記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

閑話 キャンベル公爵令嬢 8

「ねぇ。私の可愛い妹、ソフィアに毒を盛った悪女は貴女なの？」

　治療師の女が不気味な笑みを浮かべている。

　バシーン！

　気付くと、頬を強く殴られていた。痛みよりも驚きの方が大きかった。

「…っ！な、何をするのよ！治療師がこんなことしてい……」

　バシッ！バシッと何回も殴られ続け、逃げようとしても、聖騎士数人に囲まれて逃げられない。

「殴り続けるのも手が痛いわ！誰かやりたい人いる？」

　治療師の女がそう言うと、無言で聖騎士達が出て来て、殴る蹴るの暴行を受ける。

「ひっ！… 痛い！痛いわー！…やめてー！殺さないでー！いやあー！」

「お前のせいで、兄上は！やっと手に入れた愛する人を…。……許さない！」

「可愛いソフィアをよくも！死ね！」

「この悪女が！」

「ゲホっ、ゲホっ……」

　痛みと恐怖で気を失うが、治療師が治療したようですぐに意識を取り戻す。

「出発時間だから、早く戻るわよ！」

　恐怖でフラフラになりながら歩く。

「治癒魔法をしっかりかけておきましたので、もう大丈夫ですわ。ソフィアの痛みに比べたら、こんなのは大したことないわよね。」

　何事もなかったかのように、明るい声でマーティン侯爵様に報告する治療師の女が怖かった。

　ここにいるのは、クラーク侯爵令嬢が親しくしてきた人間ばかりのようだ。彼女を大切に思う人は、こんなに沢山いるってことなのね…。

　ははっ！生きることって、こんなに惨めなの？




　そして、馬車は国境に到着したようだ。

「この先、幸せが待っているだろう。…さっさと行くがいい。」

　マーティン侯爵様はそう言うと、部下達に私を解放させた。

　無事に国境に到着出来るなんて思ってなかった私は、嬉しさで足取り軽く国境の門の外へ出て行くのであった。



　何もない道を真っ直ぐに歩いていると、すぐに声を掛けられる。

「リサ様。お迎えに参りました。」

　私に声を掛けて来た見目のいい男。見覚えがある。確かお父様が数年前にクビにした従者だったような…。

「…貴方？前に公爵家で働いていた従者よね？」

「覚えて下さっていたのですね！お嬢様にまた仕えられるなんて幸せです。よろしくお願い致します。」

　嬉しそうに話す男。その笑顔に何となくゾクっとしたのは気のせいかしら？
　この男を、お父様はどうしてクビにしたのかしら…？クビにしたと聞いて理由を聞いたけど、お父様は知らなくていいとか言っていた。仕事は出来る従者だったと記憶している。何か引っかかるような…。

　でも、今はこの男に頼るしかないし…。

「よろしく頼むわね。ところで、貴方の名前は？」

「チャールズと申します。お嬢様、近くに馬車を待たせています。参りましょうか！」

　馬車に乗せられて、しばらく経って着いたのは、森の中にある小さな邸だった。こんな人気のない場所に別荘なんてあったのかしら…？

「お嬢様、ほとぼりが冷めるまではこちらで過ごすようにと、旦那様から言われております。」

　そうね。世間から見たら私は犯罪者だから、世間から忘れられるまでは、人の少ない場所で静かに過ごした方がいいってことよね。

「分かったわ。ところで、メイドはいないのかしら？汚れているから、湯浴みして着替えたいのだけと…。」

「メイドはこれから来る予定です。先にお嬢様の部屋に案内させて頂きます。」

「そう。分かったわ。」

　何の疑いも持たずに、部屋に案内される私。

「お嬢様、今お茶をお持ちしますので、少しお待ち下さい。」

　チャールズはそう言って、部屋を出て行った。すると、ガチャガチャと扉の外から音が聞こえる。

　えっ？何の音？……もしかして！
　慌てて扉を開けようとするが、びくともしない。

　私、この部屋に閉じ込められた？