛下の話だと、エドワーズ公爵はソフィア嬢に会いたがっているようだが、手紙も面会も断られているようだというのだ。


 そんなある日。国王陛下の執務室に呼ばれる。
 今日も忙しいのに、陛下は悪魔だ!

「陛下、お呼びですか?」

「ああ、将軍。忙しいところ悪いな。
 実は…、今日は母上が茶会をするらしくて、クラーク侯爵と夫人が茶会に来るらしいのだ。そんな日に、私は偶々暇だから、クラーク嬢の見合いに行きたいと思うのだが。
 だが、今日は私の護衛騎士が1人休みでいないのだ。誰か護衛で来てくれそうな者はいないか?」

 白々しい悪魔め!


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